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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-9.Gaps/潔癖症の怪物
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9-(5) 結晶事件(後編)

 手分けをして、学園中を捜す。

 クラスにやって来た水泳部員の女子らに頼まれる格好で、睦月達は既に部活に向かった筈

の宙の姿を求めて走り回っていた。

 しかし、学園は広い。

 何せ国が積極的に関与し、支配する集積都市の一つ、その国立の学校だ。小中高一貫教育

を謳っている事もあり、その敷地面積はとても数人程度の足でカバーできるものではない。

 部に顔を出していないという事は、帰ってしまったのだろうか?

 でも大会が近いと聞いたし、レギュラーではないにしてもフケるというのは……。

 皆と別れ、睦月は一人ぐるりと大グラウンドから小グラウンドへ、敷地の北端をなぞるよ

うにルートを辿っていた。行き違いになっているのかもしれないと思い、念のため柵越しに

プールを覗いてもみたが、それらしい姿はない。

「うーん……。やっぱり電話にも出ないなあ。何処に行ったんだろ?」

『やはりサボったんじゃないですか? あの部員さん達も、部長に逆らえなくなったとか仰

ってましたし……』

 半ば途方に暮れて、睦月は軽く息を荒げながらデバイスを片手に突っ立っていた。応答の

ない電話のコールはやがて切れ、代わりに画面の中でパンドラがついっと唇を立てて両腕を

組んでいる。

「そう、なのかなあ? そりゃあ宙は自由気ままだけど、泳ぐのは好きだったみたいだし」

『宙さんも、ギクシャクしてるんですかね? 例の部長さんと』

 気持ちぎゅっとデバイスを握る手に力が篭もる。

 だとしても……。進級してから、彼女がそんな素振りを自分達に見せたことはなかった。

 気を遣って我慢していたのだろうか? 好きだからと競技なんだぞとの狭間で、彼女なり

に悩んでいたのだろうか?

