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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-64.Parents/生んだ子らに望むこと
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64-(2) 彷徨う感情

「はあ、はあっ……。何とか助かったか」

「まだ油断は出来ないけどね。念の為、各々コンシェル達を切っておこう。奴らの逆探知を

封じれば、これ以上追われる危険性はぐっと減る」

 黒斗ユートピアの転移技を借りること数度。睦月達と筧は、埠頭公園の橋下まで逃れていた。

 忙しなく肩で息をして暫し。仰向けに倒れていたり、半身を起こして座り込んでいたり。

 ひとまず“合成”アウター達は撒けたようで、されど冴島の用心で皆は一旦調律リアナイ

ザの起動を切った。睦月も既に変身を解除し、海沙や宙に介抱されている。パンドラも、デ

バイスの画面内から心配そうに見守っている。

「……」

 ただそんな中、羊頭の怪人くろとだけは険しい様子を崩さなかった。睦月達と同じく相応に嵩ん

だダメージ──肩で息をしながらも、ややあって自らに鞭を打つように立ち上がり、そのま

まフラつく身体で一行に杖を向けようとする。

「止めとけ」

 ザンッ! そんな緩慢な彼の動きを、未だ獅子騎士トゥルース姿のままだった筧が止めた。両者の間

に割って入るように、大矛モードに戻した得物を振り下ろし、ギロリと面貌の中から睨み付

ける。睦月らも、自分達のすぐ傍で再度勃発した剣呑に、思わず全身を強張らせたのだった。

『筧刑事』

「……現状“最大戦力”であるこいつらを、みすみす全滅させちまうのは俺達こっちとしても都合

が悪いんでね。つーかお前ら、気ぃ抜き過ぎだぞ? 目の前にいるのは、他でもない越境種アウター

だってのに」

「それは……」

 司令室コンソールの皆人。或いは黒斗を牽制しつつも、同時にこちらへ一瞥を遣られて、釘を刺され

た睦月達。

 黒斗かれはおそらく、元の指令を──淡雪が助かる道を果たそうとしたのだろう。あれだけボ

コボコにされて、尚も連中の出したと思われる条件に縋る。彼にとってそれほど、彼女とい

う存在が大きいのだと解る。

「で? どうするよ? やり足りないっていうんなら俺が相手になるが……。尤もそっちは

手負い、こっちは万端だ。結果は目に見えてる」

「……そのよう、だな」

 大矛の刀身で遮ったまま、筧は改めて黒斗に問い掛けていた。大人しく矛を収めてくれる

なら良し、そうでなければ忌々しい幹部級を一体潰せる好機といった算段だったのだろう。

数拍フラつきながら逡巡していた黒斗だったが、結局選んだのは前者だった。

 ごちるように応じた深い嘆息。直後杖を下げ、デジタル記号の光に包まれて変身解除──

人間態へと戻ったかと思うと、ドサッと力なくその場に座り込んでしまう。

「……黒斗さん。一体何があったんですか?」

「さっきまでの戦い、今までになかったぐらい鬼気迫ってたモンねえ。だけど海沙が睦月を

庇うのを見て、急に手が止まっちゃうし……逆にあいつらにボコボコにされちゃうし」

「藤城さんの身に、何かあったのですね? 人質、ですか」

「……ああ」

 ようやく交戦の意思が無くなったのを見て、そんな彼に睦月達が一人また一人とおずおず

近付いてゆく。先刻までの加勢や強襲へのプロセスから、皆淡雪の身に異変が起きたらしい

ことは勘付いていた。親友ともに若干茶化しながら言われ、もじもじと恥ずかしそうに口を噤む

海沙。あくまで淡々と端的に、直接黒斗へと問う國子。

「昨日、帰宅すると彼女の姿が消えていた。代わりに私を待っていたかのように、組織の者

が脅迫の電話を掛けてきた。今度こそ守護騎士ヴァンガード達を始末しなければ、淡雪の命は無い、と」

 よほど思い詰めていたのだろう。普段表情が乏しいぐらいに淡々としている印象の彼が、

睦月達へ吐き出すように語る。

 片方の掌で大きく頭を抱え、苦悩する姿。彼の話通りなら、今この時点で蝕卓むこうから出され

条件ミッションは失敗ということになる。

「……なるほど。そういうことか」

 するとどうだろう。変身を解除し、暫く彼の話を聞いていた筧が、一人ふむふむと何か合

点がいったような反応を見せた。

「? どういう事です?」

「そういや、何でまた筧さんは一人で……?」

 睦月や宙、場の対策チーム側の面々も、そんな様子に疑問符を浮かべて問う。筧はちらり

とこちらを見渡したが、かと言ってそこまで隠そうという素振りでもない。

「そもそも俺達は、こいつの“急所”になってる藤城淡雪をマークしようと近くまで来てた

んだよ。張り込みをすりゃあ、何かしら突破口が見つかるかもしれねえってな」

 筧曰く、二見・由香と共に藤城邸を張ろうとしていた矢先、三人は帰宅する黒斗らしき人

影を遠巻きで発見。一度は淡雪が扉を開け、何かやり取りを交わしてから彼を中へと迎え入

れていたのだが……ややあって“黒斗のみ”が家から出てきたのだという。しかも最初は持

っていなかった、大きな鞄を背負って。

「で、妙だなって思った矢先に、カード達こいつらが一斉に唸り出したモンだから、すぐにあの黒斗

は偽者だと判った。自分達が知ってる波長とは違うんだとさ」

「それで額賀と七波君に、アウター絡みの事件をSNSで探して貰ってたら……例の新作デ

バイスの発表会で出現したでたって投稿を見つけてな。急いで追って来たんだ」

