67-(6) 取り戻す、妨げる
『では、そろそろ出発します』
『ぶっちゃけ、まだまだきな臭い材料は山積してるし、そっちには悪いが……』
司令室の通信越しに、滞在先のホテルから健臣・梅津、及び真弥以下政府側の面子が帰京
の途に就こうとしていた。香月や萬波、皆継などが通信に立ち会い、別れの挨拶を交わしつ
つその出立を見送る。
「いえいえ。どうかお気になさらず。真弥嬢を無事に連れて帰られることが、そもそも訪問
の理由の一つだったのですから」
「武装蜂起も静まりましたし、向こうも安全が確保されましたからね」
「あっちの留守を狙ったということは、おそらく大臣達がこちらに来ているという情報も掴
んでいると考えて良いでしょう。どちらにせよ、これ以上の長居は波乱の元ですか」
『仕事も溜まっちまってるからなあ……。一応リモート可能な部分は、こっちにいる間も捌
きはしてたんだが』
口々に台詞、萬波の冷静な推測に梅津がぽりぽりと、後ろ首の筋を掻きつつぼやく。どれ
だけ本人が、現場の叩き上げ且つそれ故に書類仕事が本領ではなくも、政的なあれこれから
は逃げられない。留守の間は部下達に任せているとはいえ、どうしても最上位の権限を持つ
者でなければ回せない決もある。
『ただまあ、少なくとも帰りは行きよりはやり易くなっている筈です。自分達もいて、ガネ
ット隊もいる。クーデター騒ぎもあって当局も大手を振るって協力できますし』
帰京中の一番の問題は、また蝕卓に襲撃されないかという警備面だったが、公的な状況が
ある程度好転をみせたことでその辺りのリスクは減ったと考えられる。寧ろ引き延ばせば引
き延ばすほど、新たなトラブルでまた機が悪くなりかねない。
「念の為、こちらからも人員を振り分ける予定ですが……大丈夫でしょう。今連中は、牧野
君が抜けた事による対応に追われる筈。その間に貴方達を、東京までお送りする」
『……結局迷惑ばかり掛けて、申し訳ありませんでした。私のせいで、黒服の皆さんの中に
も犠牲が……』
『それが彼らの仕事だ。お前が悔やむことはない。悼む気持ちがあるのなら、せめて憶えて
おいてやれ。そして繰り返さず、次からは俺達家族にもきちんと相談すること』
『はい……』
するとぺこりと神妙に、真弥がこちらに深々と頭を下げて謝ってきた。
確かに元を辿れば、彼女が睦月に会いに行こうと飛び出してしまったことが一連の発端で
はあるかもしれないが、もう場の誰も彼女を責めようとは思っていなかった。どれだけ恵ま
れた家柄のお嬢様ではあっても、精神はいち女子中学生なのだ。健臣が政治家としてはなく、
いち父親としてその言葉を宥め、然るべき方向へと導く。通信越しにこれを見ていた香月も、
スッと努めて穏やかな物腰で励ます。
「大丈夫。貴女がガネットと共に力を貸してくれたお陰で、立体カートゥンとDJ風のアウ
ター達を倒せたし、藤城さんと七波さんのお父さんも見つけられたわ。誰がいなくても、今
の状況は作れなかった」
『……』
真弥にとっては、腹違いの母。
後日、健臣自身の口から当時の細かな事情は聞かされたけれど、なればこそこの人は自分
を疎むんじゃないか? そんな恐れは内心抱いていた。自分がやって来ることで、その辛う
じて保っていた平穏を脅かすのでは? と。
しかしいざ会ってみると、当の彼女は自分にも分け隔てなく接してくれた。その息子は、
異母兄は未だにぎこちなくて距離を置かれがちだけど、なるほどお父様が好きになった人な
んだなと確信が持てた。何より彼女がいなければ、電脳生命体もといアウター達の脅威を、
そもそも人間側は一切除く術を持たなかったことになる。
「通話でもいいのなら、いつでもお話ししましょう? 気を付けて帰ってね? 真由子夫人
や雅臣元首相にも宜しく」
『──! は、はい。必ず……!』
そんな一方、制御卓正面の大型ディスプレイから遠巻きに陣取り、睦月や皆人を始めとし
た残りの面々は今後の動きについて話し合っていた。議題は勿論、黒斗という新たな手札を
抱え、次に“蝕卓”はどう出るのか? これまでの無数の点を線に結び直しながら、相手の
意図を踏まえた上での情報整理である。
「黒斗のお陰で、H&D社がやっぱりクロ──蝕卓そのものだってことが判った。ただそれ
は俺達が把握してる情報ってだけで、表向きには多分信用してもらえねぇんだよなあ……」
『ですね。本社自体、目玉商品だったリアナイザを流通停止にしましたし。世間の大部分の
人間には、寧ろ彼らが“被害者”に見えている筈です』
「少なくとも上層部は乗っ取られているよ~と、皆に証明できればいいんだけど……」
「ああ。基本的にはそういう方向を目指すことになる。しかし確実にこちら側の工作を成功
させる為には、より証拠固めと根回しが必要だ。中途半端に広まっても、社として否定され
れば掻き消されかねないし、何より政府を含めた有志連合の信頼にも関わる」
「逆を言うと、益々下手に叩く訳にはいかなくなりましたからね。公安の──確か筑紫さん
という方を中心としたチームが潰された件もあって、警戒レベルはかねてより上がっている
