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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-8.Seven/家族達(かれら)の肖像
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8-(6) 疾走する闘志

「出て来いよォ、守護騎士ヴァンガードォーッ!!」

 皆人曰く、アウターが現れたのは街の南西、進坊町の商店街。

 逃げ惑う人々の中、更に厄介なのはその者が名指しで睦月を呼んでいることだという。

『待つんだ睦月。これは敵の罠だぞ!』

『そうよ! それに、万全じゃない状態の貴方をこれ以上戦わせられないわ』

 その報を聞き、睦月は身体を引き摺ってでも現場に向かおうとした。当然その無茶を通信

越しの皆人や香月は止めようとする。

「だからって……じゃあ他に誰が戦うっていうのさ? それでも行く。僕が戦う。こうして

いる間にも、関係のない人達が傷付いてるんだ」

 しかし睦月は聞かなかった。既にEXリアナイザや、水没で壊れてしまったインカムを手

に取り、アパートの扉の前で靴を穿き始めている。

『睦月……』

 実際問題、アウター対策チームに十分な兵力は残っていなかった。先日のH&D社への潜

入で、実働部門であるリアナイザ隊は半壊に近い大打撃を受けたのだから。

『……分かった。だが無理はするな。そちらにまだ動ける隊員達を送る。人々の救助は任せ

てくれ。……やってくれるか?』

「勿論!」

 ガチャリ。

 アパートの扉を開け、睦月はデバイスを片手に街へと踏み出す。


「おいおい、何て手応えのねぇ奴らだ。これじゃあ本番前の肩慣らしにもなりゃしねぇ!」

 時を前後して、進坊町の商店街。

 本来休日で賑わっていた筈のこの小奇麗な通りは、突如現れたアウターによって見るも無

惨な破壊と殺傷の現場となってしまった。

 ギラリ。その巨大な刃に映るのは、切り刻まれた家屋やアスファルトの地面、ぐったりと

倒れ怪我を負った人々。そして応戦虚しく敗れた警官達。

 両手が長大な鉈のようになったアウターだった。

 切り裂き魔リッパーとも言えばいいだろうか。彼は呵々とその力を余す事なく示し、気を失った通

行人の一人を手荒く蹴飛ばしてうろうろと歩いていた。

「……全く、粗野な奴だ。我々は然るべき時までは公に顔を出すべきではないというのに」

 更に、そんなリッパーの横でもう一人のアウターが嘆息気味にごちている。

 一見紳士的な、しかし明らかに異形の姿。触手と網目のついた茶褐色の覆面をし、その四

肢には無数の“節”がある。

 百足を髣髴とさせるアウターだった。センチピードと言った所か。

 彼はぐるりと、リッパーが暴れ回った周囲の惨状を、しかし怒る事もなく淡々と見渡して

いる。その中で辛うじて意識のあった警官が、ボロボロに倒れ伏したまま拳銃を放とうとし

ていたが、センチピードはこれを目敏く見つけると一瞬で伸びたその右腕、拳を叩き込んで

気絶させる。

 元に縮む時も高速で。

 見上げた空は、地上の惨状を知ってや知らずか灰色ががり始めている。

「然るべき、ねえ。でも奴を捜せと言ってきたのは“蝕卓うえ”の連中だぜ? なら多少暴れて

もいいじゃねえか。それにちんたら捜してたら、あいつらに一回やられたっていう怪我も治

っちまう」

「ふむ……」

 リッパーの反論に、センピチードはすぐには応じず口元に手を当て押し黙っていた。

 しかしそれは彼の意見に追従するものではなさそうだ。ちらちらと、この間にも反撃や新

たな動きが無いかを警戒しているような。元より彼はこの同胞の大胆過ぎるおびき寄せ作戦

に、苦言を呈して引っ込めさせる為に顔を出したのだから。

「……だが肝心の守護騎士ヴァンガードは姿を現さないようだが? そもそも負傷中の敵がのこのこやっ

て来るものかね」

「ごちゃごちゃ五月蝿ぇなあ。来て貰わなきゃ困るんだよ。万全だろうがなかろうが、奴を

