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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-1.Prologue/運命は電脳と共に
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1-(6) その瞬間(とき)

 研究所ラボの玄関、破壊された守衛室。

 警備員達は、皆一様にボロボロになって倒れていた。少し前までは、すっかり顔見知りに

なった関係者の息子君を送り出してやったばかりだというのに。

「あっ……、ぐぅ……」

 倒れ込む彼らの視線には“非日常”が広がっていた。この詰め所だけでなく、玄関前の石

畳から何からを滅茶苦茶にしている、その張本人らがいる。

『──』

 怪物だった。蛇腹の配管を身体中に巻きつけ、鉄板のような顔をした、怪物としか言いよ

うのない人型の異形が三体、のそりと研究所ラボの内部を目指そうとしている。

 更にその少し後ろを、生気の乏しい三人の男がぼうっとついて行く。

 そもそもこんな事になったのはあいつらの所為だ。不審に思って行く手を塞いだ仲間が、

奴らが呼び出したあの化け物達にやられた。

「……オイ、オ前」

「っ!?」

 するとどうだろう。柱が折れ、点々と火の手が上がり、逃げ惑う人々など一切無関心であ

るかのように異形の一体が研究所ラボを見上げるのを止めてこちらに近づいて来ると、この警備

員の男性を首から持ち上げて問うてくる。

「我々ノ“敵”ハ、何処ダ?」

「て、き? 何の……がっ、話、だ……?」

 意味が分からなかった。苦しい、息が出来ない。何て力だ。

 大の大人を、腕一本で持ち上げるなんて……。

 彼は詰まる喉と身体中の痛みに苦しみながらも言った。怪物達が、残り二体もがこちらに

戻って来て、何やら互いに顔を見合わせている。

「……本当ニ知ラナイヨウダ」

「所詮ハ末端カ」

「ドウスル?」

 伝え、問われる。意識が朦朧としてきた。

 すると突然、次の瞬間、彼を捕らえていた異形はぶんっとこの彼をその場に投げ棄て、思

わず衝撃で苦痛の息を吐くさますら省みずに、再び研究所ラボへ向き直って言う。

「仕方ナイ。虱潰シニ当タロウ」


「──ま、待って……! 母さん、皆さん、一体どうしたっていうの!?」

 警報が鳴り響く中、睦月は走っていた。

 本来ならアナウンスの通り、避難経路とやらを見つけて逃げるべきなのだろう。

 だが香月やその研究仲間達は、彼にただ早く逃げろと言ったまま、自分達は全く逆──上

階へ続く道へと駆け出していたのだ。

「来るな、睦月君!」

「いいから君は逃げるんだ!」

「で、でも。だった皆さんも……!」

 立ち止まって追い返す余裕すら無かったようだ。自分達を見捨てて逃げられないと言わん

ばかりに追って来る睦月に、彼らはただ叫びながらも走り、階段を上へ上へと上り続けるし

かなかった。

「……細かい話は後よ。とにかく、冴島君とパンドラを回収しなくっちゃ」

 そうして、何度か階段を上り切り、その階の通路に出た時だった。

 捜していた冴島がいた。しかし彼は、睦月達に背を向けたままじっと立っている。

「……」

 目の前には鋭利な何かで切り裂かれたような、銃弾でも撃ち込まれたような、分厚い防護

壁だったものがあった。睦月は唖然とする。彼がカードキーと暗証番号を使わなければ開か

なかったあの頑丈な防壁が、何で……?

「冴島!」

「何やってる!? 早く戻──」

「来ちゃ駄目だっ! 奴らがそこまで来てる!」

 勿論、白衣の皆が呼び戻そうとしていた。だが彼はその場を動かない。まるで自分達を守

るかのように、その場に立って壁の向こうからやって来る人影と対峙しようとしている。

『……』

 怪物だった。形容するなら、それ以外にどんな言い方があるだろう?

 数は三体。一見すると人型だが、明らかに人間ではない。

 蛇腹の配管を巻きつけたようなボディに、鉄板をそのままぐるりと覆ったような顔。瞳は

右か左かに空いた大雑把な穴からだけで、ギンと赤く不気味な光を宿している。

 更にその後ろから、人間の男達が三人、ついて来ていた。仲間か……?