 そうならば悔しい。幼馴染として、友人として、全然気付いてあげられなかった……。

「……待てよ。そういえば部員さん達、宙からTAの対戦をしてから行くってメッセージを

貰ったって言ってたよね?」

『はい。確かに言ってましたね』

「ねぇパンドラ。だったらそこから宙の居場所を辿れないかな? もう終わってるかもしれ

ないけど、起動してるリアナイザが近くにあれば分かるんでしょ?」

『ああ! そうですね。私とした事がすっかり忘れていました』

 だから纏いつく陰気を払い、とにかく手を考えようと睦月が思いついた一言に、パンドラ

も思い出したようにはたと手を打った。では早速……。彼女は背中の三対の金属翼を目一杯

広げ、あたかも感覚を周囲に延長するかのように目を瞑り始める。

 だが──異変はそんな最中で起こったのだ。

 ピクンと不意に身体を強張らせたパンドラ。すると彼女は慌てた様子で目を開き、言う。

『マ、マスター、大変です! 南南西約三百メートルに反応あり。ですがこの出力規模、正

規のものじゃありません。間違いなくアウターです!』

「何だって!? ……急ごう。何だか、嫌な予感がする」


「──」

 現場は先刻、宙が藤崎達とTAの対戦を楽しんでいた場所だった。

 校舎裏と文化部棟を結ぶ裏道の途中。そこで宙は、部長の呼び出した電脳の怪物によって

ぐったりと気を失っていた。

 青白く輝く装甲を全身に持つ、騎士のような怪物。

 アウターだった。その身体は水晶のように放課後の光を弾いており、昏倒した宙の腰に手

を回してやや粗雑にこれを支えている。

 差し詰め、クリスタル・アウターとでも呼ぶべきか。

 そしてそのもう片方の手には、同じく青白く輝く結晶が一つ。

 やりなさい。冷淡に放たれた部長の声が、このアウターの全身に力を与える。

「宙!」

 しかしそんな時だったのである。その場へと、異変に気付いた睦月が駆けつけて来た。

 彼女の名を叫び、こちらに向かって走って来る睦月。

 ぐったりと気を失った宙と、怪物。

 そして引き金がひかれた、このリアナイザを握る女子生徒。

 故に、その表情は瞬く間に線目の、鬼の形相に変わっていった。大切な幼馴染に手を掛け

られ、彼の頭の中は一瞬にして沸騰した感情で一杯になる。

『ちょっ!? マ、マス──』

「お前ら……宙に一体何をしたッ?!」

 驚いてこちらを見てくるアウターと彼女。しかし睦月はその変貌に慌てたパンドラの制止

も聞かず、駆けながらEXリアナイザを取り出していた。

『TRACE』『READY』

「変身ッ!!」

『OPERATE THE PANDORA』

 パンドラをデバイスごとその中に放り込み、流れるようなスターターの操作。銃口は真っ

直ぐ前方に向き、次の瞬間放たれた白い光球は彼の周囲をぐるりと旋回、身体をスキャンす

るように通り過ぎていくデジタル記号の輪はこの光球がぶつかると同時に溶け消えた。

「ぬっ……!?」

「ま、眩し──」

「うぉォォォーッ!!」

 そしてこの眩さは、対する二人にとっての目くらましにもなった。

 ナックル! EXリアナイザを握る右手に向かって叫んだ睦月の一言は、即座に彼の──

守護騎士ヴァンガードの武装を機能させ、銃口を中心に広がったエネルギー球の拳が反応の遅れたこのクリ

スタル・アウターの顔面へとめり込む。

 ぐがっ──!? そのまま為す術もなく殴り飛ばされ、クリスタルは激しく地面に叩き付

けられながら跳ねながら後方へと転がっていった。そんな突然の敵と猛攻に、主たる部長は

パクパクと口を開けて後退り、瞳に薄い白煙を立ち上させる睦月の拳を映すしかない。

「……」

 ゆらり。しかし当の睦月はそんな彼女の存在など一顧だにしないように、クリスタルが遠

くに吹き飛んだのを確認するとすぐ足元に振り返った。

 宙である。

 まだぐったりと気を失っている彼女を、彼は屈んで触れ、その呼吸が途切れていない事を

目立った外傷がない事を確認する。

「良かった……。ちゃんと、生きてる」

 そして彼女をひょいと担ぎ上げ、そのまま数歩。睦月は気を失ったままの宙を校舎傍の木

の下に移し、安全を確保した。数拍横顔を見つめた後、再びすっくと立ち上がって、殴り飛

ばしたクリスタルがよろよろと起き上がってくるさまに相対する。

「ぬぅ……。くぅ……」

「ちょ、ちょっと! 何なのよこいつ!? 貴女に対抗できる人間がいるだなんて聞いてな

いわよ?!」

「私だって初めてだ。分からない。だが、もしかして、まさか……」

「……」

 慌てふためく部長が、そうひび割れた頬の水晶を押さえながら立ち上がるクリスタルの傍

へと駆けつけ、抗議する。クリスタルはこちらを見つめながらごちた。睦月は何も応えず、

ただじっと敵意の視線でもってこれを見つめている。

『あわわわ……! い、いきなりこの状況で変身はマズイですよぉ。で、でも、もうやっち

ゃったものは仕方ないですね。このまま学園に出たアウターを野放しにしておく訳にもいき

ませんし……。た、倒しますよ? いいですね?』

「……勿論、その心算だよ」

 じりっ。地面を踏み締め、またしても睦月が先に飛び出した。すると今度は慌てて、クリ

スタルの方も左手をかざして応戦してくる。

 弾丸だった。

 無数の、水晶の弾。鋭利な切っ先を持つそれは一斉に睦月に襲い掛かり、しかし既にナッ

クルモードを発動しているエネルギー球の拳に弾かれていった。

 ザクッ、ザクッ。それでも弾かれたもの、当たらずに飛んでいったものは次々に辺りの地

面に突き刺さり、無数の穴ぼこを作った。

「……」

 最初は突撃しようと駆けていた睦月だったが、肩越しに見たそれらが遠く宙が寝かされて

いる方向まで届きかけているのをみると即座に停止。横っ飛びをしながら流れ弾を弾き、呼

び出したホログラム画面から新たな武装を召喚する。

『ARMS』

『SHIELD THE TURTLE』

 放たれた紫色の光球。

 それは彼の左腕に収まり、大きな楕円形の盾になった。

 クリスタルが放つ水晶弾を次々に弾く。微動だにせず傷一つ付かない。

 目を見開いた彼に、睦月は膝をついていた身体を起こし、再び強く地面を蹴り出す。

『ELEMENT』

『BRUTE THE GORILLA』

 更に追撃だった。盾を前面に出して自分と、後方を防御し、睦月は再びホログラム画面か

らサポートコンシェルを装備したのだ。

 黒い光球がその右腕に宿り、蒸気が噴き出すようなそのエネルギー球の拳。

 腕力強化の属性付与エレメントだった。

 クリスタルは自身の攻撃が通じず、焦る。だがそれを睦月は真正面から突っ切って懐に飛

び込み、初撃を盾による払いで、次を左右による連続殴打でこの青白く輝く装甲ごと彼を文

字通りコテンパンにしたのである。

「ぬ、おォォォーッ!!」

「ぎゃはァッ!?」

 とどめのアッパー。膨張するほど強化された拳は、容易にクリスタルの身体を倉庫の上階

へと殴り飛ばした。

 轟。激しい衝撃音と共にコンクリ壁にぶち当たり、クリスタルが大きく仰け反ってその場

に陥没を作る。部長が悲鳴を上げていた。頭を抱えて、心底度肝を抜かれたようにあんぐり

と口を開けている。

『マスター!』

「ああ。これで──」

 しかしである。次の瞬間、意識が飛んでいきそうな程に打ちのめされたクリスタルの抵抗

が降り注いだのだった。

 顔面に胸元にひび割れを来たした全身に鞭打ち、彼は再び渾身の結晶弾を放った。

 それは頭上という位置取りを活かし、雨霰のように周囲に降り注いだ。慌てて睦月は盾を

構えてその場から動けなくなり、轟々と暫し相手の成すがままになる。

「……ッ、逃げられた……」

 だからだった。

 そんな猛反撃が止んだ後、そこにはもうこのアウターも、召喚主と思しきの少女の姿もな

くなっていたのである。

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