8-(7) 蝕卓(ファミリー)
「じゃあ、行って来ます」
週明けの明朝。香月は睦月と海沙、宙、青野・天ヶ洲両家の面々に見送られて再びラボへ
と戻ろうとしていた。
コロコロと引いていく手荷物の詰まったキャリーバッグ。静かに微笑み、海沙達が手を振
ってくれるのを優しく肩越しに見遣っている。
……尤も、再び向かうその場所とはすぐ近所の、地下司令室の一角に増築された彼女ら
研究部門の詰め所なのだが。
「行ってらっしゃいです。……また寂しくなるなぁ」
「何言ってんのさ。一昨日だってVERSE(=バース。昨今普及している通信アプリ)で
話したじゃん。繋がる事ならいつだって出来るよ」
ちょっとしんみりした海沙の肩を、宙がそうがしりと取って嗤い、慰めてやっている。
睦月はそれをちらと横目にしながら、皆と一緒に母を見送っていた。彼ら三人はこれから
一・二時間もすればに学園に登校するため、既に制服姿である。
「……」
幼馴染達は知らない。この週末、自分達が激しい戦いの最中にいた事を。
小父さん達は知らない。この週末、自分が一時再起不能の重症だった事を。
『──睦月ッ! 睦月、睦月、睦月!』
リッパー・センチピード両アウターの討伐を終え、司令室に帰還した時、真っ先に自分の
名を呼び抱きついてきたのは、他ならぬボロボロと涙を流す母だった。
『……ごめん。心配を掛けて……』
内心、正直を言えば気恥ずかしかったが、それだけ心配させてしまった結果なのだと特に
抵抗する事もなくその感触を受け入れた。気付けば背丈は同じくらいになり、包まれたその
温もりが身体全体に届かないことに月日の流れ──遠くに来たという時間を感じる。母の腕
越しに見た皆人たち司令室の仲間達の中には、ほろほろと感銘と安堵の入り混じった雫を目
に蓄えていた者もいた。
……だがしかし、当の睦月はその瞬間、静かに峻烈に己を罰していた。
思ってしまったからだ。
こんなにも自分を心配してくれる人達がいる。こんなにも、自分の為に涙を流してくれる
人達がいる。
自覚してしまったのだ。母や友人達に迷惑を掛けた罪悪感。だがそれよりも大きく、たと
え己が戦い傷付いても、彼らに必要とされた事を喜んでしまった自分がいる──。その事実
が自身の宿す醜悪さを意識させ、ただこの一時ですら全力で慰められてはならぬと自罰する
原動力となったのだ。
『でも……素人が危ねぇ事に首突っ込むんじゃねぇぞ? おっちゃんからのアドバイスだ』
守護騎士。飛鳥崎を守る正義の味方。……本当にそうなのだろうか?
自分はもっと、“悪”ではないのか──。
そうしてじっと気持ち俯き加減で佇んでいると、やがて香月の姿は路地の向こうに消えて
見えなくなった。海沙や宙達も、そこまできてようやく振っていた手を止め、寂しくも心晴
れやかな面持ちで振り向き、互いをニコニコと微笑みながら見合っている。
「よし。香月さんも見送ったし、これで一安心だな。どうだい? 折角だから今日は皆家で
食っていかないか?」
「あら? いいんですか?」
「ええ、勿論。普段はうちの子が、海沙ちゃんや睦月君にお世話になってばかりだもの」
「……なら、お言葉に甘えようか」
「はいは~い。それでは四名様ご案内~」
「ふふ。……もう少し遅く出るのなら、おばさまも一緒だったんだけど……」
それとなく母に当てこすられた当の宙が、そうおどけてみせながら皆を自宅兼店舗内へと
案内し始めた。
ぞろぞろ。まだ朝靄が辺りに漂っている中、海沙や定之の後ろをついていく形で睦月は言
葉少なく、未だあの時の光景が脳裏のキャンバスからこびり付いて離れない。
「──結局、また奴によって同胞達が倒されてしまった、か……」
「ちっ。せめてあの面の下が分かってりゃあ、こう手こずる事も無かったんだが」
「おそらくは仲間が私達よりも先に回収したんでしょうね。そうでなきゃあんなボロボロの
状態で逃げ切るなんて不可能だもの」
「……。またあの旨い弾、食いたいなァ……」
一方そんな頃、薄暗いとある一室に件のアウター達が集まり、ごちていた。ゴゥンゴゥン
と背後では巨大なサーバー機が電源を点して駆動し、この場の僅かな明かりとなって彼らの
影を映している。
「まぁ、今回は正式な宣戦布告といった感じだろうね。逃がしたのは残念だけど、これで僕
らの敵は組織的な者達だと考えていい。そうなると、ある程度の目星くらいはつく」
すると円卓の周りで思い思い座り、立つ六人に向かい、薄い金髪の白衣の男はそう一段上
のサーバー区画の手すりから気持ち身を乗り出して口を開いた。
黒衣の眼鏡男がそっと、ブリッジに指をやって瞳の奥を光らせている。荒くれの男はふん
すと仁王立ちして鼻息を鳴らし、それまでじっと黙っていた黒スーツの青年は壁に背を預け
たまま、ちらりと彼らを見遣るだけだ。
「守護騎士。しかしまぁ、その排除は追々実行するとして……」
にたり。白衣の男は更に続けた。暗がりに溶けるように、残り六人の視線が一斉にこの怪
しき人物へと集中する。
「──そろそろ揃えたい所だね。最後の、席を」
吐息と共に。やがて彼はそう確かに漏らした。
然り。
そして闇に紛れるこの六人も、その呟きに対し、総じて静かに首肯するのであった。
-Episode END-