 しかし様子がおかしい。この男達は三人とも、まるで生気の乏しい抜け殻のような状態だ

ったのだ。加えてその手には、それぞれ見覚えのある拳銃型のツールが握られている。

「あれって……リアナイザ?」

 そう、睦月が正体を認めて呟いた直後だった。ゴガッと、邪魔だと言わんばかりに怪物達

が進路上の防壁跡をぶん殴って壊したのだ。大きなコンクリートの塊が、幾つも飛び散って

辺りに転がる。

「……ま、まさか。そんな。でも、そんな事……」

 気持ち後退りする。そして睦月は信じられないといった様子で漏らしていた。

 リアナイザがあるって事は……まさかこの怪物達はコンシェルなのか? 確かに姿形は何

とでも出来るし、あのメカ感というかサイバー感は、きっとそうだ。

 でも、仮にそうだとしても、あり得ない事実が目の前に広がっている。

 コンシェル達はあくまでデバイスにインストールされたサポートプログラム──AIだ。

リアナイザで画面の外に出たように見えても、それは結局はVRでしかない。

 現実リアルの物に触れて、尚且つそれを破壊するなんて事、出来る筈が無い……。

「やばいな……。まさか直接乗り込んでくるなんて」

「何処で情報が漏れた? いや、今はそんな所を突いてる場合じゃないが……」

「冴島君! 止めるんだ!」

「お願い、早くこっちへ。まだそれは一度も成功してないのよ!」

 母が、研究仲間達が必死に叫んでいた。見ればいつの間かにそこには恰幅のいい男性──

記憶が正しければ確か、ここの所長を務めている男性らの姿もある。別の階から合流して来

たようだ。

「……」

 だが冴島はそんな声を聞かなかった。

 黙したまま、そして意を決したように。

 彼は睦月達に尚も背を向けたままで、懐からある物を──メタリックな銀色で統一された

拳銃型のツールを取り出す。

「? 銀の、リアナイザ……?」

『ちょっ──志郎、本気!? あんた、今まで散々痛い目に遭ってきたでしょうが!』

「分かってる! だけど……今僕がやらなきゃ、出来なきゃ……!」

 パンドラが半分罵倒するような声色で叫んでいた。だが冴島は止まらない。彼女が入った

デバイスをこの銀のリアナイザにセットすると、彼は銃身の底に並ぶ四つボタンの内、唯一

上段のそれを押した。

『TRACE』

 すると、そんな機械音のコールが鳴る。香月達が駄目だと駆け出そうとしていた。それを

危ないと他の研究仲間が後ろから羽交い絞めして食い止める。

「……」

 リアナイザの銃口を、冴島はゆっくりと平らにした左掌の押し付けようとしていた。

 怪物達が迫る。スッと持ち上げた五指から、ザラリと鋭い鉤爪が伸びていた。

『志郎!』

 バチッ……! パンドラが叫ぶのと、彼の掌に青白いスパークのような奔流が流れ始めた

のはほぼ同時だった。

 睦月は思わず目を見張る。どうやら彼はそのまま掌に押し付け切ろうとしているらしい。

 だがこの青白い奔流に邪魔されているのか、リアナイザの銃口は中々左掌に触れられずに

いる。

「止めろ、冴島!」

「お願い止めて、冴島君!」

『無茶だよ! あんたには使いこなせない!』

「分かってる! でも、でも……っ!」

 皆が、パンドラまでもが制止しようとしたが、それでも冴島は粘った。バチバチバチッと

青白い奔流は更に激しくなり、彼は押し戻されるその手を必死に押さえ付ける。

 怪物達はじっと様子を窺っていた。

 それはまるで、この結末を知っているかのような……。

「──っ! がぁ……ッ!!」

 はたして冴島は吹き飛んだ。この青白い奔流に弾かれるようにして、大きく後ろの柱へと

激しくぶつかったのである。

「冴島!」「冴島君!」

「冴島さん!」

 香月達が慌てて彼に駆け寄って行った。だがよほど強く打ち付けたのだろう。意識はある

ようだが、苦しげに瞼を閉じて起き上がる事すら出来なかった。

 睦月は足が止まる。ハッと気付けば、怪物達が再び歩き出していたからだ。

 背後の男達は相変わらず生気のない抜け殻のようだ。鉤爪になった五指をギチギチと不快

に鳴らして、この三体の異形らは明らかに自分達を狙って近付いて来る。

「……。っ!」

 だからだ。だから、気付いた時には睦月は転がり込むように来た道を戻っていた。

 母達がその物音に気付いてこちらに振り返る。怪物達もちらと視線を遣ってくる。

 ──睦月の手には、先ほど弾かれて床に転がっていた、銀のリアナイザが握られていた。

「睦月……?」

「おい、まさか……」

『え? ちょ、ちょっと睦月さん?! 何を──』

 皆が戸惑いの声を上げている。だが睦月は聞く耳を持たなかった。無我夢中だった。

 先ほど冴島がやっていたように、銃身の底にある四つのボタン、その唯一上段に付けられ

たそれを押す。

『TRACE』

 同じ、機械音のコールが鳴った。

 今やらなきゃ……。睦月は冴島が辿った先ほどの光景を脳裏に再生しながらも、バチッと

掌に強い静電気のようなものを感じながらも、その銃口を自身の左掌に押し付ける。

『READY』

 弾かれる──事はなかった。何故か今度は、押し返される感触こそあったものの、銃口は

次の瞬間吸い込まれるように左手の中に収まったのである。

「……認証した」

「おい。嘘だろ……?」

「睦月君が、EXエクステンドリアナイザを……」

 ざわざわ。だが何も驚いているのは彼らだけではない。

 無我夢中だったとはいえ、当の睦月自身もこれには驚きを隠せなかったのだった。

「え、えーっと……?」

『……はっ。と、とにかく! こうなったらぶっつけ本番です。引き金をひいて、変身して

ください!』

 銃口を押し付けたまま、さて何をすればいいのかと固まる睦月。

 それを我に返ったパンドラが、スライドカバー部分からホログラムを出して姿を見せると

指示を飛ばして言った。……変身? 少し呆気に取られたが、事実今は怪物達が現在進行形

で自分達に迫ろうとしている。

「……変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

 よく分からないけど。でも睦月は言われるがままに引き金を──陸上のスタート合図の時

よろしくザッと上空に銃口を向けながらひいた。

 するとどうだろう。次の瞬間、新たにそんな機械音が響き、拳銃──リアナイザからは銀

の、デジタル数字の群れが輪になってゆっくりと睦月に向かって降りていき、銃口から撃ち

出された白い光球はうろたえる睦月を狙うようにしてぐるりと旋回、刹那滑り落ちるように

彼と重なって眩しい光を放ったのだ。

『──』

 香月達、そして怪物達がその光に一度目が眩み、やがてゆっくりと庇の手を除けた。

 そしてその視線の先には、一人の人物。

 間違いなく睦月が立って引き金をひいたそこに、文字通り“変身”を遂げた彼の姿があっ

たのである。

「……え? ええぇぇぇーッ?!」


 本人も驚いて見返すその姿。

 睦月は白亜の、胸元に茜色のコアを備えた、見た事もないパワードスーツに全身を包んで

いたのだった。

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