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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-9.Gaps/潔癖症の怪物
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9-(0) 自由人と自律人

 季節は移ろう。ゆっくりと、満開の春から初夏へと。

 高等部に上がってすぐの頃はまだ全身を優しく包み込んでくれるような温かさだったが、

ふと気付けば今は少し汗ばむくらいの暑さへと徐々に変わろうとしている。

「~~♪」

 だが、だからこそこの時期のプールは気持ちいい。

 放課後の部活動。宙はこの日も所属する水泳部に顔を出し、ひんやりと適度に身体を慰め

てくれる水の質量に只々身を任せていた。仰向けに浮かんで見遣る空はすっきりと青く、水

音の背後からは様々な物音や他の部員達の息遣いが聞こえてくる。

 くる、くる。慣れた動作でゆっくりと背泳ぎで進み、身体が覚えた半ば感覚だけでターン

する間合いを嗅ぎ取り、直前で沈む。途端に溢れるあぶくの中を突っ切りながら浮上し、今度は

クロールで。水に逆らわず、味方につけ、まるで一体化したかのような滑らかな泳ぎを繰り

返す。

 ──水泳は中等部、この学園に入った頃から始めた。

 元々身体を動かす事が好きで、幼い頃から色んなスポーツ・遊びを男の子達とも混ざりな

がら経験してきた。だけど今のマイブームは、この水中での解放感である。泳ぎ終わった後

の程よい疲労感である。

 気付けばそんな感触に病み付きになっていた。ゲームを含め、こんなに興味が長続きして

いるものというのは彼女にとっては珍しい。

 すいすい。周りの事など考えず、ただ何度も水を掻いていた。あくまでゆっくりと、限界

それ以上に腕が身体が伸びていく高揚感を味わいながら、何度も何度も片道五十メートルの

プールを往復し、くるりと水中で方向転換をして水と一体になる。

 ……さて、どれだけ泳いだだろうか。

 疲労が高揚感に追いつき始めた頃、彼女はようやく泳ぎを止めてコースの飛び込み台下に

浮かび、横目に周囲の風景を一瞥してから梯子の方へと向かった。プールサイドに上がり、

ゴーグルとキャップを外す。ぷはっと吐息が漏れ、たっぷりと水の滴るミドルショートの髪

がばさつきながら開放される。

 小脇のそれらを挟み、軽く手足を労わってやりながら、彼女は一人プールサイドの一角に

設けられた休憩スペースに移動していた。マネージャーのの一人がこちらに近付いて来て

タオルを渡してくれる。「ありがと」宙は小さく微笑んでこれを受け取り、早速髪を拭いな

がら近場の椅子に腰掛けた。

『──! ──!!』

 ぼうっと休憩を。

 何となく視線を遣ったプールの中では、まだ他の部員達の一団がキリキリと水の中を泳い

でいた。部のレギュラーメンバー達である。どうやら今日も部長に率いられ、厳しい練習に

身を置いているようだ。

(……何でそんなに必死になるかねぇ?)

 部即ち競技チームだという事は理解している。

 しかし宙は、あくまで水の中の解放感が好きであって、自身を苛めてまで誰かよりも早く

泳ごう強くなろうという気概を持たなかった。進級の段階で違う部活を選ぶことも出来たの

だが、結局彼女はそのまま中等部からの繰り上がりで以って、現在に至る。

中等部まえのころは、ここまでがむしゃらじゃなかった筈なんだけど……)

 だがそれも、学年が大きく一つの壁を越えたが故の必然なのだろう。

 スタイルが違う、抱く意識が違っていることくらいは宙も気付いていはいたが、さりとて

そこに直接不平不満を吐き出すほどではない。

 自分は好きで泳いでいる。あの解放感を楽しめればそれでいいや。

 だからレギュラーメンバーに選ばれる事はなかったし、その心算もなかった。

 尤も他の仲間達曰く、そんなに才能に恵まれてるんだから、もっと真剣になればいいのに

と何度か言われたことはあったが……。

(……贅沢、なのかなぁ?)

 んぅっ! されど小さく声を漏らしながら大きく伸びをし、ややあって椅子から立ち上が

ると、宙はそう意識的に気分を切り替えた。

 ああ、駄目だ。つい陰気になってしまった。

 そんなのは自分のキャラじゃない。青春は今この時しかないんだから、好きな事を好きな

だけやって楽しまないと。

 キャップを被り直し、ゴーグルを付け、宙は再びプールの中へと入って行った。

 あ、休憩終わり? 他の、同じように中等部上がりを中心とした控えメンバー達がこちら

に気付き、笑みを浮かべて一緒に泳ごうよと誘ってくる。勿論。コースに並び、タイムを計

る女子が二・三プールサイドに立って「よーい、ドン!」の掛け声を放つ。

 初っ端から宙は速かった。休憩していたのもあるが、先程と同じくさも水と一体化するよ

うにプール内の質量を掻き分けてぐんぐんこの水泳仲間達を引き離していく。

「……」

 きゃあきゃあ。少なからず黄色い声が混じり合う一時。

 だがそんな彼女達──宙をじっと、プール内の一角から憎々しげに見つめる女子がいた事

を、この時彼女らは未だ気付かずにいたのである。

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