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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-68.Rebellion/なら我々は、叩き潰そう
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68-(2) 被る火の粉に

 突如始まった、ヒトからヒトへの狂気の“感染”は、文字通り爆発的なスピードで飛鳥崎

中を呑み込み始めていた。

 すぐ間近、或いは遠巻きに。逃げ惑う人々は、蟲のような肉塊や補腕、管のような器官に

蝕まれて暴れ回る彼・彼女らを見、セントラルヤードでの事件──パンデミック達の姿を思

い起こす者も少なくなかった。逃げ遅れた者が一人また一人、押し倒され齧り付かれた後、

新たな“蚊人間”となって襲撃側に加わる。

「ひっ、ひいっ……!?」

「お母さん、お母さぁん!」

「おい馬鹿止めろ! お前も二の舞になるぞ!」

「何でだよ……? あの時に守護騎士ヴァンガードが倒したんじゃねえのかよ……?」

 少なくともこれは、虚構フィクションの中のゾンビ映画などではない。今目の前で現実に起きているこ

とだ。

 人々の脳裏には真っ先に、件の電脳生命体とやらの存在が浮かんだ。十中八九、このよう

騒動を起こすまねができるのは奴らだけだろう。首都東京のクーデターが未遂に終わってホッとしたの

も束の間、今度は直接自分達に牙を剥いてきた。本当に一体、奴らは何をしたいのだろう?

「畜生! あいつらは──有志連合どもは何をやってんだ!?」

 あくまで矛先は己自身うちがわではなく、他者そとへと向いて。


 拡大する“蚊人間”の被害は、車ないし電車で逃れようとする人々にも迫っていた。市内

各所の道路や駅前も、時間を追う毎に“感染”した側に侵食され、衝動のままに通る先通る

先を損壊させながら進んでゆく。

「止まるんじゃねえ! 進め!」

「無茶言うな! 何人いると思って……轢けって言うのかよぉ!?」

 あちこちでクラクションが鳴り響いていた。我先にと、未だ被害の出ていない地域へ向か

おうとする車両でごった返していたが、一方で迫ってくる“蚊人間”達がなまじ元は人間だ

と判る・聞き及ぶが故に、無理やりにでも突っ切るという決断に踏み切れない者達もいる。

電車と駅のホームも大よそ似たような状況だった。危険は迫っているというのに、肝心の車

両が中々出発しなくなっていたのだ。

『──こちらに戻れない?』

 竹市ら、急遽官邸に集まった政権幹部が、通信越しに健臣・梅津両名から飛鳥崎市内の状

況を直接報告されていた。真弥も含め、一行を乗せた車は東京に戻るべく高速道路へ向かっ

ていたが、他の一般車両らと共に“蚊人間”達の包囲に晒されつつあったのだった。

「ああ……。やっこさん、簡単に逃がす気はねえようだ。俺達、というよりは、街の中にい

る人間全員をって感じだが」

「いざという時に大勢を巻き込みかねないと、鉄道の利用を避けたことが裏目に出てしまっ

たかもしれません。出発時刻を考えると、今頃は飛鳥崎を抜けていたでしょうから……」

 調律リアナイザを手にしたSP達が、彼女らを守るように左右前後のドア側に布陣し、外

の様子を焦燥に駆られながらも注視している。

 だが、相手はなまじ人間だ。量産型ガネットらで焼き払ってしまっていいものなのか? 

