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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-64.Parents/生んだ子らに望むこと
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64-(7) 逆賊(てき)は何処だ

 時を前後して、首都集積都市・東京。

 人々の多くが眠りに就く夜更けになっても、公官庁の入るビルの明かりは消えない。海之

が勤める、政府法務省庁舎のフロアもその一つだった。

「──大臣達が、飛鳥崎に?」

「ああ。ここ何日か、国会に出席してでて来てもなかったろう? それで嗅ぎ回ってた奴の一人

が、ようやく掴んだ情報らしい。……本当、暇を持て余して何よりだぜ」

 フロアに詰める殆どの官僚達が帰宅してしまった後も、海之は急に入った議員からの要請

で関連法案を調査、回答文書の作成に追われていた。そうした中でふと、同様な理由で超過

勤務を強いられていた同僚の一人から、期せずして梅津・小松両大臣が現在飛鳥崎に滞在し

ているとの噂話を聞き及ぶ。

 すっかり人が疎らになったまま、煌々と照明が灯る室内。

 自身のデスクでノートPCを叩いていた海之が、訝しげにこの同僚へと振り向いた。彼は

やれやれと仰々しくそう皮肉を交えるが、妙に楽しそうでもある。……要するに、根を詰め

続けてしんどくなったので、サボりたいのだろう。

「……そうか」

 二人が外出していることは既に知っていたが、よりによってあそことは。普段は仕事が忙

しいため中々暇が取れないが、何時だって自分は故郷のあいつらを想っている心算でいる。

 言って、ちょいちょいっと小突いてくる、この同僚。他にも噂話が始まったと、何人かが

小休止がてらに集まってきた。作業の邪魔だ──海沙はムスッと眉間に皺を寄せていたが、

彼らがそんな機微に気付く筈もない。

「そうか、じゃねえよ。あそこはお前の生まれ故郷で且つ、妹さんも例の有志連合の隊員な

んだろう? 何より弟分が、あの守護騎士ヴァンガードだっていうじゃないか」

「しかも小松大臣の隠し子とまできたモンだ。今回のお忍びだって、何か目的があると睨ん

だ方が自然だろう? 青野、お前何か聞いてたりするんじゃねえの?」

「……」

 どうやら同僚達からは、自分にもっと大きなリアクションを期待されていたようだった。

 しかし海之はだからこそ冷静であろうと努め、一度大きな嘆息こそ吐いたものの、再び眼

前の居残りタスクを片付けようとキーボードを叩き始める。猛スピードで流れてゆく文面、

傍らに積み上げられた各種法令集。それでも現実、彼という人間の本質は、熱い魂のそれで

あることを彼らは忘れてはならなかった。

「……知っていれば、そんな危ない橋など、そもそも渡らせはしなかった」

 淡々と。されど有無も言わさぬような暗い凄み。同僚達は、その真剣調マジトーンな返答に思わず我

に返り、めいめいに押し黙ってしまっていた。

 守護騎士ヴァンガードになったこと? 正体を明かした後も戦い続けていること?

 おそらくはどちらの段階についてでもあるのだろう。並行処理の如く、流れる画面上の文

章を目で追いながら、海之は前回の帰省を含めたこれまでの記憶を思い返す。

(海沙、睦月、宙……。お前らはどうしてそう、俺を置いて突っ走ってしまうんだ?)

 有志連合こと、アウター対策チーム。そんな危険極まりない組織に妹達が参加していると

知った時もそうだったが、報道で睦月があの小松大臣の息子であると知った時も、海之は内

心激しいショックを受けていた。

 よもや、あいつも始めから知っていた訳ではなかろうが……。

 出立の折、自分も可能な限り力を貸すとは約束した。ただ実際問題、自分はどれだけあい

つらを助けられるのだろう? 父や母からも、時折断片的な話しか聞き出せてはいない。

「ま、まあ……そりゃそっか。ただ今回の大臣の訪問は、何でも別件らしいぜ? 飛鳥崎へ

飛び出しちまった娘さんを、連れ帰る為なんだと」

「何……?」

 故に、海之は再びこの噂話をする同僚の方を見遣った。場の他の面々も、少なからず驚い

ている。ずいと、興味をもって身を乗り出している。

 小松大臣の娘──睦月にとっては腹違いの妹になるのか。彼女が異母兄あにの存在を知って、

会いに行ったということか?

 モヤモヤと脳裏に疑問符を浮かべ、そしてあまりに無謀だと思うその行動に内心頭を抱え

る。自分も他人のことを言えた立場ではないが、万一身に危険があったらどうする心算だっ

たんだ……?


『海之さん』

『付かぬことをお聞きしますが、今回の帰省もとい名目上の出張について、他に把握してい

る人間はいますか?』


 次の瞬間だったのだ。ふと海之の記憶の片隅で、以前皆人から投げ掛けられた問いが再生

される。勿論、何人かはいた。決裁を貰った上司。シフトの融通や申請を出す際に、こちら

のそれを話したり、聞き耳を立てていた筈の一部同僚……。

「お゛うっ!?」

 するとどうだろう。直後彼はガタン! と急に席から立ち上がると、それまでこの一連の

噂話をしていた同僚へ向き直り、胸倉をぐいと掴んで引き寄せたのである。

「あ、青野!?」「何を……?」

 生来どちらかと言うと不愛想、見る人が見れば怖いと感じる側の表情かお

 だがそんな自身の人相も、掴まれた当人の困惑も気に留めず、海之は威圧気味な至近距離

と声色でもって訊ねる。

「おい」

「その情報リーク、誰が出元だ?」


 闇は様々なものを視えなくしてくれる。人の気配も、微かな光も。

 その夜、健臣や梅津の不在を狙い澄ましたかのように、首相官邸や小松邸、或いは梅津の

自宅へと忍び寄る影達があった。

 人型ではあっても人ではない、電脳の生命体・越境種アウター

 そんな武装した怪物らの集団を、この日手引きした人物がいた。暗闇より何処からともな

く現れ、合流する彼らを、同じく薄暗い遠い別室からモニタリングしている一味がいる。

『……』

 反三巨頭派の筆頭格・桜田議員と、彼を中心としたグループだった。

 寝静まった夜更けに一気に攻め入り、政敵てきを殺す。奴らがくたばれば、この国は健全な姿

へと変わってゆける……。彼らはそう信じて疑わなかった。

「さあ、始めるぞ」

「この国を──取り戻す!」

                                  -Episode END-

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