65-(0) 有名無実
「──喰っていいぞ、相棒」
睦月達が、ボックス及びサウンドとの再戦に臨んでいた同日の夜。とある路地裏の一角に
て、七席の一人・グリードとグラトニーは、街に隠れ住む個体達に召集を掛けていた。
蝕卓の名をちらつかせ、恭順の意を示さない──躊躇った者は、容赦なくグラトニーに喰
わせて“処分”する。樽のように丸々と太った巨体と、大顎の怪人態に噛み砕かれる同胞を
目の当たりにし、二人に捕捉された個体達は真っ青に震え上がっていた。片や彼らと同じく
人間態のままのグリードは、寧ろそんな光景に静かな薄笑いすら浮かべている。
(うん……?)
ちょうど、そんな折の出来事だった。グリードはふと馴染みの気配を感じ、くいと一人視
線を仰ぐ。相棒は目の前の個体達に夢中になっていて気付いていなかったようだが、じっと
目を凝らしてみると、ビル群の合間から覗く夜闇に薄く力場が拡がっているのが判った。黒
斗こと、ユートピア・アウターのそれである。
(ラストの奴、何やってんだ……?)
目下、自分達七席がシンに命じられているのは、市中に散らばって久しい全個体への接触
と召集だ。ずっと彼の近くでその動向を見てきた自分達は勿論、街に潜んでいる他の連中と
て、今回の大号令が意味するところを大なり小なり理解している筈である。
そんな状況下で、ああも“目立つ”力の使い方をすれば、連中に勘付かれてしまうではな
いか。隠れられたらその分、余計に駆け回されるのは自分達だというのに……。
「……」
そもそも、ラストだって例外じゃない。グリードは独り、静かに舌打ちする。
今回の召集、その「実施」までにシンの期待に応えられなければ、自分達七席であっても
同じく“用済み”とされてしまうことは、奴も解っている筈だ。
以前のように、悠長に市中へ個体を撒く──彼の望む結果を待つことも難しくなった。そ
れも全ては海外組がしゃしゃり出てきたせいだ。リアナイザを禁制にしてしまったからだ。
いや……本を正せば七席側、プライドの油断なのか? 今となってはもうどちらであろうと
大差ないが。
(まあ、始めっから仲良しこよしの集まりでもねえがよ……。どのみちこのままじゃあ、俺
達は確実に“詰み”だ。こっちもこっちで、動かなきゃなんねえ)
大きく分けて、残された選択肢は三つ。
一つはシンの期待に応えること、だが……できる見込みがあればそもそも苦労しない。
二つは逃げる。これも論外。他の奴らと同様、刺客を送り込まれてジ・エンド。最悪他の
七席や海外組が出張ってくる可能性さえある。
最後の三つ目は、あくまで抵抗する。正直言って成功率は可能性レベルなものの、元より
自分達が“駒”扱いであることは解っている。何も抵抗しないまま使い潰されるよりは、一
矢報いてやるのも一興。性分としても、その方がよほど積極的で好きだった。
「──グラトニー。そろそろ、次行くぞ」
じっと頭上の夜闇を仰いだまま、暫しむすっとしていた表情。
だが次の拍子には、グリードはふいっと普段の不敵な笑みと雰囲気に戻ると、尚も同胞喰
いを続けていた相棒に声を掛けて終わらせる。
「あ……、がっ……」
「た、助……かった?」
ビクビクと、すっかり戦意を失くし、腰を抜かしている残りの個体達。
するとグリードは、彼らの間を縫うように一人歩き出すと、そんな彼らの肩をポンポンと
軽く叩きながら路地裏の向こうへと進んでゆく。グラトニーも、ハッと我に返って人間態、
巨漢の肥満男に戻ってその後を追うように身体を揺らした。呆然と、数拍糸が切れたかのよ
うに立ち尽くしていた個体達も、刹那めいめいに正気を取り戻す。
(何にせよ、こっち側にも“駒”が要る。駒には駒の、やりようってモンがある)
一連の召集任務は、彼にとってその手を講じる機会でもあった。
良くも悪くも、最初からずっと自分の後をついてくる弟分を始め、グリードは着実にその
準備を進めていた。暗がりに紛れ、不敵な笑みを浮かべるも、その歩みは徹底して周到であ
り続けた。
(タダじゃあ転んでやらねえさ)
(俺は──“強欲”なんでな)