でしょうから」
「うむ……」
仁の嘆息やパンドラの同調。睦月が腕組みをして唸りつつ、皆人は補足して作戦はより慎
重を期さざるを得ないとの見解を示していた。國子も同様の発言をする。海沙や他の隊士、
勿論先のメンバーも、届きそうで届かない敵の弱所を見い出せずにもどかしい思いに囚われ
ていた。
「……怪しいのは、この前発表された新型のデバイスだよね。私達が今まで使ってきたよう
な、コンシェルを自分色に使い込むタイプじゃなくて、もろに反アウターっていうか反コン
シェルっていうか」
「まあ、感情として分からなくはないんスけど……。あからさまですからねえ。絶対、連中
からしても裏がありますよ?」
「可能性は高いですね。でもう~ん……。だからこそ、僕らの知ってる本性と表向きの心証
が食い違ってる訳か……」
例の新型デバイスのプレスリリースを前後にした、自分達の接近に対する過剰妨害や先日
の桜田一派によるクーデター唆し。
個々の事件を時系列の中に落とし込めば、奴らが大よそ何を意図して暗躍してきたのかは
想像がつく。だがそれだけでは駄目なのだ。客観的で動かない証拠が要る。世間の大半には
知られていなくとも、明らかに妨害攻勢は以前に比べて強く且つ大規模になってきている。
それだけ政府に邪魔をされたくない──連中の目的にとって欠かせない支柱なのだろう。
「だからこそ梅津大臣達とも話して、政府としても外交周りを含めて予防策を張るとのこと
だ。表立って主導した訳ではないとはいえ、実際にこの国にクーデターを起こさせた以上、
黒幕だと同社を指弾すれば最悪国家間の問題に発展しかねない。或いはそうした事後の影響
も含めて、奴らは桜田議員側に近付いたのかもしれないが……」
皆人は言う。どちらにせよ、今後H&D社上層部に切り込んでゆくには、イコール主要な
メンバーが“蝕卓”である証拠が不可欠になると。既に飛鳥崎当局──電脳生命体対策課に
も、一連の情報提供と協力を依頼したという。
「本当、一年も経たない内に色々な事が起き過ぎました」
「兵さん……。帰って来ては、くれませんか?」
筧が赤桐らと遭遇していたのは、これが遠因だった。当の本人は尊敬していた元大先輩と
の再会を素直に喜んでいたが、筧の側は辞職した身であることと獅子騎士としての活動がバ
レやしないかと渋面。ばつが悪くその場を乗り切ろうと機を窺う。
「──にしてもよう。佐原、良かったのか? 真弥ちゃん達ともっとしっかり別れの挨拶を
しなくって。通信はまだ開いてるぞ?」
「良いんだよ。先に済ませてるから。それに先延ばして遅れて、また何か事件が起きる前に
この街を出た方が良い」
「まあ、そりゃあ……そうだけどよ」
打ち合わせないし会議の終わりがけ。仁がそう斜め向かいに座る睦月に向かっておずっと
問うた。自分達の集まっているスペースから、気持ち距離を置いた正面ディスプレイ側、香
月らと別れの挨拶を交わす健臣・真弥父娘をちらりと見て、彼は実の息子である筈の戦友の
淡白さがもどかしかったのだ。
しかし当の本人は、ディスプレイ側──画面に映る父や異母妹に視線すら向けずに答えて
いる。理屈は確かに分かるが、やはり仁達には彼らと距離を置こうとする為の体の良い口実
としか思えない。
複雑な事情であることは百も承知だ。
ただ、普段の基本温和な彼が徹底してそんな態度であるものだから、どうしても仲間内で
も気まずさが際立ってしまう……。
「──三条。良かったのか? いくら私が組織に見限られたも同然とはいえ、お前達の本拠
地にまで私を連れて来てしまって」
一方で、対策チームに与することになった黒斗もまた、この地下司令室における面々の活
動模様を暫く観察してから訊ねていた。他の正規メンバーとは違い、彼だけは壁の一角に背
中を預けてじっと腕を組んでいる。
「そうだな。警戒がゼロになった訳じゃない。だがお前が現状、再びこちらを切って組織に
戻ることも難しい立場だというのは理解しているつもりだ」
「……」
皮肉めいた反論はともかくとして、既に彼には対価として七席の集会場──ポートランド
内の地下アジトの存在を聞き取っている。尤もスロースに加え、彼を含めた面子が欠け始め
ている今、戦力を注ぎ込んで落とすべきかと自問すると否である。当然残る者達は守りを強
化しているだろうし、ピンポイントの損害を与えるよりも、今は情報戦の勝ちをもぎ取る方
向に舵を切りたい。皆人は告げた。
「……。そうか」
迅速且つ、敵の点と点を確実に結ぶ反撃を。
だがその蝕卓側も、そうはさせじと既に動き出していた。束の間の安堵に浸る市中の人々、
街並みに混じり、とある二人組が行動を起こすべく歩んでいた。
「~~♪」「──」
如何にも柄の悪そうな、かつて健臣とガネットによって焼き殺された筈の男。
そんな下手糞な鼻歌を口ずさむ彼の横で、静かに不敵に微笑んでいる作務衣姿の老人。
“感染”と“喪失”。
中央署の一件以降、H&D本社より召集された、黒斗曰く“海外組”を構成するメンバー
の内の二人である。




