64-(3) 淡雪、その後
自身が長く意識を手放していたことにさえ気付かず、再びそれが戻って来た頃には、淡雪
は見知らぬ場所に閉じ込められていた。
何処かじめっと薄暗い、施設のような室内。手足を縛られ、口にテープを貼られて拘束さ
れている身体。
正直彼女は混乱したが、一方で暴れたがる衝動を自制するだけの理性は保っていた。或い
は己が身に起きた事象よりも、先ず去来する思いがあったからか。
(……? 此処は一体? 私はどうして、こんな事に……?)
下手に抵抗して物音を立てれば、自分を攫ってきたであろう犯人が気付く恐れがある。
淡雪は一度、静かに深呼吸して己を落ち着かせると、憶えている限りの記憶を辿りだす。
『あら? どうしたの、黒斗?』
『すみません。家の鍵を落としてしまったようで……。予備などはありませんでしたか?』
確か彼が出掛けて、妙に早く戻って来たなと思ったら、そう申し訳なさそうに頼んできた
んだっけ。
いつも生真面目で、しっかりしている彼にしては珍しい──私は内心、クスッと微笑まし
いぐらいだったけど、それはそれ。これはこれ。確かに合鍵を失くしてしまっては不便だも
の。特にここ暫くは、帰りが遅くなりがちなようだったから。
『あらあら……ちょっと待っててね。まだ一・二本あったと思うのだけど。でも、落とした
方を誰かに拾われていても怖いかしら……?』
そうだ。確かそのまま彼を迎え入れて、私はその足でパタパタと家の中へ──玄関に立っ
たままの彼に背を向けて。直後、いきなりうなじ辺りに痛みが走って、気を失って……。
(あれは、黒斗じゃなかった……?)
思い出しように改めて自身の首の後ろ、殴られたと思われる箇所を気にしながら、彼女は
眉間に皺を寄せて戸惑っていた。
彼が、私にあんなことをする筈がない。だったら本物の黒斗は? 彼に何があったの?
ちょうど、そんな時だった。淡雪が囚われていた壁際、暗がりと物陰の向こうで、何やら
声が聞こえてくる。一人? いや複数。もぞもぞと体勢を変えて、何とか隙間から覗き込め
る位置へと移動してみる。
「──守護騎士達とラストに逃げられた?」
「はい……。申し訳ございません」
「途中、例の獅子騎士、筧兵悟が割って入って来まして……」
物陰の向こうで話し込んでいたのは、一人の老人だった。彼は立場的に上らしく、向かい
合って何やら報告している二人、カールした金髪の男と茶髪のサングラスの男から詫びと弁
明を受けている。立体カートゥンとDJ風、二体の“合成”アウター達の人間態だ。
(守護騎士……佐原君のことね。ラストって、誰かしら? 逃げられたってことは、あの人
達は電脳生命体? 私、何で攫われたの?)
睦月の正体は、淡雪も文武祭での一件以降既に知っている。もう一人の名には心当たりは
なかったが、次ぐ筧の名には憶えがあった。
確か中央署の刑事さん……。今はもう辞めてしまったそうだけど、彼が噂になっている、
佐原君達以外の対抗勢力? 立場は変わっても、彼は今も電脳生命体達と──因縁の相手と
戦い続けているのね。
(……それよりも今は、この状況を何とかしなきゃ。手足も縛られてるし、逃げられるかし
ら? 黒斗は一体何処に? 彼らのことも、伝えないと……)
ただ現状、自分が得た情報はあくまで断片的で、推測の域を出ない。何よりも先ず本物の
黒斗と合流することが先決だ。あれからどれぐらい時間が経っているかは分からないが、今
頃は彼も酷く心配している筈……。
「仕方ないのう」
「念の為、手札を増やしておくとするか」
しかしである。淡雪があれこれと思案をしている間にも、老人達──電脳生命体らの企み
は続いていた。どうやら彼らは睦月達を襲撃し、尚且つ失敗したらしい。その上で新たに、
また何か動き出そうとしている。
金髪カールと茶髪サングラスに、老人が追加の指示を出し始めていた。
その詳細、彼らの悪意を直接耳にすると、淡雪はじわじわっと目を見開き──。




