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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-68.Rebellion/なら我々は、叩き潰そう
525/526

68-(6) 収奪のアウター

(見つけた……!)

 市中を跋扈する“蚊人間”達を止めるべく、守護騎士ヴァンガード姿の睦月は、親玉と思しき個体への

強襲を試みる。仲間達のアシストや黒斗の転送によって、背を向けた相手の頭上中空へと陣

取った。

 ほぼ真下に向け、マンティス・コンシェルの逆手二刀を。落下の加速と共に、その一撃は

相手の首根を捉える……筈だった。

「──ほう? お前さんの方が来たか」

「!?」

 だが攻撃が届く寸前、睦月は確かに聞いた。ぽつりと背を向けたまま、老人の声が明らか

にこちらの強襲に気付いていた上で反応するのを。

 振り向きざまに、この“蚊人間”は睦月の攻撃を受け止めた。いや、その姿形は既に“蚊

人間”ではなく、デジタル記号の光に包まれて全く別のそれへと変貌しながらであった。

 白いボロ布のマント、濃錆一色の身体と甲虫のような頭角。

 同じく手にしたT字型のロッドで、振り下ろされた逆手二刀流を受け止めると、面貌の下で驚

愕する睦月の姿を視界に捉える。

「あのお嬢ちゃんにも兵を遣った以上、ユートピアが守りに転じるのは想定の範囲内じゃっ

たが……。代わりにお前さんが来たのなら上々の陽動よ。つまり主力が、此処に居る」

「ぐっ!」

 失敗した。継いで朗々と語る、嗤うこの濃錆色のアウターの台詞は頭半分で、睦月は数拍

の拮抗後に大きく飛び退いて距離を取り直した。変身? 今し方目の前で起きた相手の変化

から、こいつの能力はその手のものだと推測できる。完全に騙された。ということは、こい

つは“蚊人間”の親玉ではない?

「街の人達に憑り付いている、奴らの親玉は何処だ!?」

「……教える訳がなかろう?」

 正直分かってはいたが、叫び訊ねても濃錆のアウターはにべもなく哂う。加えて一歩二歩

とこちらへ進みながら、杖を持つ左手側も含めて、彼は両掌に青い炎を熾すると告げてくる

のだった。

「では……お主の記憶も奪わせてもらおうか」

「っ!?」

 即ちその台詞は、他でもないこの者が、淡雪や誠明を攫った犯人だと示していて──。

「お前が、藤城先輩や七波さんのお父さんを……!!」

『止せ、睦月! 挑発だ、乗せられるな!』

 通信越しの司令室コンソールから、皆人がハッとなって止めようとする。だが睦月はそれよりも先に、

この濃錆のアウターに攻撃を仕掛け始めていた。ダンッと地面を蹴り、逆手二刀の攻撃を繰

り出す。それを軽々と、こなれた身のこなしでかわしながら、相手も両掌の青い炎を睦月に

押し付けようとする。

(……拙い。もし睦月の記憶を盗られれば、今度は本拠地ここの位置や経路までバレてしまう。

奴の目的はそれだ)

 皆人や、事の一部始終を見ていた面々は焦った。その上でわざと、揺さぶりを掛けてきや

がったんだ。

 かと言って、黒斗などにスイッチングしても、バレるリスクは同じ。

 現状“蚊人間”を断ち切る方を優先するべきか? 捜し直すべきか? どちらにしても、

相手がこのまま睦月を逃がしてくれるとは思えない。親友あいつに増援を向かわせようにも、既に

残る各隊は市中の“蚊人間”対応で手一杯だ。そもそもあの掌に捕まれば盗られる以上、迂

闊に手を出させる訳にもいかない……。

「──」

 当の睦月も、挑発に乗せられてしまったとはいえ、相手の青い炎が危険なものであること

ぐらいは理解していた。伸ばされてくる掌を再び大きくステップして後退。二刀をしまって

代わりに腰のEXリアナイザを取り出す。

『マスター、あの炎は危険です! ここは距離を取りながらの攻撃を!』

「ああ、分かってる!」

 シュート! 耳元に抜いたEXリアナイザの側面を近付け、武装を射撃モードに指定。決

して広々とは言い切れないビルの屋上で、睦月と濃錆の追いかけっこが始まった。迫って来

る相手に睦月は次々とエネルギー弾を放つが、相手も相手で手練れ。手にするT字型の杖で

これを一つ一つ確実に防御し、いなし、悠然とした足取りで詰めてくる。

「──そ、ソラちゃん! 攻撃を! むー君を援護しなきゃ!」

「分かってるわよ! だけど……あんなうろちょろされたら、狙いが……」

 別のビル屋上から事態を見下ろす海沙と宙、國子。同期したビブリオとMr.カノン、朧

丸の三人もまた、必死に助け舟を出そうと試みていた。宙がスコープ越しに睦月と濃錆の攻

防を見つめている。だが焦りや向こうの点在する物陰も手伝い、動き回る相手を確実に捉え

る瞬間を中々見つけられずにいた。

(ただの弾を、普通に撃っても効果薄……。一発で決めないと……)