異形部分だけを狙えば或いは……? しかしそれも、現段階で“蚊人間”にされてしまった

当人達が傷付かない保証は無く、迂闊には手が出せない。有志連合こと、皆継ら対策チーム

には、異変が起きた時点で既に連絡は飛ばしたが……。

「おじさま……。お父様……」

『人に化ける電脳生命体か。筑紫捜査官達の時と似ているな。いや、あれは成り代わられて

いたのであって、今回の方がより悪質か』

『桜田の化けの皮も剥がれて、これで一段落かと思ったが……。お前らが戻って来れねえと

なると、状況は逆に拙くなるぞ?』

「ええ……」

 通信には、先のクーデターを捌き切った雅臣以下小松邸の面々も参加している。現官房長

官たる長井の思惟・呟きに添えるように父が向けた言葉に、健臣は流石に渋面を崩せなかっ

た。これでは敵を分断したのがどちらなのかが分からなくなる。

『……クーデターが“起こった”。それ自体も敵にとっては駒だったのかもしれませんね。

彼らにとって邪魔者である我々政府を落とせれば万々歳、仮に失敗してもクーデターを許し

た“事実”は残る。人々の心証に、傷痕を残すことができます』

 数拍じっと考え込んでいた竹市が言った。元より先の騒動は、今回の為の布石だったので

はないか? と。

 実際蜂起を主導した桜田一派は、失敗と共に見捨てられた。私邸の本人達も、確保された

後に死亡──消滅している。本人らの自覚すらなく、とうに電脳生命体達に取って代わられ

ていたと判った。

電脳生命体やつらがヤバい、敵だという認識が強まるだけでは……?」

 健臣が静かに眉根を寄せる。今回は情報提供や、対策チームとの共闘開始前後の備えがあ

ったからこそ、迅速に大丈夫だとのアピールが行えた。だがそれは同時に、政府への無能批

判にも転じ得た局面でもあった筈……。

「いや。問題は現状、世の中の大部分が、奴らとH&D社をイコールで結んでいないってと

こだ。表向き奴らを“違法”にした版元が、そもそもグルだったと考える人間がどれだけい

るかってことだよ。素直に可能性の一つとして疑うほど、表に出しちまうほど、周りの人間

にいわゆる陰謀論だと捉えられちまう。よく考えられてるよ。あのていが維持されている以上、

逆に連中は安泰って訳だ」

 寧ろ、その為に仕掛けてきた可能性すらある──応じたのは梅津だった。ここに来て二重

三重の思惑があったのだろうと悟り、彼自身も悔しいのだろう。面白くないといった様子で

若干吐き捨て、時折車外の向こうから進んでくる“蚊人間”達の群れを見つめている。

「言っちまえば、バラせさえすれば終わりなんだが……って、うおッ?!」

 更に“蚊人間”達が攻勢を強め、道路の壁面からも伝って新たに降りてきたのは、ちょう

どそんな時だった。

 一行の分乗する車両の幾つかに彼らが取り付き、ボンネットやバックドアを激しく叩き始

める。他車線・周囲の車からも悲鳴が上がり、抵抗していたが、如何せん互いに混雑させて

しまっていた状況下では走り出すにも走り出せない。中にはとうとう車を乗り捨て、自らの

足で逃げ出そうとした者達もいたが……その末路は言わずもがなだろう。

「お父様、ガネットをこちらへ! 脱出が難しいのなら、一旦お兄様達と合流しましょう!

あちらも突然の事で混乱しているでしょうし、少しでも力添えできれば」

「!? だが……」

 そんな中で、誰よりも先にそう叫び、申し出てきたのは真弥だった。

 異母兄あにに一目会うべく、屋敷を飛び出したことで始まった大冒険。一連の騒動を経て、父

・健臣に返したガネット及び調律リアナイザを、再び自分に使わせてくれと頼んできたので

ある。

 しかし当然ながら、健臣は渋った。周りのSP達や梅津、通信越しの竹市らもめいめいに

目を見張る。政治家の、いや一人の父親としての回答こたえなら決まっていた。

「駄目だ。彼らの負担を増やしてしまうだけだ。大体この出発の為に、一体何度刺客に狙わ

れたと思っている?」

 一旦戦力を再結集し、事態の鎮静化に当たる。それは確かに方向性の一つではある。

 だが元を辿れば、これだけの攻勢を相手に許したのも、自分達がこの街を訪問・滞在して

いたからではないのか? 何より外の“蚊人間”達の性質を見る限り、生身の非戦闘員且つ

要人を含む自分達が打って出るのは、あまりにもリスクが大き過ぎる。

(……どうする?)

 それでも。健臣はギュッと、懐にしまってあるガネット入りのデバイスと調律リアナイザ

に、服の上から触れた。

 娘にこれ以上、危ない橋を渡らせる訳にはいかない。ちらりと目配せをしたSP達、梅津

らが、誰からともなく小さく頷いていた。彼らもまた、回答こたえもとい覚悟は決まっているよう

だった。

 父として、政治家として。何より一人の人間として。

 今目の前で襲われている国民達を、見捨てる訳にはいかない……。

『────』

 次の瞬間だった。真弥の頼みを背中に、健臣やSP達が自ら動き出そうとした刹那、周囲

を強烈な閃光が駆け抜けていったように感じた。

 間延びする五感、左手から右手へ、飛鳥崎の中心部から本来の高速道路への向きでうねる

ように描かれる軌跡。それが文字通り電光戦火の如く、雷光を纏った見知ったコンシェルの

斬撃であると理解したのは、既に“蚊人間”達が吹き飛ばされた後だった。蟲の肉塊部分だ

けを的確に斬り落とし、襲われかけている人々を救出。続く超高速の踏込みと剣閃の連続が

放つ衝撃波で、両者を分断。最後にUターンするような軌道で、健臣達の車両すぐ前まで急

ブレーキを掛けて停止し、思わずスローモーションの世界で目を見張っていた彼らを確かに

ニッと見据えて微笑わらう。

『……!』

「冴島隊長!」

 ジークフリートと同期した冴島だった。機械の面貌とマントの下を、雷の流動化に変えて

速度を重視。駆け付けてくれたらしい。見れば後から、同隊士達と思しき同期コンシェルら

も追い付き、現場一帯を包囲する“蚊人間”達を食い止めてくれていた。先程のように蟲の

肉塊や補腕などをピンポイントで破壊、大きくよろめかせている者もいれば、鎖状のエネル

ギーで数体をまとめて縛り上げ、まだ“感染”していない人々から引き離してくれている者

もいる。

「お待たせしました。遅れて申し訳ない。ここは我々が……退路を作ります!」

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