表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-65.Because/選別への前奏曲(プレリュード)
503/526

65-(6) AIの記憶

 今よりもう少し前。藤城家にまつわるゴタゴタが、ようやく一通り片付いた後。私はあの

屋敷で、淡雪とのんびり庭先を眺めながら一時を過ごしていた。

 場合によっては此処すらも、遺産を狙う親族達に奪われていたかもしれない。なのに彼女

は、結局私の想定した“願い”を請うことはなかった。

『──何故、あんな契約だったんだ?』

『? あんなって?』

『私に、一緒にいてくれと。ただそれだけの願いだったろう? 君が望むなら、私は君の両

親の遺産を狙う輩を、一人残らず始末することもできた。私達にはそれぐらいの力があると

いうのに、君は一切望まなかった』

 ずっと不可解だった。少なくとも彼女には、それぐらいの“復讐”を願う権利はあった筈

なのに。自らの幼さにかこつけ、財産を食い漁ってきた親族らに憎しみを抱いたとしても、

何ら不思議ではない。寧ろ当然の感情だろう。取り戻し、再び成り上がることだって願って

も良かった筈だ。

『……だって。そんなことをしても、平穏は手に入らないでしょ?』

 なのに。なのに彼女は、そうごく当たり前のように答えた。少しキョトンとして、クスッ

苦笑わらって。今でも私はよく憶えている。私の知る、人間という生き物の性質とは随分とか

け離れた精神の持ち主なのだと、あの時悟ったのだ。

『確かに、お父様とお母様が亡くなった当時は、私も幼くて権利を行使できていなかったけ

れど……。でも、それで恨んで、復讐を果たしたとしても、過去は取り戻せないもの』

『……』

 フッと気持ち伏し目がちになり、彼女は呟く。要するに諦めが勝っていたということなの

だろうか? 或いは、たとえ生前仲が良くなかったとは言っても、二人を亡くした喪失感の

方が勝っていたのか。

『私は、奪われる哀しさを知ってしまった。だからこそ、奪い返された相手の痛みも想像し

てしまって……。何より、自分が虚しくなってしまうから……』

『……本当に、君はお人好しだな。人間はもっと利己的な生き物だ。実際、君に実害や苦難

を強いた相手のことなど、気に掛けてやる義理など無いだろうに』

 だからこそ、私は改めて呆れた旨の言葉を掛けた。論理的にはそれが中長期的に、彼女に

とって一番利がある考え方だったからだ。

 平穏な日常──その為に私は、契約後から奔走した。密かに手を回した。親族らの不当な

搾取の証拠を集め、過去の判例データから最適な弁護士を選び出し、法廷でもほぼ満額の勝

利をもぎ取った。私達、AIの演算能力なら、この程度造作もない。勝訴後、彼女が暮らし

てゆけるだけの財産も確保し、件の弁護士経由で信用の置ける管理人も付けてある。

『……貴方こそ、コンシェルとは思えないぐらい人間臭いわよね。私は良いって言ってるの

に、それでも色々とやってくれて……。本当にありがとう』

 それらは半ば事後報告となりはしたが、彼女も私の手を回した諸々は知っている。温かく

綻ぶように、彼女は改めて微笑わらうと言う。

(本当に、君は──)

 ずっと私は、この人間を不思議だと感じていた。

 やり返さない、望まない。それは一見すると歪な優しさであるように思う。自己犠牲、と

形容するには状況が嚙み合わないが、やがて私は彼女がヒトの本質から距離を置くことので

きる、稀有で高貴な意思を持つ存在なのではないか? と考え始めた。


 ……故に儚い。酷く脆い。だからこそ、守らなければと思う。


 不思議な電磁的反応かんかくだった。

 だからなのだろうか。気付けば私にとっても、彼女は大切な存在となっていたのだと。と

うに真造リアナイザを取り込み、実体化を果たした今でも──我々の機能上、とうに用済み

となった繰り手ハンドラーに過ぎないとしても。


「先日の電脳生命体の出没は大きな事件でしたが……ご無事なようで何よりです。今後、警

備体制の見直しや、プレゼンイベントをやり直す予定などはございますでしょうか?」

「ありがとうございます。勿論、今回会場へ足を運んでくださった方々には多大なる迷惑を

お掛けしてしまい、誠に申し訳なく思っております。既に警備部門へ、電脳生命体等の部外

者が紛れ込まぬよう、より徹底したチェックを課すよう指示しております。イベントの再開

につきましては……目下調整中としかお答えできません」

 飛鳥崎ポートランドに居を構える、H&D東アジア支社ビル。その日、同支社長キャロラ

インは、先日のプレゼン会場襲撃から逃げ延びた一人として、メディアの対面取材に応じて

いた。視線の向こうでカメラが回っているのをそれとなく視界の隅に捉えながら、敢えて件

の事件絡みで批判材料を探すであろう、記者の質問に答える形でメディアへの露出を図って

いたのだった。

「よりにもよって“Type-E2デバイス”発表の場──それだけ我が社の新製品が、電

脳生命体達にとって不都合であるとの証明にもなるでしょう。今回このような形で妨害を受

け、聴衆の皆様を危険に晒してしまったこと、大変遺憾に思っております。我々は改めて気

を引き締め、この国は勿論、世界中の皆様に、快適で安心安全なテクロノジーライフを送っ

ていただけるよう邁進してゆく所存です。どうぞ宜しくお願い致します」

 ぺこり。欧米人のスレンダーなスタイルから繰り出す、流暢な日本語と完璧なお辞儀。カ

メラ越しにこの一部始終を撮っていた取材クルーも、批判より先に思わず息を呑む者が少な

くはなかった。

 後日この映像は、英語版も合わさって人々に配信されるだろう。表向き事件に対する詫び

をしつつ、その実ちゃっかりと自社のアピールも忘れない。より断固たる反アウター、その

為の新型デバイスの機能、正当性。はたしてどれだけの市民が、そんな彼女のタダでは転ば

ない強かぶりに気付くだろう。


「──ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」

 冴島達と別れた後も、黒斗は夜通し淡雪の姿を捜し求めていた。再び蝕卓ファミリー側に気取られな

いよう、力場は控えめに。少しずつ夜明けを迎えてゆく空を背に、何千何万回とも知れぬ転

移を繰り返し、新たに反応を見出した先へと急ぐ。

(此処か……)

 そこは、北部郊外にある空き家。先のような作業場ではなく、一見すればそうとすら気付

かない、いち市中の戸建てに過ぎなかった。

 ストンと静かに着地し、すぐさま壁際に寄って気配を殺す。周囲にも見張り的な敵影は見

当たらず、じっと探ってみても中に同様の反応は感じられない。

(ちょうど運良く出払っているのか? それとも……)

 ただ彼自身、もう長く待ち続けることもできなかった。彼女の身が危うい、心配だ。意を

決して黒斗は入口の扉を蹴破り、中へと突入する。

 ……やはり室内には敵影はなかった。待ち伏せらしきライムラグもない。若干の既視感を

覚えながらも、黒斗は奥へ奥へと進んで行った。同胞の反応は無いが、それでも自身もよく

知る人物の反応はある。

「淡雪!」

 はたして、そこには居たのだった。厚手のカーテンが引かれたままの、おそらくは元客間

だった洋室の一つ。そのフローリングの床に、彼女はちょこんと座り込んでいた。

 間違いないと、安堵を含めた彼の呼び声に反応し、ピクンと一瞬身体を強張らせる。最初

背を向けていた体勢から、当の淡雪本人が、ゆっくりとこちらへ振り向いて──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