「そうだったんですか……」

 懐から取り出したのは、赤・青・黄。三枚のカード状で待機状態を維持している、トリニ

ティ・アウター達だった。真形態トゥルースで出撃・追ってくる際、二見と由香から借りてきたらしい。

 睦月達、或いは通信越しの司令室コンソールからこれを聞いていた皆人や香月、萬波ら対策チームの

面々。今回依頼をした梅津を始めとした政府側滞在組に、真弥やガネット。ようやく一連の

流れが線で繋がり、ある意味で安堵にも似た空気が漂い始める。尤も実際の所は、寧ろこれ

からがスタートラインと言っても過言ではなかったのだが。

「黒斗さんであって黒斗さんじゃない……。もしかしたら俺達が戦った、あの音波野郎じゃ

ないか? グレートデュークで突っ込んだ時、あいつ海沙さんに化けてたろ?」

「あっ……!」

「うん、うんうん! そうだよ! あいつらなら出来る。あいつらが藤城先輩を攫った犯人

だったんだ」

「他の似たような能力持ちって可能性もあるがな……。だがそうなると、あの時のやけにデ

かい鞄は、気絶か何かさせた彼女を運び出す為のカモフラージュだったんだろう。チッ、俺

も勘が鈍ったモンだな」

 淡雪が行方知れずになった一部始終、その方法が期せずして判明した。仁が思い出したよ

うに件の“合成”個体──DJ風のアウターの名を挙げ、海沙・宙も呼応する。情報を提供

してくれた筧は、尚も慎重な姿勢を崩さなかったが、それでも刑事げんえき時代ならば誘拐自体にも

気付いて止めようとしただろうと悔やんでいる。

『……大よそ、事件の形はそんな所だろう。もし音声まで偽装することが出来るなら、黒斗

が聞いた藤城淡雪の声すらも、奴らの演技という可能性もある。本人の居場所を特定される

手掛かりは、極力漏らさないに越した事はないからな』

「でも、そうと分かったらじっと何かしてられないよ。黒斗さん、藤城先輩を助けに行きま

しょう! 僕達も協力します!」

「そうだね。電話口の真偽はともかく、時間が経てば経つほど彼女の身が危ない」

『お、おい。そっちだけで話を進めるな。せめて交換条件に、蝕卓ファミリーの情報提供ぐらい……』

「──」

 しかし事情を、やっと汲むことが出来た睦月達の申し出に対し、当の黒斗は浮かない顔を

していた。数拍の躊躇いと、選ぼうとする言葉。不意に差した勢いへの影に、一同も釣られ

て不安な表情になる。

「……駄目だ。お前達の手を借りれば、また“利敵行為”と見做される。いや、あいつらに

攻撃された時点で、私は見限られたと考えるべきか。ならばもう、彼女は始末されてしまっ

ている可能性も……」

 はたして、彼から返ってきたのは断りの言葉だったのだ。あくまで自分はアウターで、睦

月達はその敵対者。淡雪を守る為に都度下される命令に従ってはきたが、今回とうとうそん

な抵抗も無駄に終わろうとしている。最初に座り込んだままの位置で項垂れ、呟く。その声

には、背中には、まるで生気が宿っていない。

「結局私は……ヒトの真似事をしていただけだ。彼女を、淡雪を……死なせてしまった」

「諦めちゃ駄目です!」

『!?』

 だが、次の瞬間だった。意気消沈。そんな言葉通りの状態だった黒斗に対し、睦月は強く

強く叫ぶと言う。仲間達も、そして当の黒斗自身も驚いたように彼を見ていた。顔を上げ、

半ば困惑したような表情で、更に紡がれる言葉に耳を傾ける。

「少なくとも藤城先輩は……今も助けに来てくれると信じている筈です。あの人は、そうい

女性ひとですよ。そんな先輩だから貴方も、躊躇ったんじゃないんですか? 僕達に止めを刺

そうとして、寸前で手が止まって……。自分を守る為に、貴方が誰かを殺したと知ったら、

きっと悲しむって。悲しませたくないって。だから迷ったんじゃないんですか?」

 切欠を作った側が、こんな事を言うのも何ですけど……。

 少し自虐的な苦笑わらいを末尾に挟んで、睦月は黒斗に語り掛けていた。

 二人との最初の出会い。人間とアウターでありながら心通わせ、本当の主従のようだった

記憶。少なくとも睦月や他の仲間達は、それが作り物であるとは思えなかった。こと淡雪に

関しては、本当に彼を愛していたように思う。

「そうやって迷う時点で、貴方は立派な“人間”です」

「──ッ」

 黒斗の瞳が、明らかに大きく揺らいで見えた。睦月の言葉に、努めて唇を結んで漏れそう

になった声を押し込めながらも、その瞳の奥に芽生えた感情・思考回路はぐるぐると激しく

のたうったように見える。

「……。それでも、お前達と組めば、彼女の命がより危うくなる」

 動揺から鎮静、苦渋へ。それでも尚、黒斗の返事は変わらなかった。仮にまだ人質として

生かされているにしても、この先同じく無事であるという保証は何処にも無いのだ。流石に

睦月達も、彼のそんな頑なさと冷静さに返す言葉が見つからない。どうすれば良いのか? 

次の手を考えている内に、彼は一人立ち上がり、フラフラと踵を返して行ってしまう。

「仕方ねえさ。さて……俺もそろそろ戻るわ。途中で額賀と七波君を置いてきちまったし、

拾いに行かねえと」

 そして更に、筧も遠退く黒斗の姿を見送ってからこちらに告げると、背中を向けながら軽

くひらひらと手を振って去ってゆく。

『──』

 橋下には、睦月達対策チームの面々だけが残された。

 このまま留まっていても仕方ない。結局調査作戦は中断を余儀なくされ、一旦面々は地下

司令室コンソールへと帰投する運びになったのだった。

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