64-(5) 多重走査網
その日の日没後、睦月達対策チームの面々は、セントラルヤードの管理棟屋上へとやって
来ていた。予め示し合わせての集合場所。程なくして真弥や健臣、梅津といった政府側の滞
在組も姿を見せる。
「待たせちまったな。夜とはいえ、人目を避けながら出歩くのは骨が折れる」
「大丈夫ですよ。こちらも周辺の警戒は怠っていないつもりです」
文武祭──パンデミック・アウターの事件が記憶に新しいのか、面々の様子は総じて緊張
気味に見えた。真弥も、持参したガネット入りのデバイスと調律リアナイザを胸元に抱き、
これからやろうとすることに不安を覚えている。司令室から作戦を見守る皆人や、香月・萬
波ら。現場でチームの代表を務める冴島も、応じる姿こそ朗らかだが、内心正念場であるこ
とは重々理解しているだろう。
昼間の内に手を回し、今夜セントラルヤードはその全域が貸切状態だ。即ち人払い。周辺
住民に不審がられず、且つ街の中央に位置しているこの施設は、淡雪や敵の居場所を探るに
はもってこいのロケーションだった。
(……理屈は解る。だけど)
真弥を、ガネットの探知能力を貸して貰おうと声が掛かったのも、そうした目的の為。
正直健臣は、父としてあまり乗り気ではなかったが、結局娘本人の意向に押し切られた。
「その……付き合わせちゃってごめんね? 折角安全になった矢先に」
「い、いえ! 今度こそ力になってみせます! 頑張ります!」
「──」
睦月と真弥、二人の我が子のやり取りを気持ち遠巻きから見つめ、押し黙る。
父として。何と身勝手な言い訳だろう。少なくとも息子の方は、自分がそうだと判る前か
ら、ずっと電脳生命体達と戦ってくれていたというのに……。
『さて。そろそろ始めよう。打ち合わせ通り、今回の目的は藤城淡雪の救出及び、彼女を拉
致したと思われる例の“合成”アウター達の討伐だ。場合によっては、蝕卓本体も干渉して
くる可能性がある。その際は人質救出を優先して動いてくれ』
「うん」『了解!』
大まかな作戦はこうだ。飛鳥崎のほぼ中央、此処セントラルヤードを起点として、海沙の
ビブリオ・ノーリッジの検索能力とガネットの感知性能の合わせ技を展開──索敵の精度や
範囲を底上げして捜すというもの。
人間もアウターも、現状市中にはごまんと居る。だが地図と照らし合わせて、普段日常の
営みとは縁遠いエリアに前者の反応があれば、淡雪が囚われている場所である可能性が出て
くるだろう。後者ならば、そこを警戒している敵だと判る。全体の数は、それこそ膨大にな
ってゆくだろうが……そこは二人のコンシェル達の性能次第。ヒトのそれとは比べ物になら
ないその演算能力の高さなら、少なくとも消去法で多くの不確定エリアを絞れる筈だ。
「じゃあ真弥ちゃん。私とビブリオの範囲に合わせて」
「はいっ!」
お互いに調律リアナイザからビブリオとガネットを呼び出し、力場を拡げる二人。特にガ
ネットの側は、事前に対策チームから提供された、件の“合成”個体達の波長データを読み
込んである。むむ……。軍服姿の少女型コンシェルが、ファンタジーな司書型コンシェルの
隣で意識を集中させている。準備を整え、早速飛鳥崎全域へと、その走査の網目を拡げよう
としている。
「……なあ、三条。今更聞くのも何なんだけどさ、藤城先輩も奴らも、もう街の外に出ちま
ってるんじゃねえのか?」
「だよねえ。向こうは黒斗さんも敵対し始めたって把握してるだろうし、監禁先の一つや二
つ動かしてそうなモンだけど」
『かもしれないな。だが、初手で範囲を拡げ過ぎても埒が明かない。先ずは近場、市内を順
に潰してゆくべきだろう』
そんな彼女らの、真弥の真剣な横顔を少し離れた位置から眺めながら、仁や宙は通信の向
こうで待機している筈の皆人に問うた。順当に考えれば、状況が不明から判明に変わった時
点で“蝕卓”側も何らかのアクションを起こしていそうなものだが……現状そういった情報
まではこちらに届いていない。皆人は例の如く淡々としていたが、二人からの指摘に否定は
しなかった。どちらにしろ、淡雪解放は時間との勝負だ。
「なら皆人、僕とパンドラも加わった方が良いんじゃない? ホーク・コンシェルを着て飛
べば、それこそ直接街中を探せる訳だし……」
『いや。お前は奥の手だ。目星が付くまで、体力を温存しろ。ただでさえお前は、昼間散々
にやられて病み上がりなんだ』
更に睦月が、異母妹や幼馴染の姿を視界の端に映しつつ、少々じれったい風に言う。だが
皆人はあくまで慎重だった。曰く解放に向かう段階となれば、例の個体達との交戦は避けら
れない。一度戦闘データを採ってあるとはいえ、指揮官としては万全の状態を保っておきた
いと。
『……それに、今回や一連の流れ、どうも気になる』
「気になる?」
『ああ、一つ。何故“今”になって、牧野黒斗が“蝕卓”に狙われ始めたのか? 仮にも奴
は組織の中でも幹部クラスだ。今回の脅迫からの強襲……まるで切り捨てることを前提とし
た動きだった。俺達や、筧刑事らとの戦いが激化する中で、わざわざ自軍の頭数を減らすよ
うな真似をするメリットは無い』
「まあ……それはそう、だね」
『もう一つ。“蝕卓”の目的とはそもそも何なのか? 個体を散々市中にばら撒いてきたか
と思えば、今度は自ら摘むような真似をする。未だデータは不揃いだが、事実司令室で観測
した範囲でも、奴らの反応数が減少傾向にある。その分、今回青野や真弥嬢の走査もし易く
はなるだろうが』
親友且つ、自分達対策チーム司令官の思弁と疑問。睦月達は心持ち目を見開き、暫くその
内容に耳を傾けていた。言われてみればそうだと、今になって思う。
とにかく自分達はこれまで、目の前の越境種という脅威を、只々倒し取り除くことばかり
に苦心してきた。ではその為に、真に必要なことは? 根本的に、奴らの目論むセカイとは
何なのか?