ぶっ倒せば俺が“あの席”に着けるかもしれねぇんだ!」

 指摘と、開き直り。

 やれやれ……。センチピードはこの同胞リッパーの血の気の多さに呆れていた。自分達は人の闇に

生きる者。もっと賢く、暗躍してこそであろうに。

「──見つけたぞ! アウター!!」

 だが程なくして、この作戦は成功したのである。

 ざりっと駆けて来た一人の手負いの少年。その見開かれた両の瞳にはめらめらと燃えるよ

うな闘志が宿り、その右手にはメタリックな──銀を弾く特殊なリアナイザがある。

「お? ほら、来たじゃんか。わざわざ俺達にぶっ殺されによう」

「所詮は結果論だ。しかしふむ……正体はほんの少年であったか」

 意気揚々、冷々淡々。

 両手の大鉈、ぐわんと伸び始めた両腕。

 身構えるこの二体のアウターと相対して、睦月はリアナイザのホログラムを呼び出した。

画面の中でパンドラが「ファイト、オーッ!」と鼓舞する中、周りで倒れ伏した人々を横目

にその義憤は更に火をくべ、彼を再び守護騎士ヴァンガードへと変身させる。

『TRACE』『READY』

「変身ッ!」

『OPERATE THE PANDORA』

 デジタル記号の輪と白い光球が睦月を囲み、飛びつき、彼を白亜の鎧姿に変えた。そのま

ま雄叫びを上げながら突っ込んでくる彼に、リッパーとセンチピードの二人は前衛後衛に分

かれて迎撃する。

 リッパーはその両腕の鉈と、目にも留まらぬ速さで睦月を撹乱し、すれ違いざまに何度も

何度も斬り付けた。装甲に火花が散る。シュート? スラッシュ? 判断に迷うその間にも

強襲は繰り返され、睦月は殆ど何もできないままふらふらになる。

 更にその後方からセンチピードが追い討ちを掛けた。伸ばした多節の両腕を鞭のようにし

ならせ、右から左からと睦月を散々に打ちつけていく。

「ぐっ……、がぁッ……!!」

『ま、マスター! や、やっぱり無茶だったんだぁ~……!』

「おいおい……。やけに弱ぇじゃねえか。これが俺達の“敵”だって?」

「彼らによって負傷したと言ったろう。おそらく満足には戦えまい。一気に叩き潰すぞ」

 大きくふらつき、吹き飛ばされた身体。アウター達の声と、すぐ傍で半泣きになっている

パンドラの声。

 睦月はそれでも、持ちうる力を振り絞って立ち上がった。

 すぐ傍には、周囲には、不幸にもこの商店街を通り掛かって巻き込まれてしまった人々や

果敢に立ち向かったと思しき警官達が倒れている。

「……」

 負ける訳にはいかない。戦えるのは自分だけなんだ。

 飛鳥崎を、大切な人達を傷付けるあいつらを、僕が……。

「ヒャッハー! これで終いだ、死ねぇッ!!」

 そして次の瞬間、リッパーが両手にエネルギーを滾らせ、一対の飛ぶ斬撃を放つ。

 ゆっくりと持ち上がった右手のリアナイザ。

 迫る破壊の光量に、倒れた警官達の横顔が──。

「よーし、命中! これで俺も“蝕卓ファミリー”の一員、に……?」

 爆音。だがこれで仕留めたと確信した筈のリッパーとセンチピードの目に、次の瞬間あり

得ない光景が映っていた。

 攻撃は確かに直撃した。

 なのにあいつは、守護騎士ヴァンガードは、左手をかざした格好のまま立っている。

「……助かったよ。これで僕は、もう少し全力で戦える」

 よくよく目を凝らして見てみれば、その左手には何やら腕輪型の装備が追加されていた。

 バチバチッ。先程のリッパーの斬撃と思しきエネルギーの残滓が、その腕輪を中心に小さ

な電流を生みながら音を立てている。

 ぽかんと当のリッパーはまだ理解していないようだった。代わりにセンチピードが、ふと

ある推測にぶち当たって半ば絶望したかのような面持ちになる。

「まさか……」

『そう。そのまさか。この栗鼠スクエルの武装は、相手の攻撃をエネルギーに変換する帯電チャージの能力。

そっちの鉈男さんの撃って来た攻撃、全部マスターの回復に充てさせて貰いました』

 そんな……。センチピードが、その攻撃を放ってしまったリッパーが、それぞれ気持ち後