 だがその最中、少し変化があった。とうとう近距離に詰められた睦月が、直後濃錆が放っ

た青い炎を伝わせる一閃──T字型の杖から抜き放たれた刀身を、パワードスーツの胸元に

掠められたのである。

「うっ……?!」

『睦月!』「むー君!」

『仕込み刀……。無事か、守護騎士ヴァンガード!?』

 通信越し、現地各々で叫ぶ仲間達。

 ただ幸いなことに、直撃だけは避けられた。一瞬ピリッと身体を伝う不快感はあったが、

睦月はすぐに後退りを踏ん張って反撃。数発の射撃で改めてこの濃錆のアウターを自分から

引き離す。彼も、傷がほぼ無かったことに少し驚いているようだった。

「……ふむ? やはり得物伝いでは十分ではないか。それにこの手応え、やはり耐性持ちの

ようじゃのう。グリードの“掌握”と同じ、か……」

 自身の青い炎を刀身に伝わせたT字杖。もとい仕込み杖。

 ただそうごち、一瞬足を止めた隙を宙が同期するMr.カノンは見逃さなかった。スコー

プ越しに見つめていた好機チャンスに、込めた弾を撃ち出すべく引き金を。選び、直後射出されたの

は粘着弾だった。

 これで相手は動けなくなる。或いは、睦月が逃げる隙が作れる……。

「──」

 しかし当の濃錆は、自身に飛んできたこの弾丸を、何とちらり横目で捉えてしまっていた

のだった。間合いに入ってくる弾丸に合わせ、手の仕込み杖を──いや、すぐに取り止めて

代わりに半身を返し、回避行動へと変えた。案の定撃ち込まれた弾丸は特殊弾で、本来の標

的の側方奥にあったタンクにぶつかって破裂。盛大に粘着質の、歪な残痕をそこに描くだけ

で終わる。

「そこか……。姿を隠しても、飛ばした後の弾丸までは消せまいて」

 驚き、思わず宙が撃ってきた方向に顔をやっていた睦月。対する濃錆のアウターも、半身

を返した回避行動の勢いのまま、ぐるりと中空へ跳躍。目視でその方角を確かめると次の瞬

間思わぬ反撃を見せた。再びデジタル記号の光に身体が包まれたかと思うと、その姿を面々

にとっても見覚えがあるそれに──チェイス・アウターに変えたのである。

『……!?』

 逃げ出す暇など殆ど無かった。直後チェイス姿の濃錆は、両手足のミサイルポッドを一斉

に展開、海沙達のいる別ビル屋上に目掛けてその全火力を容赦なくぶち込んだのだった。

 前方多面からぐねぐねと軌道を描き、雨霰のように飛んでくるミサイル群。各々コンシェ

ルと同期していた彼女らは、為す術もなくこの爆発に巻き込まれた。重なり上がる悲鳴と、

吹き飛ばされてゆく身体。掻き消えた輪郭は、辛うじて同期解除きんきゅうだっしゅつしたからだと思いたい。

「海沙、宙、陰山さん!!」

『まさか……。こいつ、化けた相手の能力まで再現できるのか!?』

『そ、そんなのずる過ぎるよお! 完全にカガミンの上位互換じゃない!』

 司令室コンソールの皆人達と、EXリアナイザ内のパンドラ。それぞれの悲痛な叫びが、目の前で大

切な者達を撃ち落とされた睦月の精神に響く。チェイスの姿形に化けていた濃錆が、淡々と

こちらを一瞥してから向き直ろうとしていた。

「何をぼさっとしておる? 次はお前さんらじゃぞ?」

 そうしてまた、彼は自身の姿を変えた。デジタル記号の光に包まれ、相対して新たな別の

個体へと変身するアウター。ただ当の睦月達は、彼の変わったその姿を見たことがない。即

ち備える能力を知らなかったのである。

「──」

 白いタキシード姿に、顔面を覆った白銀の仮面。

 一瞬プライドのそれに似ていると思ったが、模様が違う。あちらは不気味な一つ目が彫ら

れていたが、こちらは魔法陣のような文様が中央にあしらわれており、そもそも顔面由来の

パーツですらない。

 結論を言うならば、そんな“初見の個体”に対し一手遅れたことが決定打となった。姿を

変えた濃錆は、そっと片手をこの顔面の魔法陣にかざして力を解放したかと思うと、睦月と

パンドラに向けて放射状の薄い虹色の波動をぶつける。するとどうだろう。直後睦月を覆っ

ていた守護騎士ヴァンガード、パワードスーツの全身が瓦解するように散り、がくりと彼に膝を突かせか

けたのだった。

 驚愕する睦月、EXリアナイザの中のパンドラ。或いは仲間達。

 無効化──理解した時にはもう既に遅かった。大きくぐらつく彼の腹に、刹那距離を詰め

た濃錆の手刀が深々と突き刺さる。

「がはッ……?!」

『睦月!!』

「“詰み”じゃ。それでは、いただくとしよう」

 姿を再三、元の白いボロ布マントと頭角付きの濃錆に戻すと、この変幻自在のアウターは

睦月の身体の中から、手刀を通じて何やら目に見えぬものを吸い取り始めた。逆流する血管

のように、淡いデジタル記号の金色の羅列が、彼の中へと流れ込んでゆく。

「──くっ!」

 仲間達の絶望。

 だがそんな中、逸早く動いたのは黒斗だった。対策チームから受け取っていた映像機能付

きのインカム越しに、或いは自身の力場で状況はつぶさに把握しており、睦月の記憶が抜か

れ始めたと悟った瞬間、濃錆の手刀──右手首ごと延ばした力場で睦月を包み、強引に転移

させることでこれを引き千切ったのである。

 刹那、睦月の姿が消えた。

 強制的に変身状態を解除されたチームの要は、辛うじて助け出された。

「……ふむ? 逃げおったか」

 されど、そうして右の手首から上を失って尚、場に残された濃錆のアウターこと作務衣姿

の老人はけろっとしていた。デジタル記号の光の粒子、彼らにとって血液のようなものがバ

チバチと流出しては塵に還ってゆく中、暫しその断面を一瞥。街の遠景を仰ぐ。

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