『──ともあれ、今回の“仲間割れ”で牧野黒斗を完全にこちら側に付けられれば、事態は
大きく進展する筈だ。幹部クラスの一人として、奴は少なからず内情を知っている。これま
で推測しか出来なかった連中の目的も、聞き出すことが出来れば明らかになる』
「えっ……? まさか皆人、そんなことまで考えてたの?」
『お前こそ。やはり何も無しに、助けようとしていたのか……』
そう、妙な所で驚く親友に対し、案の定かといった様子で呆れている皆人。
その間にも、ビブリオとガネットによる走査網は拡がっていた。夜の街、見渡す限り遠く
のネオンの光一つ一つに、その探知能力が覆い被さる。
「三条君。大体街の全部に行き渡ったよ!」
『やはり反応自体はたくさんありますね。司令殿、先ずは何処から潰していきましょうか』
「えっと……。セントラルヤードを境にして、西側が昔からの住宅街。東側がお役所と、藤
城さんのお屋敷があるエリアでしたっけ?」
「ああ。それぞれ南北にズラしつつ調べてみるといい。山がデカいほど、細かく区分けして
洗ってゆくのが捜査のコツだ」
海沙と真弥、或いはガネットから睦月達へ声が掛かる。梅津らも油断なく周囲の警戒を行
いながら、一見すれば常人には視えない夜の街並みを見下ろしていた。
事件の推移と作戦の目的を考えれば、街の東側、淡雪の元居た地域から洗ってゆくのが順
当だが──。
『西側から頼む。例の“合成”個体達の反応があれば教えてくれ』
「えっ?」
しかし対する皆人は、ガネットからの問い掛けに寧ろ逆側のエリアを優先するよう指示し
た。睦月達や真弥、梅津・健臣ら現場の面々も、一瞬その返答に疑問符を浮かべる。
「皆人、藤城先輩を捜すんじゃなかったの? そりゃあ奴らも、先輩の近くにいる可能性は
高いけどさあ……」
『ああ。両方捉えられれば一番だがな。ただ天ヶ洲や大江が言っていたように、牧野黒斗の
失敗を受け、市外に移された可能性も高い。加えてヒトは、アウターよりももっと判別し難
いんだ。数が多いし、多彩だからな』
そんな睦月達の戸惑いに対し、皆人は努めて冷静に述べる。ある意味“画一的”とも言え
るアウター達の方が、数を捉えるには早く済むのではないか? と。
「それに彼女を捜しているのは、何も俺達だけじゃないしな」
「──」
セントラルヤードとは別の、とあるビルの屋上で。
夜の飛鳥崎を独り静かに見下ろしながら、黒斗は自身の力場を最大出力で展開していた。
能力が持つ掌握の領域。無数のネオンと夜闇の中から、彼は淡雪というたった一粒を見つけ
出すべく真剣な面持ちを湛えている。
「……お前達か」
「それだけ露骨に力を使ってりゃあな。見つけ出すのはそう難しくはなかったぜ? まあ、
こいつらが少々ビビっちまってはいたが……」
そんな彼の下へ、ふと次の瞬間足を運んで来たのは、筧・二見・由香の三人だった。肩越
しにチラリと、殆ど抑揚のない声で向けられた言葉に、彼らはそれぞれカード型の待機状態
なトリニティ達を手に示す。赤・青・黄。常人には察せぬ黒斗の力場も、同じアウターの嗅
覚さえあれば造作もない。
「……それで? 改めて私を殺しに来たのか?」
「止せやい。今はまだ、な……。あの娘を捜してんだろ? 俺だって元刑事だ。市民が誘拐
されたと判ってるのに、捨て置いてお前をぶちのめすことを優先するほど、堕ちちゃあいね
えよ」
肩越しの視線がより明確に。
黒斗が向けていたそれ、殺気が筧達に移ろうかとした寸前、当の本人がこれを否定した。
二見と由香もうむ、コクコクと頷いている。事情は埠頭公園から帰った後、彼から聞き及ん
でいるようだ。あくまでこちらに顔を出したのは、淡雪救出の糸口を得る為と見える。
「それにお前にとっても、彼女は大切な存在なんだろう? ここはお互い、一時休戦といこ
うじゃないか」
或いは彼女の救出に一枚噛み、彼から蝕卓についての情報を引き出そうという魂胆か。黒
斗はじっと目を細めて筧達を見つめていたが、結局自ら仕掛けようとはしなかった。代わり
にややあって、ふいっと共に夜空を──頭上を見上げる。
「だがまあ……。今はあいつらを絞めるのが先だな」
『──』
敵は既に現れていたのだった。
同じく彼の力場に気付いて現れた、立体カートゥンとDJ風。最初から怪人態となって殺
る気満々の“合成”個体二人が、前者の箱型結界を足場代わりに展開し、空中からギロリと
こちらを見下ろしていたのである。




