表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-8.Seven/家族達(かれら)の肖像
60/526

8-(7) 蝕卓(ファミリー)

「じゃあ、行って来ます」

 週明けの明朝。香月は睦月と海沙、宙、青野・天ヶ洲両家の面々に見送られて再びラボへ

と戻ろうとしていた。

 コロコロと引いていく手荷物の詰まったキャリーバッグ。静かに微笑み、海沙達が手を振

ってくれるのを優しく肩越しに見遣っている。

 ……尤も、再び向かうその場所とはすぐ近所の、地下司令室コンソールの一角に増築された彼女ら

研究部門の詰め所なのだが。

「行ってらっしゃいです。……また寂しくなるなぁ」

「何言ってんのさ。一昨日だってVERSE(=バース。昨今普及している通信アプリ)で

話したじゃん。繋がる事ならいつだって出来るよ」

 ちょっとしんみりした海沙しんゆうの肩を、宙がそうがしりと取って嗤い、慰めてやっている。

 睦月はそれをちらと横目にしながら、皆と一緒に母を見送っていた。彼ら三人はこれから

一・二時間もすればに学園に登校するため、既に制服姿である。

「……」

 幼馴染かのじょ達は知らない。この週末、自分達が激しい戦いの最中にいた事を。

 小父さん達かれらは知らない。この週末、自分が一時再起不能の重症だった事を。


『──睦月ッ! 睦月、睦月、睦月!』

 リッパー・センチピード両アウターの討伐を終え、司令室コンソールに帰還した時、真っ先に自分の

名を呼び抱きついてきたのは、他ならぬボロボロと涙を流す母だった。

『……ごめん。心配を掛けて……』

 内心、正直を言えば気恥ずかしかったが、それだけ心配させてしまった結果なのだと特に

抵抗する事もなくその感触を受け入れた。気付けば背丈は同じくらいになり、包まれたその

温もりが身体全体に届かないことに月日の流れ──遠くに来たという時間を感じる。母の腕

越しに見た皆人たち司令室コンソールの仲間達の中には、ほろほろと感銘と安堵の入り混じった雫を目

に蓄えていた者もいた。

 ……だがしかし、当の睦月はその瞬間、静かに峻烈に己を罰していた。

 思ってしまったからだ。

 こんなにも自分を心配してくれる人達がいる。こんなにも、自分の為に涙を流してくれる

人達がいる。

 自覚してしまったのだ。母や友人達に迷惑を掛けた罪悪感。だがそれよりも大きく、たと

え己が戦い傷付いても、彼らに必要とされた事を喜んでしまった自分がいる──。その事実

が自身の宿す醜悪さを意識させ、ただこの一時ですら全力で慰められてはならぬと自罰する

原動力となったのだ。


『でも……素人が危ねぇ事に首突っ込むんじゃねぇぞ? おっちゃんからのアドバイスだ』


 守護騎士ヴァンガード。飛鳥崎を守る正義の味方。……本当にそうなのだろうか?

 自分はもっと、“悪”ではないのか──。


 そうしてじっと気持ち俯き加減で佇んでいると、やがて香月ははの姿は路地の向こうに消えて

見えなくなった。海沙や宙達も、そこまできてようやく振っていた手を止め、寂しくも心晴

れやかな面持ちで振り向き、互いをニコニコと微笑みながら見合っている。

「よし。香月さんも見送ったし、これで一安心だな。どうだい? 折角だから今日は皆家で

食っていかないか?」

「あら? いいんですか?」

「ええ、勿論。普段はうちの子が、海沙ちゃんや睦月君にお世話になってばかりだもの」

「……なら、お言葉に甘えようか」

「はいは~い。それでは四名様ご案内~」

「ふふ。……もう少し遅く出るのなら、おばさまも一緒だったんだけど……」

 それとなく母に当てこすられた当の宙が、そうおどけてみせながら皆を自宅兼店舗内へと

案内し始めた。

 ぞろぞろ。まだ朝靄が辺りに漂っている中、海沙や定之の後ろをついていく形で睦月は言

葉少なく、未だあの時の光景が脳裏のキャンバスからこびり付いて離れない。


「──結局、また奴によって同胞達が倒されてしまった、か……」

「ちっ。せめてあの面の下が分かってりゃあ、こう手こずる事も無かったんだが」

「おそらくは仲間が私達よりも先に回収したんでしょうね。そうでなきゃあんなボロボロの

状態で逃げ切るなんて不可能だもの」

「……。またあの旨い弾、食いたいなァ……」

 一方そんな頃、薄暗いとある一室に件のアウター達が集まり、ごちていた。ゴゥンゴゥン

と背後では巨大なサーバー機が電源を点して駆動し、この場の僅かな明かりとなって彼らの

影を映している。

「まぁ、今回は正式な宣戦布告といった感じだろうね。逃がしたのは残念だけど、これで僕

らの敵は組織的な者達だと考えていい。そうなると、ある程度の目星くらいはつく」

 すると円卓の周りで思い思い座り、立つ六人に向かい、薄い金髪の白衣の男はそう一段上

のサーバー区画の手すりから気持ち身を乗り出して口を開いた。

 黒衣の眼鏡男がそっと、ブリッジに指をやって瞳の奥を光らせている。荒くれの男はふん

すと仁王立ちして鼻息を鳴らし、それまでじっと黙っていた黒スーツの青年は壁に背を預け

たまま、ちらりと彼らを見遣るだけだ。

守護騎士ヴァンガード。しかしまぁ、その排除は追々実行するとして……」

 にたり。白衣の男は更に続けた。暗がりに溶けるように、残り六人の視線が一斉にこの怪

しき人物へと集中する。

「──そろそろ揃えたい所だね。最後の、ひとりを」

 吐息と共に。やがて彼はそう確かに漏らした。

 然り。

 そして闇に紛れるこの六人も、その呟きに対し、総じて静かに首肯するのであった。

                                  -Episode END-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