66-(6) 直滑降
「──見えたよ、昨日の作業場! あそこに居るのは……筧刑事と二見さん?」
気を取り直して、飛翔・先行した睦月及びパンドラ。ホーク・コンシェルの飛行能力で現
場の遥か上空に辿り着いた二人は、眼下でワスプの群れに抵抗する冴島以下リアナイザ隊士
達と獅子騎士姿の彼らを確認していた。二人を除き、敵味方の動きがやたら“ゆっくり”と
しているように見えるのは、十中八九二見ことブラストの能力が使われたからなのだろう。
「兵さん! 生身の人間と違って、こいつらは基本耐性持ちだ! 俺の技も長くはもたねえ
ッスよ!」
「分かってる! だから一つでも、消し炭にッ……!!」
地上では筧と二見が、目まぐるしく動き回りつつ、大きく動きの鈍った細分体達を各個撃
破しようとしていた。振るう炎の斬撃、冷気の渦と突き。二見からは“ゆっくり波”の効果
がそこまで長続きしないと急かされていたが、その数を明確に削り切るにはまだ遠かった。
対策チームへの敵愾心もあり、一緒に鈍らせたままにしていたのだが……流石に二人だけで
は捌き切れない。
「ヌゥ、ギギッ!」
そしてとうとう、細分体の一部が集結し直し、逃げ出そうとした。物量で押し切れば勝て
る可能性云々よりも、自身を形作るデータの欠損が膨らんでゆくことを恐れたのか。
「ガッ──?!」
だがそんなワスプの選択は、結果的に自らの首を絞めるものとなった。筧と二見の攻撃の
合間を縫い、飛び去ろうとしたこの細分体ワスプの塊達を、直後側方から飛んできた磁力弾
がヒットする。
「……よしっ!」
「七波君!」
「すみません、遅れました。加勢します」
「ああ、助かる。とにかくこいつらを留めてくれ」
「はいっ!」
怪人態のブリッツにおんぶされていた由香が、ズザザザッと急ブレーキを掛けながら二人
の下に到着した。同時に二発目の磁力弾が、少し離れた金属質の瓦礫へ着弾。先程の細分体
ワスプが強制的に引き寄せられ、拘束される。
ニッと安堵の声を漏らす二見と、炎撃を繰り出す勢いのまま振り向いた筧。
彼女と合流した彼は、腰に下げていたT・リアナイザを投げ渡した。由香もブリッツから
降りてこれを両手でキャッチすると、カード状の待機形態に戻ったブリッツを装填。黄色の
獅子騎士に変身して戦闘に加わる。
『TRINITY』『BLITZ』
更に場へ追いついて来たのは、グレートデュークの鉄白馬形態に乗った、皆人以下同期済
みなそれぞれのコンシェル達だった。逃げようとしていた細分体の行く手を阻むように、そ
の巨体が壁代わりに立ちはだかる。一斉に飛び降り、冴島ら隊士達が“ゆっくり”になりな
がらも諸手を上げているさまを見て、面々がすぐさま状況を把握。臨戦態勢を取った。
「何とか間に合ったか……。筧刑事、随分と皆が世話になったようで」
「……。額賀、停滞波を解いてやれ」
「え? いいんスか?」
「三条、お前らが来てるってことは、近くに佐原も──守護騎士も居るんだろう?」
一瞬手を緩めた二見の問いに答えるでもなく、筧はパワードスーツ越しに、この同期した
皆人達を見ていた。クルーエル・ブルーに朧丸。グレートデューク、ビブリオ、Mr.カノ
ン及び、大江隊のコンシェル達。これだけ集まってしまえば、意地を張る意味も道理もない
と諦めたのだろう。
二見も言われ、指パッチン。“ゆっくり”を解除された冴島達も自由の身になり、こちら
側の戦力は大きく増した。同時にワスプ達も、磁力弾を細分化してようやく跳ね除けた塊達
も本来の速度を取り戻していた。散々に抑えつけられた反動で、一様に両手尻部の針を鋭く
研ぎ澄ませている。
「すまない、司令。我々だけは押さえ切れず……」
「構いません。それよりも今はこいつらを。筧刑事、額賀先輩も力を貸してください」
「ああ!? 何でてめえの指図を──」
「仕方ねえな。気合い入れろ、全員で追い込むぞ!」
「うっ。はい……」「はい……」
合流した冴島隊、皆人達と獅子騎士三人。二見と由香は最初、皆人からの呼び掛けに不快
感を示したが、そこは筧の柔軟な判断となし崩し的な状況がGOサインを出した。集まり分
かれ、再び細分化しようとする中空のワスプ。それをぐるりと取り囲むように、面々が一斉
に反撃に打って出る。
「冴島隊長、筧刑事。皆も俺の合図で動いてくれ。奴の特性は、昨夜一度見ている」
