8-(1) 大罪の怪物
「おい、グラトニー。あんま設備を壊すなよ? 後で小言を言われるのは俺なんだからよ」
少しずつ散っていく粉塵と煙。変貌した巨漢な相棒の後ろで、そう荒くれ風の男は場の空
気とは一線を画すように言っていた。
よろよろと、睦月達が痛む身体を押しながら立ち上がる。さっきの一撃ですっかり皆が分
散されてしまった。退路が、少なからず遠退いて塞がれうる格好。
「分かってるよぉ~。すぐに、終わらせるゥ」
グラトニー。そしてさっき呼ばれていた後ろの男はグリード。
多分本名ではないのだろう。睦月は思った。コードネームか何かか……?
そうしていると、再びこの巨漢のアウターが襲い掛かってきた。巨大な口をいっぱいに開
け、リアナイザ隊の一人を喰らおうと。睦月は咄嗟に地面を蹴って、これを助けた。直後そ
の背後にあった壁が齧り取られ、見るも無惨にひび割れて崩れる。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません。余りの事に、つい……」
周りを見れば、同じく戸惑っている仲間達が大半を占めているようだ。一度“同期”を解
いて皆人に報告し、撤退命令を受けたのだが、そうなると唯一この場で即座退却が出来ない
人物が現れる事になる。
(……僕が隙を作るしかない、か)
ボリボリとコンクリの壁を咀嚼してこちらを振り向いた巨漢のアウターに、睦月はEXリ
アナイザをそっと構えながら対峙した。
即時退却出来ないのは、唯一生身で此処に来ている自分だ。
だがもしその事が皆の退却を妨げているなら、自分は強引に背中を押してでも彼らを此処
から逃がさなければならない。
「僕が時間を稼ぎます! 皆、早く逃げるんだ!」
うぉぉぉぉッ!! そして國子達が止めるよりも速く、睦月は一人この巨漢のアウターに
向かって駆け出していた。
だらりと口元から垂れた涎。振り下ろされた豪腕を避けながら、睦月はEXリアナイザに
コールする。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
……しかし、意を決して放たれた睦月のエネルギー弾は、直後ザッとこちらを向いたこの
巨漢のアウターの口の中へと吸い込まれていったのだ。
ごくん。頬を膨らませた後、ほぼ咀嚼もせずに飲み込まれる音。
「なっ……!?」
「た、食べたぁ!?」
するとどうだろう。次の瞬間、このアウターは急に身体中に更なるエネルギーを迸らせ、
噛み締めた口から蒸気を噴き出して嬉々とする。
「ンむ? 旨い……旨いぞ、コレ。力が漲ル。もっと、もっと寄越せェ!!」
『ひぃっ!?』
またもや大口を開けて突っ込んでくる巨漢のアウター。睦月達は予想外の反応に驚愕しな
がらも、これを必死に駆け、跳んで逃げた。ガリゴリゴリッと、やはり豆腐でもすくうよう
にコンクリ敷きの床がいとも容易く齧り取られる。
「む、無茶苦茶だ。攻撃を食べるなんて……」
『多分、あれがあいつの能力なんだと思います。マスターもとにかく逃げてください! 奴
らつらの発してるエネルギー質量、尋常じゃないです! 今まで戦ってきたアウターとは桁
違いの強さですよ!』
リアナイザ越しにパンドラが叫んでいる。実感と実数と、強敵である事はかくも無慈悲に
証明されて──。
「……陰山さん、皆さんと一緒に逃げてください。召喚さえ切ってしまえば奴らもすぐには
追って来れない筈です。時間が足りないのなら、僕が作ります」
「ですが……。それでは貴方が一人、逃げ遅れる事になる」
「全滅したら今回の作戦が無意味になるんでしょう? だったら一人でも逃げて、この情報
を持ち帰らなきゃ」
「……。なるほど。そういう目的か」
だがそう必死に逃げ、間合いを取りながら國子らを説得してた最中、それまで様子見を続
けていた荒くれ風の男が動いた。ぽつり。そう何か合点がいったように呟きながら、彼は右
手をコキコキと鳴らしつつ、ゆっくりとこちらに歩き出してくる。
『──』
そして消えたのだ。次の瞬間、荒くれ風の男は霞むような速さで姿を消し、気付いた時に
は周囲で逃げ惑い、後退りする隊員らに次々と触れている。
やや遅れて気付いた感触。何ともない自分に思わず手を触れて確かめようとする面々。
しかしその直後、くいっとこの荒くれ風の男が彼らに向かって片手をかざした瞬間、異変
