65-(5) 蜂起(クーデター)
時は前後し、首都集積都市・東京。
すっかり夜も更けた、同都内“三巨頭”の自宅──小松・竹市・梅津及び首相公邸に、ア
ウターの軍勢が襲撃を仕掛けようとしていた。暗闇に紛れ、幾つもの赤や緑色の双眸が標的
を睨んでいる。
「──」
兵力の構成は、静かに燐光を纏う蛾型のアウター、赤い年輪状の眼をぎらつかせる蚊型ア
ウターに、何体ものヴァイラス“達”と量産型。一度はガネットに力押しを撥ね退けられた
分、今回はより連携や搦め手を意識したものとなっている。
「そっちは?」
「今のところ、異常はない」
軍勢本隊が潜んでいたのは、三巨頭筆頭・小松家の邸宅。辺りはすっかり寝静まっていな
がら、敷地へと続く正門前には複数の警備要員が巡回。目を光らせている。
ただそれはあくまで、対人間を想定したものだ。警戒網があると示し、抑止力として機能
させているだけで、端から攻撃するつもりの相手には効果が薄いだろう。
『……やれ!』
やがて無線越しに、全軍への攻撃指示が下された。同時刻複数の要人らの住まいに、人間
ではなく電脳生命体の集団が迫り来る。
「!? 貴さ──」
弾かれるようにその接近に気付いて、警備要員らが慌てて拳銃を抜く。だがそれよりも先
に、蚊型のアウターが高周波の絶叫を発し、彼らを瞬く間に気絶させた。
ドサドサと倒れ込む音、軍勢らの迫る足音と気配。異変を感じて、敷地の内側や外塀の別
方面から援軍が駆け付けて来たが、これらを左右に散開──飛び出したヴァイラス達が先行
して襲う。
「て、敵しゅ」
「で……電脳生命体?!」
「こいつら、見覚えがあるぞ! 何故ここにいる!? 倒された筈じゃあ……!?」
襲撃を知らされれば面倒だと、優先して頭ごと潰される一人目。続く他の面々も、次々に
ヴァイラス及び追加で襲い掛かる量産型達に倒されていった。手持ちの拳銃を発砲しても、
アウターの肉体には殆どダメージが入らない。その間に距離を詰められ、押し倒される。
「お前ら、退け!」
そこへ大振りの散弾銃を構えた警備兵が加わり、混乱する仲間達を捌けさせた。拳銃レベ
ルの得物で通じないなら……と考えたのだろう。
だが──その一撃が放たれようとした次の瞬間、アウター側もこれに割って入るように別
の個体が空中から降ってきた。もう一体の新顔、蛾型のアウターである。まるで音もなく、
ふわりと斜線上に入ってきたモスは、燐光を纏う腕の被膜と一体化した羽をマントのように
使用。この警備兵が撃った散弾を丸々跳ね返すと、当人を含めた周囲の警備要員達を盛大に
巻き込んで自滅させる。
『ぎゃっ!?』
「ぐっ、ガッ……?!」
「何だ……こいつ。今、銃弾を、弾い……て」
反撃すらままならない。逆にそれすらも駄目押しに変えられて無力化される。騒ぎを聞き
つけて集まった警備要員らは、ものの数分も経たぬ内に、あっという間に壊滅状態に追い込
まれていた。小松邸以外の三ヶ所、竹市邸と梅津邸、首相公邸における攻防も概ね同じよう
な戦況だった。奇襲と戦力削ぎ。モスとモスキートの反射・音波能力も相まって、交戦は終
始アウター側の優勢で進んでいった。
「──ふふ、ふふふ。いいぞ! いいぞ! そのまま押し込んでしまえ!」
そんな襲撃の一部始終を、遠く安全地帯な暗がりの一室にて観ている人物がいた。次々に
攻め入られる三巨頭の邸宅を、映像越しで確認し、興奮気味に愉悦している。
現職の国会議員にして、与党所属の大物・桜田匡輔。自他共に反“三巨頭”派の筆頭とさ
れる彼こそが、今回アウター達と内通。軍勢を手引きした張本人だった。
目的は、現政権の転覆。
この国が諸外国と同様、いわゆる新時代を迎えても、その実は三巨頭の系譜による世襲制
に過ぎない──国民を置き去りにした独裁だと強く批判してきた。富の一極集中、それらに
拍車を掛けた海外資本の誘致。集積都市という物理、経済的にも格差は拡がる一方だという
のに、奴らは碌に解決へ動こうとしない。寧ろ都市の恩恵ばかりを重んじ、議論にすらなら
なかった。人も政治も、荒れるばかり……。
(だからこそ、元凶から排除せねばならんのだ。この国に根を張って久しい奴らを駆逐し、
この国を取り戻す……)
行っけぇぇぇーッ!!
アウター達の軍勢は、各邸宅の防衛線を突破しつつあった。通信越しに全軍へ。彼はザッ
と片腕を振り払いながら、その本丸へと制圧を掛ける──。