退ってざりっと瓦礫と斬痕の石畳を鳴らした。ふふんとパンドラがホログラムの中で慎まし

やかな胸を張り、そっと睦月はその俯きがちだった顔を上げる。

「……ここからが、本番だ!」

「くっ──!」

 焦り、今度は先にセンチピードの鞭の腕が襲い掛かる。

 だが全身の傷から解放された睦月の、守護騎士ヴァンガードの反応速度の前には、その程度の攻撃など

容易いものだった。大きくうねるこの二本の隙間を身を捩って掻い潜り、途中でナックルモード

の光球を楯代わりにしていなし、懐の空いたこのアウターへと迫る。

「にゃろう!」

 そこに、中空に跳び上がったリッパーが割って入るように襲い掛かった。両手と一体化し

た一対の鉈を、落下の勢いともども振り下ろしてこれを切り裂こうとする。

『邪魔──』

「だあ!」

 しかし睦月はこれもあっさりと捌いてみせた。頭上から攻撃してくるのを先んじて把握し

た上でセンチピードの腕を踏み台にし、中空からリッパーを、地上のセンチピードもろとも

渾身の一発で殴り付けて地面に大きな陥没を刻んだのだ。

 ぐほっ……!? 片方の鉈がひび割れ、センチピードが金色の血を吐き出してアスファル

トの上を大きく跳ねる。

 二人は少なからぬダメージを受け、地面の上に転がっていた。だが大きく肩で息をしなが

ら起き上がろうとするその合間を逃さず、睦月は更に駄目押しの一手を加える。

『ARMS』

『MAGNET THE GOAT』

 引き金をひき、銃口から射出された黄色の光球は、旋回しながら睦月の左手に吸い込まれ

両端に刃を持つ装飾杖になった。

 いや……ただの見た目効果だけではない。その刃先にはバチバチと、電気の火花が迸って

いた。次の瞬間、この武装はリッパーの鉈の手やセンチピードの金属質な腕の節目を、その

磁場発生能力で掌握。彼らを背後の鉄製ゲートに張り付けると、身動きを封じたのだ。

「ぬぅッ!?」

「か、身体が……動か──」

 そしてこの武装を消し、睦月はその面貌のランプ眼を光らせた。再びホログラム画面から

武装を選択し、更に必殺の一撃の為のコールも加え、この戦いに終止符を打つ。

『ARMS』

『EDGE THE LIZARD』

『LIGHTNING THE MOUSE』

「……スラッシュ。チャージ」

『PUT ON THE HOLDER』

 光球から落ちたモザイク。左手には曲刀シミターと、両脚の裏にはあの電流迸る鉄板状の靴底。

 更に右手のEXリアナイザを、睦月は腰のホルダーに装填した。装甲を、身体中をエネル

ギーの奔流が駆け巡り、アウター達が必死にもがく中、やがてその力は完了音と共に最高潮

を迎える。

「ふっ──!」

 電流を纏い、猛然と駆け出したその身体。両手には光溢れる曲刀と、剣撃モードに変わっ

たリアナイザの刃状のエネルギー。

「せいやぁァァーッ!!」

 次の瞬間、睦月はリッパーとアウターをすれ違いざまに切り裂いていた。彼らをその与え

られた磁力でもって繋ぎ止めていたゲートも一緒に横真っ二つにされ、この襲撃騒ぎを起こ

した二体のアウターはひび割れながら、断末魔の叫び声を上げながら爆発四散する。

「……。ふぅ」

 バチッ。まだ電流が身体に残る中、睦月は大きく過滑走した末に止まった。

 駆け出した地点からここまで、まっすぐに焼け焦げた一対の轍の跡。その途中に今斬った

商店街の「ようこそ」のゲートが大きな瓦礫となってゴゥンゴゥンと倒れ込んでいる。

「……ちょっとやり過ぎたかな?」

『かも、しれませんねえ。でもまぁ、あいつらのやらかした規模に比べれば大人しいモンで

すよ。結果オーライ結果オーライ』

 そんな相棒パンドラの言葉に、守護騎士ヴァンガード姿のまま睦月は苦笑する。

(──あれ、は……?)

 瓦礫と黒煙燻る惨劇の現場。

 そこに混じり、後輩の求めに応じて駆けつけたものの、力及ばず倒れていた筧がぼやっと

沈みゆく意識の中でこちらを見ていたことを、この時睦月は知らずに。

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