68-(3) イコールの前に
誠明の居るアパートを出た筧達は、思わぬ遭遇に戸惑っていた。赤桐と青柳、金松。飛鳥
崎中央署内に新設された、電脳生命体対策課の主要メンバー達だ。とりわけ筧にとっては、
自ら辞した古巣であり、尚且つ今も慕ってくれている後輩でもあった。
「──何だありゃあ? ヒト……なのか?」
ただ、どういう風に振る舞うべきか? 合わせる顔があるのかという戸惑いは、幸か不幸
か程なくして脇に追い遣られることになる。自分達の立っている地点から結構な遠巻き、昼
の街並みの合間から、明らかに“ただの通行人”ではない面々が覗いたからだ。
人間の身体をベースに、寄生したような蟲の肉塊や補腕、管のように繋がった器官。
逸早く気付いた筧や青柳に続き、二見と由香、赤桐・金松もその光景に目を見開き、凝視
していた。思わず口に衝いて出た言葉、疑問符だったが、少なくとも懐に忍ばせた各色カー
ド形態のトリニティ達は激しく反応を示している。筧はそっと胸元を押さえた。やはりあれ
は、アウター絡みの厄物で間違いない。
「兵さん、あれ……」
「ああ。気を付けろ。だが、人間に直接なんてケースは──」
即座に頭を切り替えて、彼はひそっと問うてくる赤桐に応じていた。油断なく構え、遠巻
きの現状を観る。
だが直後、このアウターもとい“蚊人間”の一体が、逃げ遅れた市民に襲い掛かったこと
で事態は変わった。押し倒され、抵抗も虚しく暫し齧られた後、この若い女性は新たな“蚊
人間”としてむくり起き上がると隊列に加わったのだ。
「ふ……増えたぁ!?」
まるでゾンビ映画のワンシーンさながらに。期せずしてこの“蚊人間”最大の特性を目撃
してしまった筧達は、めいめいに異質さを痛感させられる。加えて拙いことに、思わず出て
しまった二見の声で、彼らにこちらの存在を気付かれてしまったのである。
一斉に振り向き、両手を上げてドタドタとぎこちなく。ボタボタと、錐状の口先から涎を
垂らしながら、こちらへ向かって駆けて来る。
「こ、こっち来たー!?」
「ちょっと、何してるんですか額賀さん!? アパートに……お父さんに何かあったらどう
するんですか!?」
「いやいや! 由香ちゃんも一緒にビビってたろ?!」
「やってる場合か! このままじゃあ俺達も、あのゾンビもどきの仲間入りだぞ!」
絶叫する金松と、涙目ぐるぐるで詰め寄る由香。弁明する二見。
筧はそんな面々をぴしゃりと黙らせ、臨戦態勢に入っていた。由香の言う通り、このまま
のコースで突撃されれば、背後のアパート──誠明を含む多くの近隣住民が巻き込まれるお
それがある。「筧刑事!」周辺を巡回していた、冴島隊の一部リアナイザ隊士達も、異変を
察知して駆け付けてくれた。それでも……今向こうから大挙して押し寄せようとする“蚊人
間”達の群れに比べれば、まだまだこちらの頭数は心許ない。
「──」
カードと共に懐へ忍ばせた、T・リアナイザへ手を伸ばす。
だが筧は最初、その動作を取りかけてすぐに固まった。背後に赤桐達がいるからだ。二見
と由香も、同じことを考えているようで、敵を前にして躊躇いの視線を向けてきているのが
分かる。
「……大丈夫です。戦ってください。梅津大臣から話は伺っていますので」
されどそんな三人の逡巡を払い除けたのは、他でもない赤桐達だった。明らかに筧ら三人
が何をやろうとしたかを見ていて、その上で投げ掛けるように言う。
チッ。筧が密かに舌打ちして歯を噛み締めた。まあ、政府側が三条達と正式に手を組んだ
って時点で、俺達の情報も漏れちゃあいるか……。「援護します!」再度背中を押すように
叫ぶ赤桐を振り返ることもなく、彼はT・リアナイザを取り出した。自身の赤い金属カード
を回転式弾倉の一つに装填し、頭上に向けて引き金を引く。
『TRINITY』
『BLAZE』
『BLAST』『BLITZ』
自動的に隣の空弾倉に切り替わるそれを、バケツリレー方式で共有し、筧達は獅子騎士に
変身していった。赤・青・黄。頭上に撃ち出した三色の光球に包まれ、三体のパワードスー
ツ姿の戦士へと装着完了する。
「いいか? あくまで迎撃だ。ブヨブヨの無い生身の部分は極力傷付けるな。性質がはっき
りしない以上、人質に取られているようなモンだと思え」
「うッス。なら、動きを止める感じですね。得意分野ッス」
「後は齧られないように……。パワードスーツ姿でなら、大丈夫でしょうけれど……」
炎熱を孕む剣と、極冷凍を生み出す長棍。
先に距離を詰められる前に、筧と二見は“蚊人間”達の群れ、その前列へ躍り出た。由香
はそのすぐ後ろに付き、磁力の弩で援護の構えを取る。
「実弾は拙い。ゴム弾に替えよう」
「ああ。少しでも兵さん達のフォローを。金松は本署に連絡を!」
「了解! もうしてるよ!」
更にその後方を、携行していた拳銃を詰め替えた赤桐、青柳とリアナイザ隊士らが続く。
金松は既に、自身のデバイスから中央署へと架電。事態の報告及び応援要請を行っていた。
“蚊人間”の肉塊ないし比較的守りの薄い生身の脚を狙い、一瞬の仰け反りを筧達の為に作
る。或いは転倒させ、数体をまとめて足止めするよう立ち回る。
「ぬんっ!!」
「ふっ……。はっ……」