は起こる。
「……お、おい。何で武器を俺に」
「わ、分からない。か、身体が勝手に……!」
にわかに、それぞれのコンシェルと“同期”した隊員達が同士討ちを始めたのだ。
レーザー剣が仲間の身体を切り裂いたかと思えば、別の隊員の銃撃が他の仲間の身体を蜂
の巣にする。まるでこの荒くれの合図に答えるかのように、惑い狂って。
「何をしている!? いきなりどうしたんだ!?」
「わっ、分かりません!」
「急にこちらで制御が、効かなく……なって!」
隊長代理・國子が慌ててこの状況を確認しようとする。傍目から見ればとち狂ったように
しか見えない隊員達を止めようとする。
しかし彼らは皆、受け答えこそ正気ではあった。なのにその身体は──“同期”したコン
シェル同士は、お互いを潰し合って止めない。
「……まさかあいつは、他人を操る事ができるのか? だから先程から、従業員達も全くこ
ちらに気付かずに……」
國子の驚愕と、呟き。
そんな彼女と睦月に向かって、当の荒くれ風の男が口角を吊り上げて嗤っていた。操られ
次々に相討ち、ダメージ過多によって消滅していく隊員のコンシェル達を追撃するように噛
み千切りながら、巨漢のアウターが少しご機嫌ななめな様子で言う。
「グリードぉ。邪魔すんなよォ~。こいつらは俺が食うのに~」
「小せぇ事言うなよ。気が変わった。俺も混ぜろ」
そしてこの荒くれ風の男も、金色の奔流とデジタル記号のモザイクに包まれ、次の瞬間も
う一人のアウターへと変身した。メカニカルな、されど野盗を思わせるようなモフ付きの服
着と、身のこなしを重視した姿からざらりと腰の短剣を抜く。
「他の連中とは明らかに違う、俺達に対抗できる鎧姿──お前が噂になってる“守護騎士”
だな? ははっ、今日はツイてるぜ! 大口の獲物に俺が一番乗りだ!」
特に特殊な能力が乗った短剣ではない。
しかしこの野盗風のアウターが操る剣捌きは、その加速と同様、目にも留まらぬ速さで繰
り出された。相対した睦月と國子──守護騎士と朧丸も、ただこれに防戦一方にならざるを
得ない。
「っ……。やっぱり、お前達が……」
「あん? そっちこそ如何なんだよ? 何度も何度も俺達の邪魔をして、さっ!」
かわそうとして、でも切り付けられて。
装甲から何度も火花が散る中で辛うじて吐き出した言葉に、このアウターはただ好戦的だ
った。何度目かの一閃が睦月を、國子を切り付けて弾き飛ばし、直後こちらに向かって鋭い
左の掌底が飛んでくる。
「ぐっ……!?」
咄嗟に交差させて防御した腕。右腕がその衝撃で酷く軋んだ。
弾き飛ばされ、自分を守ってくれようとした朧丸の太刀を、このアウターは軽々と短剣一
本でいなし、肘鉄で吹き飛ばしてこちらに近付いてくる。
「陰山さん!」
「おいおい。他人の心配をしてる……場合か?」
ついっ。そして次の瞬間、この野盗風のアウターがかざした手の指を動かすのに合わせ、
睦月の右手が自分の意志とは関係なく身体にEXリアナイザの銃口を押し当てた。
間に合わない──。右手の指はやはり自分の意志とは関係なく引き金をひき、睦月自身に
散々銃撃を浴びせ、その場に倒れ込ませる。
「……お? 右手だけしか動かなかったな。なるほど。その鎧、俺の能力にもある程度耐性
があるんだな……」
ぶつぶつ。野盗風の彼は一人妙な納得をして頬を掻きつつ、しかし嬉しそうだった。必死
に自身の右手を押さえる睦月に再び短剣を引っ下げ突撃し、二撃・三撃と刃を加えていく。
「む、睦月、さん……っ」
朧丸越しの國子は、ぼうっとダメージの大きさ故に霞む視界の中、この絶望的な状況を見
渡して尚、どうすべきかと考えていた。
隊員達は、ほぼ半数があの妙な力によって操られ、自滅。残る者も二人・三人を残して皆
巨漢のアウターに襲われ、コンシェルごと砕け散ってしまった。
睦月は、追い詰められている。野盗風のアウターと、更に合流した巨漢のアウターがのし
のし後方から。圧倒的な力の差に、為す術もない。
「に、逃げるんだ……。貴女、だけでも……」
首を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる睦月。
だが彼は尚も、視界の隅にいる國子に必死にそう促している。
「でも……!」
「貴女を失ったら、僕は皆人に何て言えばいいんだっ!」
「──ッ!?」
スラッシュ!
