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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-1.Prologue/運命は電脳と共に
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1-(4) 第七研究所(ラボ)

『次は~飛鳥崎ポートランド~、次は~飛鳥崎ポートランド~』

 ついうとうとして沈み込んでいた意識が、その車内アナウンスによって引き戻された。

 放課後、睦月は友人達と別れて一旦自宅に戻り、食料などをキャリーバッグに詰め込むと

再び家を出た。

 集積都市各地を結ぶ幹線鉄道に乗り、南下していく海岸線へ。

 駅名の通り、母の勤め先は飛鳥崎の南──湾岸の埋め立て区域に在る。

 そもそもこの飛鳥崎一帯は、かつて国内有数の港として栄えていた。故に南に行けば行く

ほど風景は海と、各種研究施設ばかりになるし、北に行けば行くほど幾つも重なり合った緑

多き丘陵地帯となる。

 睦月は一人車内アナウンスを聞くと、停まった駅で降りた。ホームから改札に下り、キャ

リーバックを転がしながらポートランドの玄関口に立つ。

 街の中心部に比べ、この港湾区域はとても殺風景で機能的だ。

 先述の通り、この人工の海上島には様々な研究施設や工場の類が整然と並んでいる。逆を

言えばそれしか無いのだ。

 辺りを見渡すが、此処に生活の気配はまるで見受けられない。時折巡回している警備員が

遠巻きに見えるだけだ。睦月は相変わらずの風景に深く息をつきつつ、そっと撫でるように

胸元を押さえると、その内来るであろう区内を巡る移動用の無人車を待った。


 そうして、慣れたもので今回も難なく目的地へ。

 三条電機第七研究所ラボ──母が研究員として所属する勤め先である。

 相変わらず大きい。そして機械的。全景としては多分、巨大な円柱の缶を左右に繋げたよ

うな形をしている。

「……お?」

 正面玄関へ向かってキャリーバッグを転がしていると、直前の守衛室からこちらを覗き込

む顔があった。

 今やすっかり顔見知りになった警備のおじさん達だ。

 向こうで破顔する彼らに、睦月はぺこりと小さく会釈しながらも、規則通り首に下げてお

いた通行許可証を取り出した。ガラガラと荷物と共に、厳重に閉じられた分厚い硝子の扉の

前まで来ると立ち止まる。

「こんにちは。佐原香月の息子です。母への面会をお願いします」

「おうおう、いらっしゃい。今月の支援物資だな? 待ってな。博士に連絡するから」

 言って警備員らはそう気安く微笑わらい、内一人が部屋の奥にある内線の番号を押し始めた。

 睦月は何時ものように待つ。

 ……だが今回は、その“何時も”が何もかも少しずつ違っていたのだった。

「そういや睦月君。ちょっと、言っておかなきゃいけない事があるんだが」

「? はい」

「実はよ、少し前に研究所ラボの中で配置替えがあってな。宛がわれてる部屋も結構入れ替わっ

ちまってるんだ。確か博士も、その内だったと思う」

「そうなんですか……」

「ああ。だから前みたいに自分で歩いていくのは無理だ。迷子になっちまう。今博士に直接

連絡取ってるから、話しな」

 はい。睦月は頷いて、警備員らに招かれるように守衛室に入った。

 内線はちょうど繋がった所らしい。若い警備員が二言三言向こうとやり取りし、こちらに

気付くと受話器を渡してくれる。

「……もしもし」

『もしもし? 睦月? ごめんねー、すっかりメールするの忘れてたのよ。新しい部屋がこ

れまた難儀な所でねぇ……息子であってもホイホイ入れるセキュリティ強度じゃないのよ。

だから、これからそっちに迎えを遣るわ。はぐれないようについて来て。──冴島君、お願

いできるかしら?』

「──っ!?」

 だから、内線の向こうで母・香月がそう同席しているらしいその人物の名を呼んだ時、思

わず睦月は身を強張らせていた。

(冴島さんか……)