二見が棍先を地面に叩き付け、迫る蚊人間達を“ゆっくり”にしていた。由香も一射一射
を確実に相手の怪人部分にヒットさせ、互いを磁力でくっ付ける。
おおおッ!! そうして身動きがままならなくなった群れを、筧が収束させた炎熱の剣で
一閃。次々に蟲のような肉塊や補腕、管状器官やもろの蚊顔など、アウター化していると思
しき部分を削ぎ落していった。どさりと倒れ、二人や赤桐達のアシストもあって抵抗もでき
ぬままヒクついている“蚊人間”だったもの。だが多少肉を除いても、一度襲われてしまっ
た彼・彼女達は正気には戻らなかった。「ウ~ウ~ッ!!」人語にならない苦悶の声を上げ
ながら、そのまま見えない何かと闘っていたり、或いは尚も無理やりにでも起き上がって反
撃してこようとする。
「……くそっ、キリがねえな」
「というか、こっちのドンパチを聞いて、さっきより集まって来てる気がするんですけど」
「単純にあの“感染”が、市内のあちこちで拡がっているのかもしれませんね……」
筧達は徐々に、相手の圧倒的な数に押され始めていた。どれだけ動きを封じ、蟲肉を削い
で行動不能にさせても、それらを上回るペースで新たな“蚊人間”達が向かって来ているの
が見えた。或いは異形化を維持できなくなった個体を、他の個体が新たに“感染”させ直し
ているのかもしれない。
(無力化が間に合わねえ……。このままだと、じきに前線が押し返される……)
棍先を、氷で作った刃に替えて二見も頑張ってくれているが、如何せん頭数が足りない。
冴島隊の一部も、自分達の左右側面をフォローするように展開してくれているが、やはり生
け捕りに近い戦い方を強いられている以上根本的な不利は埋まらないだろう。
「お前ら、下がれ! 生身のお前らじゃあ、噛み付かれたお終いだぞ!」
赤桐と青柳も頑張ってくれているが、敵との間合いが縮まるにつれ、明らかに発射頻度の
低下を余儀なくされていた。単純に装填が間に合わないというもあるが、何より近距離では
ゴム弾の威力でも人体部分を傷付けかねないからだ。筧からの肩越しの叫びに、赤桐達も苦
渋のまま後退ってゆくしかなかった。
「っと! ……大体何で、こんな目に見えての大攻勢なんか仕掛けてきたんですかね? ア
ウターの脅威が増すような真似をしたら、本拠地の連中だって自分達の首が絞まるんじゃな
いんスか?」
氷の刃で十字槍状にした、極冷凍の長棍で“蚊人間”達の肉塊を斬り飛ばしつつ、二見が
言う。筧もパワードスーツの面貌の下、炎剣で同様に襲撃を捌きながら、数拍思考するよう
に黙ってから答えた。
本拠地の連中──要するにH&D社のことだろう。具体的にはこの飛鳥崎に居を構える、
同東アジア支社か。
「……いや。公に奴らがイコール“蝕卓”とバレる前に、何か企んでいるんだろう。そうで
なきゃ、メリットも無くこんな悪目立ちなんてやらん」
「そこまでして狙うもの……」
「例の、新型デバイス?」
息を切らしかけている赤桐の呟きを受け継ぎ、金松がはたと呟いた。どうやら当局側も、
一連の黒幕がH&D社だと睨んでいるのは同じらしい。組織的な上下関係を考えれば、その
辺りも共有されていて不思議ではないが。
筧は眉根を顰める。自分はこの手のガジェットには明るくないが、確かアウターの検知機
能を売りにしていた筈。その販売前にこうしたアウター絡みの大きな騒動が起きれば、購入
者側に対しては強力な販促となるか……。
「ちぃ……!」
だが戦況は、そんな背景力学を分析しているほど悠長ではない。寧ろ眼前に押し寄せるこ
の“蚊人間”達の攻略法こそ、調べ突き止めるべきだろう。
常人の膂力ではない大振りを刀身で受け止め、いなし何とか踏み止まる筧。二見や由香、
一部冴島隊の面々も、皆総じて劣勢を強いられている。
多過ぎる。潰される。
そう、跳ね上がる心拍数と緊張の中で“蚊人間”達と相対し続けようとした、次の瞬間。
「──どっ……せぇぇぇーいッ!!」
鉄塊が飛んできた。いや、白い甲冑に身を包んだ騎士風の巨体が、その大盾を前面に押し
出して突撃。蟲の肉塊達を勢いよく吹き飛ばしていたのだった。
仁の同期した、グレートディークだった。
おいおい、人体部分が死なねえか……? 筧はふいと心配したが、それ以上にホッとした
部分が大きかった。彼の突撃に続き、同じく各々のコンシェルと同期した面々が戦況に割っ
て入る。大江隊のリアナイザ隊士達だ。こちらも基本は“蚊人間”にされた人間をなるべく
無力化する戦法で、エネルギーを帯びた投網や粘着弾、或いは二刀の曲刀でもって蟲の部分
を破壊。可能な限り力を削ぎ、暴れなくしようと努めている。
「!? 君達は……」
「うっス。大丈夫ッスか? 間に合って良かった」
「遅くなりました、加勢します!」
仁率いる、リアナイザ隊主力の一つ・大江隊。
数で押されていた筧らを、迫る“蚊人間”達から庇うように、彼らはこちらに背を向けて
立つ。冴島隊の一部隊士達も、ようやく対策チームの本隊が動き出したと知り、思わず安堵
の表情を浮かべていた。仁らとは違って、彼らは生身プラス操作コンシェルだったからだ。
「……遅せえよ」
にわかに呼吸を、体勢を整え直した筧は、そうぽつりと悪態を吐く。