そしてそう、何時の間にか左手に持ち替えていたEXリアナイザに向かって叫び、睦月は
思いっきり引き金をひいていた。
迫り出す剣状のエネルギー。
それをぶんと、密着した体勢だからこそ、この野盗風のアウターの首筋に向かって振り抜
こうとして……。
『──!?』
しかし食べられていた。後ろから跳び上がった巨漢のアウターが、結果的にこの相棒を助
けるようにEXリアナイザのエネルギー剣を食い千切っていたのである。
パワードスーツ越しのランプ眼から目を見開く睦月。
お? あまり焦った様子もなくこの失敗した反撃を横目に見ている野盗風のアウター。
ぐわん。食い千切ったエネルギーを喉の奥に放り込みつつ、二人に割って入ったこの巨漢
のアウターの裏拳が睦月を猛烈な勢いで地面に叩き付ける。
「ガァ……ッ!?」
「睦月さん!」
持ち上げられていた真下に大きな陥没を作り、されど尚も有り余った衝撃が睦月の身体を
バウンドさせる。
ぐったりと睦月はそのまま倒れ、動けなくなっていた。インパクトの瞬間そっと手を放し
ていた野盗風のアウターと、もしゃもしゃとへし折ったエネルギー剣の残りを咀嚼している
巨漢のアウターとの目が合う。
「……逃げ、て」
「む、睦月さ──」
「逃げ、て……」
それでも、そんな満身創痍になっても、尚も彼は自分の身を案じてくれる。
國子──朧丸達残り数名は逡巡を、しかしやっとその意を汲んで撤退した。同期を解き、
それと同時にコンシェルの召喚も解いてサァッと姿を消したのだ。
「逃がしたか。ま、面は見た。じきにヤるさ。それよりも……」
野盗風のアウターがちらと視線を下へと遣る。見た事もないパワードスーツの何者かが自
分の足元で、尚も身体を引き摺ってもがいている。
「ねぇ、食べていい?」
「駄目だ。一応生け捕りにしとかねぇとな。色々聞き出す事もあるし」
だから二人のアウターは、この時睦月が取ろうとしていた行動に気付くのが遅れた。まだ
自由が利かない右手ではなく左手で、床に転がるEXリアナイザのホログラムを呼び出し、
パンドラが『ま、マスター!』とおろおろする中で新たに一つの武装を選択する。
『ARMS』
『LIGHTNING THE MOUSE』
何とかひいた引き金から黄色い光球が飛び出し、彼の両脚に薄い鉄板のような靴底を装着
させた。二人が眉を顰めて、頭に疑問符を浮かべてそれを見遣る。
睦月の倒れ込んでいた方向は、相変わらず虚ろな目で、何も気付かないように作業を続け
ている従業員達と生産ラインとは逆の方向。
先刻、睦月達がここへ侵入した際の、通路が見える方向。
「──っ!」
そして刹那、ぐぐっと身体を起こしたかと思った次の瞬間、睦月の姿は消えたのだ。二人
の足元に、この通路に向かって延びた二本の電流の名残を残し、一瞬にして。
「? あれェ? あの美味しい奴、何処ォ?」
「……。ちっ、逃げやがったか」




