68-(0) 計画通り
今まで散々自分達のもたらす“災い”に曝されてきたというのに、危機感も警戒心も足ら
ない。所詮人間というのは、直接自らに火の粉が及ばねば、学習することすら厭う生き物な
のだろう。時折すれ違い、遠巻きに見える飛鳥崎の人々の姿を、とある二人組が道を往きつ
つ捉えている。
「……ったく、呑気なモンだぜ。ついこの前、クーデターになりかけたのも忘れちまって。
我らが政府の迅速対応様々ってか?」
「ほほ。そこまで深くは考えておらんじゃろう。ヒトという生き物はおよそ、自分に火の粉
が掛からぬ限りは、何処までも冷淡になれるものじゃて」
一人は如何にも柄の悪そうな、左頬や腕に刺青を入れた男だった。その声色は以前、健臣
とガネットによって焼き殺された蚊人間の怪人に酷似している。
もう一人は、灰色の作務衣に身を包んだ老人だった。一見すると好々爺然としているが、
その横顔や言葉の端々からは、人間に対する暗い悪意が覗いている。
そもそも、彼らは人間ですらなかった。“感染”と“喪失”。飛鳥崎中央署を巡る一件
の後、H&D本社から密かに来日していた“海外組”のメンバーである。傍らでそう、静かに
哂う相方に、柄の悪そうな刺青男ことヴァイラスがちらと淡白に一瞥してから言う。
「そういや、何であいつらの記憶“だけ”を奪ったんだ? 始末しちまえば、もっと楽に奴
を“追い詰められた”だろうに……」
「それもボスの策の内じゃよ。お主も聞いておる通り、作戦が始まれば、連中はあの二人を
守らざるを得なくなる。本人らの意思に反して、な」
「……なるほど?」
ほほ。再び短く笑った作務衣老人もとい、ロストが答えた。両手をゆるりと腰に回したま
ま細めた目は、あくまで正常性バイアスに縋ろうとする街の人々の横顔、後ろ姿へと注がれ
ている。
二人を、淡雪と誠明を守らざるを得なくなる。
即ちそれは、守護騎士達が攻勢に転じ辛くなるということだ。彼らの性質上、保護した市
民を捨て置けない筈だと踏んだ上で、わざと置いてきたのだとロストは言う。作戦の内、ボ
スの指示だとの旨を出されて、ヴァイラスもそれ以上の疑問は差し挟まなかったようだ。目
先の面倒よりも、もっと先を見据えている──それでこそボスだと言わんばかりに。
「ではヴァイラス、そろそろ始めるとしよう。予定通り“撒き散らせ”。儂はその間に、奴
らの分断に勤しむとしよう」
「……了解」
ニヤリ。ロストの一言にヴァイラスは犬歯を見せて嗤った。ちらりと視線を斜めに、路地
の奥から大通りへ向かおうとしていた若者らの一団を視界に捉えると、足音も僅かに気配を
殺しつつ方向転換。直進を続ける彼と二手に分かれ始める。
『──』
作戦、開始。
飛鳥崎の住人達は未だ、この人間態を取ったままの災いに気付いてすらおらず……。