 じゃあ待ってるね。母からそう言われて、電話を切る。

 ゆっくりと振り返った。警備のおじさん達が、小さく頭に疑問符を浮かべている。

 気が重い。

 ……正直、あまり二人っきりにはなりたくないのだけど。


「やあ、お待たせ。久しぶりだね。睦月君」

 警備員の皆に研究所内に通され、硝子と無骨な丸柱のロビーで待っていると、その彼は姿

を現した。

 すらりと高い、少し痩せ気味の長身に薄眼鏡、やや癖っ毛のぼさついた髪。

 冴島志郎。母と同じこの研究所ラボに所属する研究員で、部下だ。年齢は確か三十代半ばだっ

たと記憶している。引っ掛けた白衣がこれまた結構似合っていて、飾らぬワイシャツ姿とナチュ

ラルな優しい微笑みがその人の良さを物語っている。

「……お久しぶりです。冴島さん」

 しかし、正直睦月は彼が苦手だった。母の部下という事で過去何度も面識があるのだが、

未だに彼と一対一で話そうとすると要らぬ緊張ばかりが出てしまう。

 理由なら……判り切っている。

 彼は母に想いを寄せているからだ。それも、自分が知っている限り、かなり真面目に。

 実際、母はこれまで何度もアプローチを掛けられたようだった。だがそれでも母はのらり

くらりとかわし、良き研究仲間としての付き合いを続けている。

 おそらくは自分を気遣ってくれているのだろう。或いは本当に再婚する気がないのか。

 だから……だからこそやり難かった。

 母の良き仲間──少なくとも自分自身もその人柄に悪評を持っていない以上、その理由で

以って彼に辛く当たるなんて事も出来なかったからだ。

 努めて冴島は微笑わらっている。何時ものように自分と打ち解けようとしている。

 だが睦月はどうしても緊張してしまう。暫くの間、最初に一言を交わした二人の間に何と

も言えない沈黙が流れる。

「……。まぁ、それじゃあ、行こうか」

「……はい。お願いします」

 冴島は“チームリーダー”たる母の同僚だけあって、研究所内で中々の地位にいる。

 実際、彼は懐から取り出したカードキーで専用エレベーターを起動させ、睦月を目的の階

まで案内してくれた。ぐんぐんと降りる。降りた後は再びこのカードキーと、更に暗証番号

を入力し、何重にもロックされた研究所ラボ深部の扉を易々と開いていく。

(やっぱり、この人には慣れないな……)

 後をついて歩きながら、睦月は間違いなく自己嫌悪に陥っていた。

 冴島さんが悪い訳じゃないんだ。そんな事、分かり切ってる。むしろ“いい人”だ。

 でも、それでも……彼が母に想いを寄せているという事実だけで、そんな理屈が根こそぎ

吹き飛ばされてしまう。もしかしたらこの人は、自分の父になる人かもしれないと、その思

考ばかりがへばり付いて離れなくなる。

 本当の父ではない。そもそも、その人物の顔どころか名前すら知らない。

 だからと言って幼い頃ならいざ知らず、この今の自分に「父ですよ」と言われてすんなり

と受け入れられるのか?

(今まで苦労を掛けてるし、母さんには幸せになって欲しいけど……)

 肝心の当事者である母自身も、煮え切らない。だからこそ余計に、決められない。

「……母さん、どうですか?」

 故に睦月が場を持たせようと何とか紡いだ言葉は、非常に曖昧なものだった。

 それでも冴島は肩越しに振り向いて微笑わらう。気のせいか天井も低くなってきたような通路

の中で、彼は迷いなく語る。

「相変わらずの仕事中毒だよ。最近は特に大口のプロジェクトが動いてるから、いつも以上

に働き詰めでね……。正直心配だったんだ。ありがとうね、睦月君。香月さんも、これで少

しはリラックスできると思う」

「……だと、いいんですけど。荷物を届けるなら、別に郵送でもいいんですし……」

「でも毎月こうして足を運んでくれてる。そうだろう? 喜んでるさ。すっごく。あの人は

研究以外になると不器用な所があるから高めテンションでも装わなきゃ、中々君に伝えられ

ないんだけどね」

「……」

 嗚呼、本当にそうだ。そして貴方は、何でそこまで母を知っているんですか。

 やはり睦月は居た堪れなかった。彼が悪い訳じゃない。ただ、彼と一緒にいるこの空間が

苦手だったのだ。

 自分だってはっきりと認識したのは、だいぶ物心ついてからだ。

 母は普段、割と明るく振る舞っている事が多い。だけど本当は凄く無理をしている。

 本来はもっと情熱パッションの人なのだ。なのに自分の──大切な人の前では、そうした一面が見せ

てしまう脆さを必死に隠したがる。

 単に母の顔がみたいからだけじゃない。

 自分が毎月わざわざ食料などを渡しに来るのは、そんな彼女の本質を忘れない為だ。

 自分は恵まれているのだという錯覚──その陰で、たくさんのものを背負い込んでいる人

がいる。その事を忘れたまま、自分は笑顔でいたくない。

「……そう、難しい顔をしなくていいんだよ。香月さんも分かってるから」

 だから苦しい。結局見透かされているようで、悔しい。

「あの人、一旦集中し出すと寝食も忘れちゃうからさ……僕らも心配なんだ。時々、まるで

研究に没頭することで壊れないようにしているように見えて、放っておけないから」

 だから息子の君が来てくれるだけで、きっと彼女は救われている。目一杯寄り添ってあげ

てね? と彼は言う。

 はい──。睦月はただ、そう短く答える事しか出来ない。

 部屋の前に立つ。一体誰が誰の為に想っているのか、分からなくなる。


「──なぁ、あいつら誰だ?」

「え? 何処?」

 一方睦月達は知る由もなかった。時を前後して守衛室を、この第七研究所ラボを遠巻きに眺める

人影があったことを。

「ほら、あそこ」

「……ああ、本当だ」

研究所ラボの関係者じゃ……なさそうだな」

 不審者。警備員達がひそひそと確認し、取り敢えずと二人が守衛室から出て行く。

『……』

 沈黙。相手は三人。

 不気味なまでに、生気に乏しい男達だった。

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