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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-65.Because/選別への前奏曲(プレリュード)
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65-(1) 蛻(もぬけ)の殻

 海沙のビブリオと真弥のガネット。探査能力に優れた二人のコンビネーションで割り出さ

れた、淡雪が囚われていると思われる地点へ、冴島や國子以下各々のコンシェルと同期した

リアナイザ隊の面々は突入を試みていた。

 現場は街の中心部からは少し離れた、今は使われていない二階建ての作業場。

 冴島のジークフリートと國子の朧丸を先頭に、正面入り口の閉じたシャッター前へと面々

が左右に分かれて息を潜める。磨りガラスの嵌まった裏口には、仁のグレートデュークと旧

電脳研究の仲間達、海沙・宙及び一部の隊士らが万一に備えて包囲を固めていた。

「……」

 外から耳を澄ませる限り、中に誰かが居るような気配はしない。

 とはいえ油断は禁物だった。冴島がじっとこちらを見ている國子達に目配せをし、立てた

指で無言のカウントダウンをする。仁達の方も司令室コンソール経由で映像を貰い、タイミングを合わ

せると一斉に作業場の中へとなだれ込んで行った。

『っ──!』

「あ、あれ?」「いない……?」

 しかしである。張り詰めたまま、意を決して突入した一行だったが、内部はしんと静まり

返って強襲への反応も無い。めいめいに同期したコンシェル姿、得物を構えて三百六十度を

警戒するものの、一向に敵が姿を見せることはなかった。

 数拍、数十拍。待ち伏せを想定して、暫く外向きの円陣を維持してはみたが、やはり何も

襲ってくる様子は無い。

『もしかするととは思っていたが……。一歩遅かったか』

「だろうね。藤城さん共々逃げられてしまったか」

 やがて一部始終を映像越しに見ていた、司令室コンソールの皆人が、そう静かに眉を顰めた仏頂面を

浮かべて言う。冴島や國子、裏口方向から合流してきた仁達現場側も同様の結論に至ったら

しい。

 少なからぬ面々が盛大に溜息を吐き、陣形を緩める。ゆっくりと、その円を拡げるように

奥へ奥へと足を足を踏み入れてゆく。

「例の“合成”個体達が現れた時点で、向こうは既に彼女を連れ出す算段をつけていたので

しょう。釣り出せたと思っていたのは、単純に時間稼ぎだった可能性も高そうです」

「……えっと。じゃあ、私達は残っていた方が良かった?」

「どうだろうねえ。実際にこっちへ来るまで、待ち伏せてるかどうかも分からなかった訳だ

し。今回は空振りだったけど、戦力を減らしてたら畳みかけられてたかもしんないよ?」

『そうですね……。私と青野さんとで、もっと詳しく判れば良かったんですけど……』

「いやいや。セントラルヤードからここまでの距離を、ピンポイントに絞れる時点で大分す

げえからな? そうじゃなきゃあ、夜通し駆け回ったとしても終わんねえよ」

 隊士達の牛歩警戒を視界に留めつつ、海沙や宙、通信越しの真弥に仁らが互いをフォロー

し合うように語る。音声の向こうでは、尚も彼女がモヤッとして黙り込んでしまっていたよ

うだが、仁の宥めは事実である。いくら調律済みのリアナイザとはいえ、全てのコンシェル

が彼女達のような感知範囲を有している訳ではないのだから。

「それでも……何か手掛かりはある筈だ。何でもいい、藤城さん達が此処に滞在していたと

いう痕跡を探すんだ!」

『了解!』

 そして冴島の指示で、面々は本格的に散開し、作業場内を隈なく調べ始めた。

 何者かが滞在していた──まだ真新しい、棚や椅子を動かしたと思しき跡や、一部隊士達

が持ち込んだ計器でデータを取り、司令室コンソールの萬波や香月へと送る。

 物理的な跡の画像やそれらの分析により、アウター達のエネルギー反応が僅かに残ってい

ることが判明した。ただ萬波達によると、それも残り香のようなもので、個々の判別までは

難しいという。

「……そうですか」

『ええ。時間と共に反応は薄れてゆくものだから、ある程度時系列は推測できるけど……』

『肝心の彼女、藤城君の証拠にはならないな。せめて、この反応を残した個体が拉致の黒幕

であれば、間接的な裏付けとなるがね』

 手に入り得る情報はここまでか……。

 面々が引き時かと考え始めていた、ちょうどそんな最中だった。ふと音も無く外から新た

な気配が近付いてきたかと思うと、一斉に振り向く面々の下へ、一人の見知った人物が姿を

見せた。こちらへと合流してきたのである。

「──間に合わなかったか」

 黒斗だった。ユートピア・アウターの怪人態ではなく、人間態の執事として。おそらくは

探していた淡雪を慮ってのことだろう。尤も、作業場内の様子と面々を見、すぐに状況は察

したようだったが。

「あっ……。黒斗さん……」

「す、すみません。彼女はまだ──」

「解っている。となると、奴らはどのみち時間稼ぎの駒だった訳か……」

 或いは、あの時筧兵悟達に丸投げしておけば? ばつが悪そうに返す海沙や隊士らへの返

答もそこそこに、彼は気持ち視線を逸らして思考を巡らせていた。つまりは悔やんでいた。

 ぶつぶつ。対策チームかれらと再び共闘すれば、淡雪に更なる危険が及ぶと判断したのは自分で

あるものの、その慎重さが寧ろ仇になってしまった可能性は否めない。

「……黒斗さん。“合成”個体達との戦闘は、我々も把握しています。作業場こちら側の敵戦力な

いし能力が不透明である以上、奴ら二体を背後に挟撃を食らうのは悪手だった筈です。貴方

の判断は賢明だった。最悪、彼女を巻き込む乱戦にもなりかねなかった……。違いますか?」

「……」

 そんな彼の様子を観察していたからか、ややあって國子──が同期した朧丸が気持ち一歩

前に進み出て言った。淡々と、それでも彼女は彼女なりに、彼への信用が元より十二分にあ

るとの前提で励ましの言葉を紡ぐ。同時にそれは、他の仲間達にも共有しようとした状況の

整理でもあったのだろう。

「それに……。私達を信じてくれたからこそ、一旦こちらを任せてくれたのでしょう?」

 普段あまり感情を表に出さない彼女には珍しい、そんなちょっと当て擦るような表現。

 当の黒斗を含め、冴島や仁など、場の何人かが正直驚いたように目を丸くしていた。或い

はこちらとの共闘に頑なな彼を、この辺りで口説き落とせないかと試みたのか。

「……。さてな」

 結局当の黒斗は、何も答えずに踵を返した。すぐにでも淡雪を、再走査をして追い始めよ

うとしたのだろう。

「っ!? なっ──!」

「こ、これは……。拙い……!」

 だが、次の瞬間だったのである。彼の背後、作業場内に残っていた冴島や國子以下リアナ

イザ隊の面々が、突如何かに動揺したように苦しみ出す。

「──?」

 黒斗もその異変に気付き、怪訝に振り返った。

 ザリ、ザリッ。まるで干渉を食らって電波が悪くなるように、面々が同期していた各コン

シェル達の姿形が、ノイズと共に崩れては消えてゆく。

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