7-(6) そして遭遇する
前へ前へ。
一見すれば整然と区分けされた、しかし似た金属質の色彩や光景ばかりが続き、その実意
図せず分け入った者を大いに迷わせる構造。
だがそれでも必死にそんな迷路を進み、睦月達は遂に目的が達せられると思しき場所へと
出た。フッと通路が途切れ、視界が開けたかと思うと、前方鉄柵の眼下には辺り一面に広が
る製造ラインがあったのである。
「これは……」
(しっ。大きな声を立てないでください。見つけましたね。おそらく、ここが本丸です)
今度も念入りに辺りを確認し、睦月と國子以下リアナイザ隊のコンシェル達は慎重に下へ
降りる順路へと忍び足を取った。
だが妙な事に、警備員らしき姿の人間はまるで見当たらない。ただ各ラインには、黙々と
コンベアに流れてくる完成直前のリアナイザを、部品を嵌めてじゅっと溶接して送り出す従
業員らしき制服姿の人々がずらり並んでいるだけだ。
(……ちょっと、殺風景過ぎやしませんかね?)
(秘密主義の企業だとはいっても、何か怪しいですね……)
(パンドラ。あの作りかけのリアナイザ、改造なのか正規のものか分かる?)
『う~ん、ちょっと難しいですねぇ。もっと近くでじっくり内部構造を確かめるか、或いは
一度起動させてくれればすぐに分かるんですけど……』
ひそひそ。それぞれのコンシェル越しに、睦月はパワードスーツ越しにパンドラに、そう
呟いたり訊ねたりしていた。同じく声量を抑えて目を凝らすパンドラ。しかし彼女曰く、も
っと近付いてみないと確かな判断はできないらしい。
流石にリスクが高いが……。
それでも睦月達は、降りた物陰から更に飛び出し、製造ラインのすぐ傍へと迫った。
透明化能力はしっかりと効いている。作業しているすぐ傍まで近付いても、目深に作業帽
を被った彼らには一切気付かれていない。
(……?)
だがふと、睦月はそんな反応に違和感を──ある種の悪寒のような感触を覚えた。
何だか妙だ。見えないから気付かないというよりも、まるでこの作業員達は、そもそも自
分の意思というものが削ぎ落とされてしまっているような……?
「あ~……疲れた。だりぃ」
「お腹空いたなァ……。ねぇ、晩ご飯まだ?」
「小一時間前に喰ったばかりだろうが……。さっさと新しいの受け取って、休むぞ」
『──ッ!?』
まさにそんな時だったのである。次の瞬間、はたと別の方向からこの製造ラインへと、明
らかにこの場にはそぐわないであろう二人組が姿を見せたのだ。
一人はパンクファッションの、如何にも不良ですといった感じの荒々しい男。
もう一人はそんな彼に従う、丸々と太った巨漢の大男。
その場違いと、一目見たその只ならぬ威圧感。そして何よりも以前、スカラベの事件の際
に召喚主が話していたというある一節が、睦月の脳裏でにわかに反響する。
『そうしたら一週間くらい前に凄いデブを連れた、柄の悪そうな兄ちゃんが現れてそいつを
──リアナイザをくれたんだ。』
ごくり。睦月は思わず唾を呑んだ。コンシェル故にそうした行動は取れないが、彼ら越し
に國子らもおそらく、自分と同じことを思い出している。
まさか……やっぱり此処は本当に?
その疑念は殆ど確信に近かった。現在進行形の目の前の光景に、睦月達はやはり此処が奴
らの拠点であるのだと知る。
全く動じていなかったのである。明らかに部外者のようなラフな格好でラインの只中を通
っているこの二人に、従業員達は注意して摘まみ出しもせねば、気付きすらしない。まるで
彼らがそこに居ることがごく当たり前のように──いや、やはりそういう認識すら持つ事が
出来ていないようなさまだったのだ。
(睦月さん、退きましょう。物証はまだですが、状況はおそらく。今ならまだ……)
真っ先にそう判断するのは國子。だがそれよりも早く、この二人組は動いたのだ。
「……う~ん?」
「どうした? グラトニー」
「うん。何かね、さっきから覚えのない匂いがするんだァ」
「ほう……? ってことは侵入者か。俺には見えねぇ、けど……」
『ッ!? ……?!』
立ち止まり、すんすんと鼻を鳴らす肥満の大男。睦月達はその告白にぎゅっと喉元を締め
付けられるような心地に陥って焦った。加えてもう一人の荒くれっぽい男がこの相棒(?)
の向いた方向、睦月達がちょうどラインに迫ろうとしていた方向を見、にぃっと口角を吊り
上げる。
「ねぇねぇ、グリードぉ。悪い奴なら食べてもいいよね?」
「ああ。構わねぇぞ。ただ誰だったか確かめてからな」
「ワーイ!」
そうして、彼はこの巨漢の相棒に「許可」を出す。
肥満の大男はだらぁと涎を垂らしながら間違いなく確実にこちらを振り向いていた。睦月
達が半ば本能的にその危険を悟る。刹那、大男の全身が金色の奔流とデジタル記号の羅列か
らなるモザイクに包まれ、その姿が変貌──明らかな異形へと変化する。
巨大で分厚い顎を持った、大樽のような巨体の怪物。
それははたして、間違いなくアウターだった。迷彩を纏ったまま、しかしもう半ばその体
を為さなくなった事態の急変で、睦月達は逃げ出そうにもすぐには身体が言う事を聞いてく
れない。のしっと迫る巨体のアウター。その大きく開けた口は、人すら容易く呑み込んでし
まえそうなほど奥底が見えず、恐ろしく分厚く頑丈そうな歯が並んでいた。
「くっ……! こんな……」
「フヒヒッ。いっただっきま~すっ!」




