65-(4) 明け難き夜
極小に粒子化するワスプの能力に苦戦しながらも、睦月ら対策チームと政府側の面々は何
とかこれを追い払うことに成功した。セントラルヤードの管理棟屋上から棟内へ。再襲撃の
可能性を考えれば、すぐにここを離れるのが最適解だったが、双方負傷者が出てしまっては
そうもいかない。動ける者は引き続き敷地内の警戒に当たりつつ、急ぎ人員や治療能力を有
するコンシェル達で彼らを手当てすることになった。
「痛つつ……。あの蜂野郎、さんざ突きやがって……!」
「はいはい。腕を固定して力を抜いて。包帯が上手く巻けないでしょうが」
「道具が足りないな……。物理的に傷を塞ぐには限界がある。こっちにもっと、治療のコン
シェル達を回してくれ!」
「おい、一旦替わろう。ずっと召喚し続けていれば疲れる。先に俺達が倒れちまったら、皆
の治療も滞っちまうんだからな」
「……そうだな。すまん、少し休む……」
棟内にある、広めの一室にシートやブランケットを敷き、あちこちで隊士やエージェント
達がやいのやいのと治し治されを繰り広げる。
ただそもそもが出先、且つ敵の強襲後という状況もあり、本格的な治療を施すのは難しそ
うだった。走り回る人員、治療系のコンシェルを操る隊士達。夜半に始まった一連の光景を
やや遠巻きに、部屋の隅っこに置かれたパイプベッドの上で、睦月は暫しぼうっと横になっ
て眺めていた。強化換装による反動で、消耗した身体が本調子ではなかったからだ。
「──とりあえず、何とか間に合ったようで良かった。建物の中も使えるし、これで少しは
皆も休まるかな?」
「まあ、事前に許可取ってあったらしいからなあ。ヤードの運営側も、まさかこういう使わ
れ方をするとは思ってなかっただろうが……」
「本当だよ、もう。三体目がいるなんて聞いてないよ~……。まさか、ガネットちゃんが気
付けない相手がいるとは思わないじゃん?」
『も、申し訳ございません……』
『能力特性も含めて、敵に一杯食わされたということでしょう。先日、プレゼン会場で邪魔
をしてきたあの二体が姿を見せた時点で、既に仕込みは済んでいたと見るのが妥当かと』
『ああ。その点は俺も同意見だ。つまり黒幕の側は、冴島隊長達が同期を──身体が置き去
りになることを予め読んでいたと思われる。そうでなければ、セントラルヤードへすぐ別動
隊を飛ばすなど不可能だからな』
額や腕に包帯を巻いてどっかりと座り込んでいる仁、むくれっ面で悔しがる宙に、デバイ
ス画面の中のガネットやパンドラが応じている。司令室の皆人も、彼女の見解に同意してい
た。加えて、今回の淡雪拉致事件の黒幕ないし側近が、中々頭の切れる人物であるとの警戒
も添えて。
「……すみません。また私が、皆さんの足を……」
「嗚呼、大丈夫大丈夫。泣かないで? 真弥ちゃんを責めている訳じゃないから」
「そうです。今回貴女やガネットさんに協力を頼んだのは、私達の側なのですから」
「そうだよ。宙、謝って?」
「そうだな。天ヶ洲、謝れ」
「ふえっ!? 何か全部あたしが悪いことになってる……? いや、別にそんなつもりで言
ったんじゃ──あぁぁぁぁぁぁ?! ごめん、ごめん、ごめん! ごめんってば! あたし
が言い過ぎたよ~、真弥ちゃん涙拭いてぇぇぇ~!!」
ロータリー襲撃の一件などもあり、特段自分を責めてしまったのだろう。話の途中でふと
同じく面々の輪の中、睦月の傍でしょんぼりと座っていた真弥が、きゅっと唇を結んで瞳を
潤ませ始めていた。弁明自体は本気、悪ノリは気持ち半分。次の瞬間には擦り付けられた宙
が慌てふためく番だった。クスクスと睦月が苦笑い、傍らの義妹の頭を、そっと優しく撫で
てやる。
つい先日までは、アウター達との戦いにも無縁の、正真正銘のお嬢様だったのだ。自分の
意思で諸々の因縁に首を突っ込んできたとはいえ、いち女子中学生が背負い切れる重みでは