コンシェルないしパワードスーツの通信越し。面々の視界に、司令室経由で皆人の言う作
戦と思しき情報が飛び交った。それぞれが唇を結び、或いはワスプ達へと果敢に挑む。奇襲
を受けて為す術もなかった昨夜ではない。群体であろうとも、着実にその構成パーツである
ところの細かな蟲を潰してゆけばいい。
「ビブリオ!」
「おらァ、害虫駆除だあ!」
朧丸の鋭い太刀の一閃、クルーエル・ブルーの霞むような突き。ビブリオの多段展開な光
線や、Mr.カノンの両手機関銃。
数が多いのなら、同じぐらい攻撃をぶつけてやればいい。先んじて筧と二見が頭数を削っ
てくれていたのも大きかった。炎の斬撃、冷気の棍打、磁力弾。残りの面々も含め、激しい
攻勢がワスプを次第に追い詰めてゆく。
「──今です、隊長! 刑事!」
そしてこの細分化するアウターは、ようやく己が何をされようとしていたのかを悟った。
彼らに猛追され、距離を取ろうと退いた先。そこは細分体達全員がほぼ同じ位置で、先程よ
りもぐるりと円陣──包囲網が狭まった内側に集められていた。加えて対する相手は、皆人
のそんな合図に、寧ろ急ブレーキを掛けて留まった。ダンッと、めいめいが大きく飛び退い
たのだった。
「っ!」「蒸し焼きだ!!」
冴島ことジークフリートが風の流動化で気流の外壁を作り、筧ことブレイズが、地面に突
き刺した剣から大量の炎をその内側へ注ぎ込んで可変。巨大な円状の火柱へと仕上げてワス
プを閉じ込めたのだ。
「グ……、ガァァァ……ッ?!」
焼かれる。奴らは始めから、自分をパーツごと焼き尽くす気だった。細分化、点の多さに
惑わされるから後れを取る。ならばいっそ、ゴリゴリに攻撃する方へ切り替えればいい。
「ッ! ッ!!」
高熱が次々に、細分化させた自身の構成データを焼いてゆく。ワスプは焦っていた。必死
になって逃げ場を探し、はたと仰いだ頭上に、僅かだがほつれた穴が空いていることに気付
いた。あそこしかない……。彼らが作った火柱の、欠陥。
しかし、それも含めて皆人の作戦だった。企みだった。藁をも掴む勢いで、細分化した自
分達を猛スピードでその隙間へ。ワスプが死の物狂いとなり、その“わざと空けた”穴から
逃げ出すだろうと踏んで。
「──睦月!」
遥か上空から直滑降していた守護騎士。彼も同じく皆人から、こちらへ向かって逃れてく
るワスプの細分体達を待ち構えていた。
冴島が遭遇時に叫んだ戦略の通り、相手の移動経路が一方向ならば迎撃は容易になる。ぐ
んぐんと加速し、その視界レーダーに敵を捉えた直後、睦月は握り締めたEXリアナイザの
ホログラム画面を操作。今、この状況に最適な強化換装を実行する。
『PEGASUS』『SLEIPNIR』『GRIFFON』
『IFRIT』『UNDINE』『GNOME』『SYLPH』
『TRACE』
「……っ!」
『ACTIVATED』
純白と金ラインの浮彫を基調とした、金の強化換装・クルセイドフォーム。
ワスプも逃れた先に彼がいることに気付いた。だが火柱を抜ける以外に逃げ場はなく、意
を決して激しく渦巻きながら一つの螺旋へと形を変えようとしている。ぎゅっと唇を結び、
睦月は再度EXリアナイザを眼前に持ち上げながら思った。
(あいつを倒さないと、黒斗さんや真弥、隊の皆や色んな人達が気付くことになる……。今
度こそ、確実に全滅させる!)
チャージ! 頬横に添えたEXリアナイザに命令をコールし、腰のホルダーに差し込んで
エネルギーの充填を開始。背中の翼を模した双剣を抜き放ち、更にぐんと加速する。意識を
集中させ、ワスプ達の渦がはっきりと視認できるようになった瞬間、睦月は同強化換装の特
殊能力・多重分身を発動させた。
「ギ……!? ギィィィッ!!」
『う゛、お゛ぉ゛ぉ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーッ!!』
そして満たされた刹那、解き放たれる渾身の一斉突撃。炎や氷、竜巻に岩爪、光や闇色の
オーラを纏いながら文字通り“数の暴力”でワスプ達の上昇とぶち当たった睦月は、これを
怒涛の勢いで押し返して爆破四散。今度こそ、欠片一つ残さずに斃し尽くしたのである。
「──よしっ」
地上の皆人達、筧らの遠く頭上で轟音を上げ、暫し広がってゆく巨大な黒煙。
そんな只中を貫くように、一人の姿に戻った睦月が、風を切りつつ地上へと降りてゆく。




