9-(6) 追跡は怒声の後に
「──何故一人で突っ走った!? どうして俺達が来るまで待たなかったんだ!」
結局、このアウターを追跡する事は出来なかった。騒ぎに気付き、周辺の生徒や教師達の
声や足音が近付いて来たためである。
睦月はまだ興奮気味だった。敵を逃がした事と、宙がまだ向こうで倒れている事。その所
為で判断に迷いが生じていたが、そこはパンドラが急いで離脱するよう強く促したことで難
を逃れた。
程なくして現場はちょっとした騒ぎになる。何せ突然轟音が聞こえて来たかと思えば、辺
り一面が無数の穴ぼこだらけになっていたのだから。
放課後の高等部は一時騒然となった。そしてその現場でぐったりと倒れていた宙は、当然
成り行きのままの駆けつけた彼ら・彼女らによって救助される事となる。
「外ならまだしも、此処は学園だぞ? 下手をしたらこんなものじゃ済まなかった」
一方そんな人気から切り離された校舎裏で、皆人は睦月に強い口調で責め立てている。
背後の壁に親友を追い詰め、ダンッと手をついて一喝。実際に交戦した彼とはまた別の意
味で激しく感情を昂ぶらせている。
「だからって見過ごせる訳ないだろ!? 宙が……宙が襲われたんだぞ!」
しかし対する睦月も負けてない。
珍しく彼もまた、未だ昂ぶった心身が収まらぬままにこの親友に反論していた。
事実、そうではある。あのまま慌てて身を隠して成り行きを見守っていても、宙に更なる
異変が起きていただろうことは容易に想像出来た。
……だが皆人は、思わず口を噤めど、ふるふると何度も首を横に振って苦渋の表情を浮か
べていた。
分かってる。でも今は、そういう事を言っているんじゃない。
もどかしかった。そして一方で皆人は、この激昂した親友が恐ろしかった。
(……こいつは時々、鬼神のような時がある)
下手をすれば。それは単なる人的・物的損害以上に、学園内での変身や戦闘は色々と素性
がバレる危険性が高いという意図である。バレてはいけない。それはこの戦いが、自分たち
アウター対策チームが発足してからというもの繰り返し言い聞かせてきたものである。
なのに……この親友は自らの首をも絞めかねないリスクよりも、瞬間の激情を取った。大
切な人の為に文字通り死力を尽くすという、ある意味とても人間的な感情を選び、一人突
っ走ったのだ。
正直言えば、羨望と畏れが入り混じっていた。
自分は彼のように直情に正直にはなれない。立場云々を含め、とかく理知的であろうとし
がち、リスクを重くみがちな所があると自覚しているからだ。
その点で羨ましいと思う。だが今は、それ以上にこの親友の危うさを想う。
普段は仏のように穏やかな人となりをしているくせに、いざ大切なものを侵されると途端、
羅刹が如き力を発揮する……。しかしそれは、人間的な感情であるが故に、もし敵に知ら
れてしまえば致命的な弱点となりうる。
「……分かっている。分かっているさ。だが知られてしまったら? それであの凄まじい力
のアウター達にお前の正体が知られてしまったら? H&D社はお前の事を徹底的に調べる
ぞ。そうなれば天ヶ洲だけじゃない、青野や香月博士達──皆の身が危うくなる可能性が高
いんだ。……怒る気持ちは分かる。だが抑えろ。戦いは、何も今回だけじゃないんだぞ?」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと諭すような皆人の言葉。
その正論に、睦月はようやくぐうの音も出ずに黙り込んだ。幼馴染や母、親友を含めた皆
の名前を出され、ようやく理性と理解が激情を抑え込み始めたように見えた。
「……。それなら、全部……倒せばいい……」
しかし唇を結んで俯いた、その直後に漏らした言葉。皆人は静かに戦慄した。
やはりこの友は、鬼を飼っている。
陰のあるその横顔を見て、彼は暫く彼に戦わせるべきではないかもしれないと考え始めて
いた。
「……とにかくそのアウターに逃げられたのが痛いな。変身する一部始終を見られたままな
訳だろう? なるべく早く確保しなければならないが──」
「む、むー君? 三条君?」
そんな最中だったのである。はたと聞き慣れた声がしたかと思えば、通りの向こうから海
沙がこちらをちょこんと覗いて来ていた。
思わず二人して身体が強張る。ぱちくり。そんな彼らの体勢を彼女は妙に熱の籠もった視
線で見つめている。
「ど……どうしたの?」
「う、うん。何か聞こえてくるなーと思って。むー君達こそどうしたの?」
「……。ちょっと叱ってやっていただけだ。こいつが、熱くなり過ぎてたからな」
「そっか……」
あくまで冷静に、皆人が取り繕う。海沙は小さく呟き、眉を下げながらそっと胸元に手を
添えていた。
「ソラちゃん、まだ目を覚まさないの。今、先生や部の女の子達が集まって看病してくれて
いるけど……」
どうやら保健室の彼女はまだ気を失ったままらしい。睦月と皆人はどちらからともなく、
互いに顔を見合わせた。幸い命の別状は無かったそうだが、全く何もないとは考え難い。
「俺達も後で顔を出すことにするよ。目を覚ましたら一緒に家まで付き添ってやってくれ。
國子を遣っておく。用心に越した事はないからな」
「うん……。ありがとう」
もう一人の幼馴染は元気に乏しく微笑っていた。
奴らのやったこと、自分のやったこと。
何週も遅れて、睦月はやっと己の軽率さを呪い始めた。




