65-(3) 筧の焦燥
“氷の足場”を乗り継いで、夜の飛鳥崎上空を渡る。
ボックス及びサウンドと一線を交えた後、筧と二見、由香の獅子騎士三人組は、一足先に
転移──行方を眩ませてしまった黒斗を追っていた。物質遅滞。期せずして二見が見出した
ブラストの応用技によって、三人はある程度地形に左右されない機動力を得たのだが……。
「あんにゃろう。奴らを押し付けて消えちまいやがって……。結局片方は逃げ出しちまった
しよお」
「あはは、まあまあ……。どのみち全員潰すんですし、いいじゃないッスか。それよりも足
元、気を付けて跳んでくださいよ? 一応間隔を寄せてはいますけど、俺も使い始めて間も
ないんで」
二見が先頭になって足場を作ってゆき、順次筧と由香、ブレイズとブリッツがその動線を
追ってゆく。ぶつくさと先程から虫の居所が悪い彼に、二見は改めての注意喚起も兼ねて応
じ、冷気を纏わせた棍を振るってまた一つ、氷の足場を生み出していた。由香も由香で、あ
まり足元を見下ろし過ぎると怖いのか、終始言葉少なげに筧の後をついて跳んでいる。
「……分かってるよ。足場がなけりゃあ、追うのももっと時間が掛かっていただろうしな」
筧はぽつりと言う。要するに今回は、戦力にねじ込まれるだけねじ込まれ、置いて行かれ
た格好だった。結局自分達の目論見である“蝕卓”の核心に迫る情報は得られず、淡雪の行
方もようとして知れない。
黒斗があの後転移していったということは、大よその目星をついているのだろうが……は
たして追い付けるのか? 正直見つかるかは怪しいと筧自身は思っていた。
「さっき佐原が凄い勢いで飛んで行ってましたけど、逃げた方をぶっ殺したのは多分あいつ
ですよね? 気配が一つ消えてましたし」
「だろうな。方向転換したのは、仲間と合流する為だと思う」
「……あっちは藤城先輩を見つけられたんでしょうか?」
「分からん。ただ──牧野黒斗は間違いなく“蝕卓”を裏切る」
上空を渡りながら垣間見ていた、ボックスの最期と対策チーム側の動向。由香がおずおず
と震え気味の声で問うてくる言葉に、筧はあくまで自分達の目的に焦点を当て続ける。
「まあ、連中の反応からして、今回の一件で裏切者扱いは確定っぽいですからねえ……。そ
の上で返り討ちにしてる訳ですから、言い逃れも」
「ああ。藤城淡雪を無事助けられたとしても、待っているのは茨の道だ。これからも奴には
刺客が向けられるだろう。戦闘能力皆無の、されど大切な相手をどこまで守れるか」
『……』
淡々と筧は述べていたが、二見と由香は直後スンと押し黙ってしまった。
解っている。先のネイチャーないし、カガミンことミラージュなどのそれとダブって二人
には見えているのだろう。だからこそ、敢えて筧は厳しくも事実として口にしてみせた。
「そっ、それにしても。飛んでいった佐原は追わなくていいんスか? 向こうが先に見つけ
ちまったら、今回のリターンがごそっと全取りされちゃいますよ?」
「……いや。今は追わなくていい。対策チームと政府が共闘している今、俺達の面が割れる
のは色々と面倒だからな。向こうからすりゃあ、禁制の力を使う違反者一派に過ぎん」
「ああ。それもそうッスね……」
「でも、あちらもあちらで、対策チームから調整済みのリアナイザを受け取っているんじゃ
ないんですか? そんなの、不公平です」
「……気持ちは分からんでもない。ただこっちはあくまで一介の市民、向こうは権力側だ。
何の用意もなく面と向かえば、取り押さえられても文句は言えねえぞ?」
そうして、半ば無理やりに話題を変えようとした二見からの問いに、筧は少し思案する様
子を見せてから返事をした。納得と不満。大人しく見えてその実、内心“強者”達への不信
感を募らせてきた由香に、彼はあくまで一般論を踏まえて寄り添う。
それはひとえに、彼自身が元警察官という経歴もあってのことだったのだろう。大なり小
なり経緯を知っている分、対策チームの方はともかく、今政府側と徒に接点や確執を生むメ
リットは無いに等しかったからだ。
「ともかく、当面は黒斗の向かった先の特定を優先する。あわよくば藤城淡雪を俺達が先に
押さえる。そもそも、物理的に二手に分かれてる余裕もねえからな」
「うッス」
「分かり……ました」
尤も内心、筧は少なからず焦っていた。成り行きから獅子騎士──因縁のある“蝕卓”と
戦う力を手にしたものの、兵力や機動力、何より組織力・情報網に至るまで自分達は大きく
劣ることを痛感させられていたからだ。うち機動力、移動手段こそ、今回多少は改善をみた
ものの……。
(分かってはいたことだが……。やはりアドバンテージを、敵の中枢に切り込める手段を持
ち合わせなきゃあキリがねえ。おそらくはもう、時間も無い……)
氷の足場から足場へと跳びながら、筧は考える。どうやら“蝕卓”自身も内部で不穏な動
きがあり、今回のように最早単純な二項対立で済まなくなっている。いや、寧ろ事態はより
複雑さを増し、悪い方へと向かっている予感さえする。
だからこそ、これら全てを把握できる可能性──仔細は知らないが、裏切者となった組織
幹部の一人、黒斗の存在が今後より重要になってくる。そしてその“弱み”たる淡雪がいれ
ば、彼という戦力・情報源を取り込めるかもしれない。そう目論んだのだ。
「……」
されど、自分なりにそうした戦略を巡らせ、混乱の中に打って出た筧は悩む。炎赤色のパ
ワースーツの下で眉間に皺を寄せ、己の現状を見つめると嘆く。
随分と俺は──刑事時代よりもズルくなったモンだ。




