9-(7) アキラかになる
その後、宙が目を覚ましたのはすっかり日が落ちてしまってからの事であった。
心配していた件の部員達や海沙、睦月らは酷く安堵し、女子は女子同士暫しかしかましく
互いに泣きつき合い、或いは当の本人はきょとんと頭に疑問符を浮かべていた。
『う~ん……。そう言われてもよく覚えていないんだよねぇ』
曰く、宙の記憶は途切れている。
彼女に話を聞くに、どうやらあの現場でゲーム仲間とTAの対戦をした所までは覚えてい
るのだが、それから目覚めるまでがすっぽりと抜け落ちたように思い出せないらしい。
おそらく今回のアウターの能力だろう。皆人は海沙達が帰った後にそう睦月に話した。
先ず考えられるのは襲撃された事実を隠蔽する為。
しかしそうなると、何故宙が襲われたのかという根本の所まではまだ分からない。
「──ごめんね~。何か色々迷惑掛けちゃったみたいで……」
「ううん。ソラちゃんが無事ならそれでいいんだよ。あんなに蜂の巣みたいになってた場所
で特に怪我をするでもなかったんだもの。もし、ソラちゃんにまで何かあったら、私……」
日没後の街中を、宙と海沙、そして護衛として付き添う國子が並んで歩いている。
あくまであっけらかんと、記憶がない事もあって軽いノリで済まそうとする親友に、海沙
はそう今にも泣きそうになって声を震わせていた。
ソラちゃんにまで。
おそらくそれは睦月の──第七研究所の事件の時のことを含んでいるのだろう。
一時はどうなったかと思った、幼馴染の巻き込まれた施設火災。
あれから二ヶ月近くが経ち、ようやく彼も平穏無事な暮らしを取り戻した。なのに今度は
親友まで……。心配し、不安がるその気持ちも無理はない。
「……ごめんね。心配掛けて」
よしよし。思わず涙が零れた海沙に、宙はフッと苦笑いを零してこの頭を撫でてやって
いた。
楚々としたサラサラの長髪。
宙は心の底からしんみりと、かけがえのない友を仲間を持ったものだなと思う。
「……しっかし参ったなあ。明日学校行くの面倒臭いや」
「え? 駄目だよ。クラスの皆だって話は聞いてるだろうし、顔を見せてあげなきゃ」
そして気分を切り替えるように発した台詞に、案の定この親友は真面目な弁を返す。
あはは……。宙は苦笑した。
ぽりぽりと軽く頬を掻きながら、一度ちらっと横を歩く國子を見遣り、ごちる。
「だってさぁ。絶対今日よりもずっと根掘り葉掘り訊かれるんだよ? あたしは全然覚えて
ないってのにさ~」
「──少しは落ち着いたか?」
「うん……」
その一方、時を前後して睦月と皆人は飛鳥崎の地下深くを歩いていた。
司令室へと続く道。今まで聞かされてこなかったが、どうやら学園内にも地下へと延びる
隠し通路が存在しているらしい。
そんな抜け道の一つである寂れた倉庫の一角から、二人は梯子を降り、暫くの間こうして
黙々と薄暗い地下の道のりを歩いていた。
「……ねぇ皆人。もしかしてあれって、H&Dの報復だったりするのかな?」
「どうだろう。俺はその可能性は低いと考えているが。それなら何故直接お前を狙わなかっ
た? あの時はお前の顔は割れていない筈だろう? 誘い出す事もせず、何故宙が近しい人
物だと把握できる?」
「あ、そっか。う~ん……」
先刻の昂ぶりも、親友の怒声と不安で涙する幼馴染の姿ですっかり立ち消えになっていた。
睦月は開口早速、悶々と抱いていた懸念をぶつけたが、皆人はあくまでも冷静であり、この
友にそう理路整然とした回答を返す。
「おそらく、今回は以前の潜入の一件とは別のアウターの仕業だろう。だが地上でも話した
ように、相手にお前の顔が割れてしまった以上悠長にはしていられない。一刻も早くそのア
ウターと、召喚主を探し出さなければいけないな」
加えて言う。親友の言う通りである。
睦月は素直に頷き、きゅっと唇を結んだ。皆人曰く、今回激情に駆られたことで見せてし
まった顔バレが、廻り回ってあの強力なアウター達の耳に届かないとも言えないからだ。
「どんな奴だった? 覚えてるだけ特徴を挙げてみろ」
「う~ん……。あの時は頭に血が上っちゃってたからなぁ。えーと、女子だったよ。こう首
筋くらいの短い髪をしてて……そうそう、制服のリボンが赤かった」
「赤か。そうなると二年だな。制服は高等部で間違いないか?」
「うん」
皆人は睦月の証言一つ一つを注意深く聞き、口元に手を当てていた。
因みに飛鳥崎学園は小中高ごとに少しずつ違った制服があり、加えてその胸元に付くネク
タイやリボンの色は年々によって別──順繰りになっている。
確認し、皆人は懐から自身のデバイスを取り出した。
コールした先は司令室。電話に出た制御卓の職員に対し、彼はとある指示を飛ばす。
「俺だ。アウター絡みで一つ至急の調達を頼む。学園の高等部二年女子の一覧だ。顔写真も
込みで送ってくれ」
「……。今更だけど、あそこで分からない事って無いよね」
「そうでもないさ。データ化されてないものは結局足で稼ぐしかない。それに、一応コンプ
ライアンスは守ってるぞ?」
割とそう真面目に、真顔で。
デバイスをしまいつつ、皆人は言った。睦月は苦笑し、何とも言えずにぽりぽりと頬を軽
く掻いている。
それから数分、二人は司令室に向かって地下を歩き続けた。
自分の記憶が間違っていなければ、彼らの調査能力を以ってすればじきに召喚主の正体は
割れるだろう。
……しかしここで疑問は残る。
そうなると、何故そもそもあのアウターは自分ではなく、宙を狙ったのか?
「ああ。可能性なら、一つある」
すると皆人は、改めて訊いてみた睦月に向かってそう事も無げに言った。
えっ? 小さく目を開く。もう何か繋がりのある情報を見つけたのだろうか。
「そもそも何故、あの時俺達は天ヶ洲を捜していた?」
「それは水泳部の人達に頼まれて──あっ」
「気付いたか。彼女らは言っていたろう? ここ最近部長に逆らえなくなったと。不自然に
それまで不真面目だった部員らが彼女に従うようになったと」
ちょうどそんな時、再び皆人のデバイスが鳴った。司令室からだ。
文面には早くも先の一覧を取り寄せたとの旨。睦月も覗き込む中、早速皆人は開いたファ
イルからざざっと女子らの顔写真を切り替えてみせる。
「……ストップ! 間違いない。この人だよ」
はたして渦中の人物はそこにいた。睦月がハッと気付いて止め、皆人がそっと手を止めて
眉根を寄せる。
「法川晶──現在の女子水泳部部長だ」
それは紛れもなく、あの時現場で睦月と対峙した、クリスタルの召喚主その人だった。