ないのだから。一部始終を方々から眺めていた冴島や他の隊士達、エージェント、及びそん
な娘の姿を、申し訳なく見つめていた健臣が質問を投げ掛けてくる。
「……ところで三条指令。冴島隊長達が同期を解除したことで、牧野黒斗を一人向こうへ残
してしまう形になってしまったが、良かったのですか?」
『ええ。状況的に仕方のなかった面もありますが、一度出向いて場所自体は把握しました。
現場は蛻の殻でしたし、当の彼本人が再び追跡を始めているでしょう。確かにこちらが当初
描いていた、彼を援けて藤城淡雪を救うというシナリオは、奴らに邪魔された格好にはなり
ましたが……』
彼の問い掛けに、司令室の皆人が通信越しに答える。娘・真弥のデバイスを覗いて、画面
内のガネットと共々耳を傾ける姿は、いち政治家というよりも一人の父親と表現した方が相
応しそうだった。静かに黙りこくる睦月。ある程度手当てが行き届き、めいめいにこちらを
見ている隊士やエージェント、梅津達。面々の視線を横目に一瞥するように一呼吸を置くと、
皆人は続ける。
『実際、これ以上の追跡は難しいでしょう。こちらは人員の少なからずが負傷。睦月も切り
札である強化換装を使用し、消耗している最中です。何より真弥嬢を、一旦そちらの滞在先
にお送りする必要もある』
当初目指していた収穫には至らなかったものの、それが現場全体の指揮を執る皆人の判断
だった。面々の消耗とリスクを鑑み、更なる深追いは天秤を大きく傾かせるとみたのだ。仮
に再度動いても、敵の抵抗は避けられないだろう。よりその度合いは激しく、必死になり、
最悪皆の中に死者を出してしまうかもしれない。
(それだけは……欲を掻いてまでやることじゃない。きっと真弥嬢の精神がもたない)
政治的判断。それとも、腹違いとはいえ親友の妹に、ロータリー前での一件を繰り返させ
たくなかったからか。
健臣や睦月、通信を見聞きしていた面々が誰からともなく静かに頷いた。当の本人──真
弥も、分かっているのかいないのか、周りの空気を読んで大人しくしている。
『例の作業場は、明日改めてこちらで人員を向かわせます。少なくとも連中の兵力を二体、
減らせただけでも良しとしましょう。三体目のワスプ──蜂女の個体は、戦闘ログを分析し
て対策を練ろうと思います。睦月の行動で、面制圧がある程度有効なことは判りました。後
は戦術として、如何に奴のパーツ量を抉るかでしょう』
あくまで淡々、朗々と。皆人は至って真面目にそう面々へと論点を整理しつつ伝え、今宵
の走査作戦の打ち切りを宣言した。黒斗が尚も追おうとしていたという報告も踏まえ、改め
て万全を期す為に。ずるずると、消耗し続けたまま行う捜索は、敵の警戒レベルを高止まり
させかねない──人質たる淡雪の身に、更なる危険が及ぶ可能性すらある。
『状況は、司令室の方で監視を続ける。睦月も皆も、今夜は帰って休むといい』
「……分かった」
『了解です』
かくして一旦、共同作戦のチームは解散となった。少なからず疲弊していた睦月以下リア
ナイザ隊の面々や政府側のエージェント達からも、思わず深い溜め息なり安堵の声色が漏れ
る。ぐぐっと強張った身体を伸ばし解して、めいめいが少しずつ負傷の仲間に肩を貸しなが
ら部屋を後にし始めた。
「──おう、俺だ」
そんな散会間際のことだった。皆の人波に紛れ、梅津が独りふいっと廊下の物陰に移動し
つつデバイスを取り出す。着信があったらしい。コソコソと、通話の向こうで部下らしき相
手から報告を受け、静かに目を細めている。エージェント達に囲まれ、真弥に寄り添って外
へ出ようとしている健臣の横顔を一瞥しつつ、あくまで彼は仕事一筋に──使命感と共に生
きていた。
「おう……おう……。思ったより早かったな。分かった、すぐ健臣にも知らせる」
「そっちは手筈通りに。くれぐれも抜かるなよ?」




