9-(2) 糸を見据えて
時を前後して、飛鳥崎の一角にある病院。
先日の進坊で破壊騒ぎに居合わせ、駆けつけていた由良と筧は、この同じ病室のベッドで
隣り合っていた。あの時前線で奮闘してくれた地域の警官達も、今はそれぞれ別だった部屋
で眠っている筈だ。
「……。暇ッスね」
「ああ」
「結局後の処理、どうなったんでしょう?」
「さぁな」
二人してベッドに下半身を埋めて座り、ぼうっと小奇麗に白い天井や壁を眺めている。
もどかしかった。無力感がじんわりと漂っていた。気持ち的にはすぐにでも飛び出して事
の顛末を把握したかったが、如何せんあの時に負った傷と身体中に巻かれている包帯・ギブ
スのおかげでそれもままならない。
由良が時折そうぽつっと口を開くが、筧は言葉少なかった。話半分で、やはりぼうっとあ
の時の事を考えているらしかった。
「見間違いじゃあ、ありませんよね……? 自分達が見たあれは……」
「……」
押し黙る。そう、自分達はあの現場で確かに目撃したのだ。
拳銃もまるで通じない化け物。腕が伸びたり、腕が巨大な鎌のようになっていたり。
あれは何だったのだ? 彼らがいなくなった後、ようやく合流してきた課の同僚達にその
一部始終を話したのだが、当然というべきか誰も信じてくれなかった。中には日頃の毛嫌い
も混じり、あからさまに鼻で哂う奴もいたっけ。
結局、あの怪物達を見たのは偶然現場にいた由良と、彼に助けを求められて駆けつけた自
分くらいなものだ。回復してからでなければ分からないが、同じく現場で立ち向かった警官
達の何人が、あれを“現実”として受け止めるのだろう。
(……それよりも)
筧は思う。まさに絶体絶命だったあの時、自分達を助けに来てくれた者がいた。
身体の傷と、意識が朦朧としていたせいで記憶は曖昧にしか残っていない。だがぼんやり
としたその中で確かに見たのは、白亜の鎧──のようなものに身を包んだ何者かの後ろ姿だ
ったのだ。
彼(?)は全く歯の立たない自分達に代わり、あの化け物を倒してしまった。黒煙と咽る
ような火の中、やがて自分の意識はそこで途切れて真っ暗になる。
(もしかして、あれが“守護騎士”なのか? 由良が言ってた、巷で噂になってるっていう……)
分からない。だが、繋がるようで繋がらないファクター同士の糸がぼんやりと脳裏に浮か
び上がってくるような心地はする。
何故かは分からない。少なくとも、彼も化け物も、全くの偶然であるとは思えないのだ。
「そういえば兵さん」
「うん?」
「結局あの子、何者だったんでしょうね?」
「……。ああ」
すると押し黙っていたのが気まずかったのか、ふと由良がそうこちらを見遣って話題を切
り替えてきた。すぐに彼の言わんとしている事を理解する。事件のあった前日、偶然ポート
ランドで見つけ、介抱したあの少年についてだ。
一課の同僚に頼んでアパートを確認して貰ったが、既に彼の姿はなかった。鍵はポストの
中に放り込まれ、テーブルの上には短くお礼を述べたメモが書き置きされていたという。
「結局、名前すら聞けなかったな」
「ですねえ。何かトラブルでも起こしたんでしょうけど……心配です」
そうだ。彼の少々頑な過ぎる黙秘は、筧自身も怪しむには充分な材料だった。自分の見て
くれで怖がられているのかと思い、先に自分から名乗ってはみたが、結局それも報われる事
なく逃げられてしまった。しかし少なくともきちんと施錠し、礼の一つも残してくれた。根
っからの不良という訳ではなさそうである。
確認に行って貰った同僚を始め、一課の面々はこの件もあまり真面目に取り合ってくれな
かった。むしろ独断で少年を保護し、知らせなかった事をくどくどと説教されたりもした。
……そこじゃあないだろ。守るべきは市民であって、手前らの面子や縄張りなどでは無い
というのに。
大体、今回だって署の反応は鈍過ぎる。まだ報道にも大きく出ていない、ローカルな一件
だという現状にかこつけ、事件の究明よりも失態の尻拭いに奔走しているそうじゃないか。
もやもやする。こんなにも不明瞭なことが多く、こんなにも街のあちこちがきな臭いのに
まるで深刻さが足りない。
エネルギーを注ぎ過ぎないという処世術か? ド阿呆。ある意味一番人と人とのトラブル
の最前線に立つ自分達がそんな体たらくでどうする。ただ事件を一件として淡々と捌きはい
お終い、じゃないだろう。その一件一件には全て、血の通った市民達の悲喜こもごもが宿っ
ているんだ。
(厭なもんだな……)
とはいえ、先ずはこの怪我を治さねば何も出来ないだろう。
由良もぶつぶつと、大よそ自分と同じように課の対応について愚痴を述べている。
筧はちらと窓の外を見た。日の位置から、およそ今は昼下がりだろうか。
学園は、大よそ午後の授業も終わり、ホームルームを済ませている。
生徒達はお喋りに興じ、或いはそれぞれの部活に向かい、或いは輪を作ってTAを含めた
デバイスゲームを遊んでもいる。鞄と水着袋を片手に、一人ゆったり中庭を突っ切って歩い
ていく少女の姿もあった。
「由良」
はたとそう名を呼ばれ、この後輩にして相棒は隣の筧を見た。共に包帯・ギブスで身体を
巻かれていながら、しかし彼の眼は既に“刑事”のそれになっている。
「退院したらあの子について洗うぞ。少なくとも、まだ写真は残ってる」




