63-(6) プレゼンターズ
ポートランドの一角に広がる、屋外イベントスペース。
この日この場所では、H&Dインダストリによる新型デバイスの発表会が行われていた。
円形ステージ左右の凹み、控え席には、同社幹部クラスと思しき面々、来賓が顔を揃えてい
る。或いは直接足を運んだ聴衆が詰め掛け、発表の一部始終はネット上でもリアルタイムで
配信されている。
時はちょうど、大型スクリーンに映し出されたプロモーションビデオを背景に、東アジア
支社長キャロライン・ドーがステージ上でプレゼンを行っている所だった。
『本日はようこそお越しくださいました。今日という節目の日を、皆さんと共に迎えられる
ことを、我々は光栄に思います』
『今回ご紹介する商品は、原点にして最新。その名も“Type-E2デバイス”です!』
背後のプロモーション映像と綺麗にタイミングを合わせて。その生粋の欧米人スタイルか
らは想像出来ないほど、流暢な日本語で。
彼女が自身の手に持ち、衆目の下に晒したのは、メタリックブラックを基調とした簡素な
デザインの端末。画面には幾つかのプリインストールのアプリや項目群が表示されており、
八方向のスワイプ先に応じて、更に細かく辿れるようになっている。勿論使用頻度が高いも
のはトップ画面、その下部に登録し、ワンタッチで呼び出すことも可能だ。
プレゼンに曰く、従来ユーザーの多くを占めていたカスタマイズ性・AIの自由度を重視
していたコンセプトを、今回は百八十度転換。インターフェイスがやや画一的になってはい
るものの、制御プログラムの改善を始めとした、セキュリティ面の強化に重点が置かれた仕
様になっているとのこと。
何より特徴的なのは、非正規のコンシェルを検知できる機能が標準搭載されている点──
事実上の改造リアナイザ、電脳生命体対策であった。一連のアウター絡みの諸事件を経て、
人々の心理面・安全面を含めたニーズに応えたといった所だろうか。実際、会場の集まった
聴衆達には好評なようだった。
明確な自衛手段、彼女らH&D社という業界大手が、これ以上ないほど分かり易い形で件
の怪物達の脅威と対峙しようとしてくれていること。矢継ぎ早にこの一部始終を写真に撮っ
たり、動画に収めたり。中には欧米のイベント感よろしく、ヒューヒューと口笛を鳴らして
賛美を送っている者達もいる。
「……概ね、事前に集めていた情報通りだね」
「けっ。どいつもこいつも、くるくる掌を返しやがって。散々今まで自分達の都合の良いよ
うに使い倒しておいて、人間様に逆らうようならすぐにポイか」
『言いたいことは解るけど……仕方ないわよ。一部のコンシェル達が暴走し、ヒトを襲って
きたというのは事実だから』
そんな大きくざわめく、嬉々とした会場の中で、睦月達アウター対策チームの面々はこの
人ごみの中に紛れて息を殺していた。
目深に帽子を被ったり、サングラスや普段着ないようなタイプの服装に身を包んだり。そ
れぞれが変装して、密かにキャロラインの新型デバイスお披露目を眺めていたが、周囲の熱
狂とは裏腹にその感慨は冷たい。仁のぽつりと吐き捨てた台詞に、パンドラが努めてヒソヒ
ソ声で、元は同じコンシェルの一人として複雑な心境を返す。
「コンシェルのAIを制限するって感じなのかな?」
「多分、そんな感じだと思う。パンドラちゃん達みたいな、お喋りも出来るタイプじゃなく
って、それこそ命令を淡々とこなすだけの……」
「利便性を追求すれば、元よりそれも一つの選択でしたからね。ただ今は、世論の空気とし
て、その裾野の広さ自体が否定されつつある」
「海沙のおじさんとおばさんが、前に対応に頭を悩ませてた話だね~。元々弄り回すのが得
意じゃなくても、コンシェルを入れてる人が大半だったから」
『だからこそ、今回のように皆が大きく“右に倣え”となり易い構造がそもそもにあった、
ということだろう。奴らも間違いなく、そうした状況と群集心理を利用しているものと考え
られる』
正直胸中はモヤモヤ。大多数の市民にとって、被害から遠ざかる以外に対処法が無いとい
うのは事実だが、いざこうも反コンシェルの大合唱を目の当たりにすると気が滅入る。なま
じ自分達が対アウター、蝕卓との戦いの最前線に居り、この露骨なまでのアピールまでもが
計略だろうと当が付いている分余計に。
睦月の、若干感情の読めない言葉。空気に呑まれかけの海沙。沈着冷静な國子と、逆に斜
に構えたような感じの宙。油断なくステージ上を──人々の喝采に応えて手を振る、標的た
るキャロラインを見つめる司令室越しの皆人。
健臣達も同じことを言っていた。一見、自社対敵組織という対立構造を打ち出してはいる
ものの、これが盛大なマッチポンプという可能性は高い。
落ち着いて情勢を観るに、即応が過ぎる。本当に“一部”の、侵食された者達による暗躍
なのか? 中央署の一件も踏まえ、楽観は禁物だろう。その未だ曖昧な敵の本当の規模感と
証拠を集める為に、自分達は今日此処にいる……。
『始めよう。奴らが何処まで繋がっているのか、可能な限り突き止めるぞ。彼女を含め、幹
部クラスにもっと接近出来れば、その答えも明白になる』
『了解』
そ~っと、聴衆らの隙間を縫うように。
冴島と國子の歩みを先頭に、睦月達は少しずつキャロラインのいるステージとの距離を詰
めるべく歩き始めた。人と、おそらく蝕卓の本拠が近いであろうこのポートランドでは、ど
の反応が目的のアウターかは正確ではない。だがそれも、対象とぐっと近くなれば絞り込め
る。パンドラ達が、逃れようのないデータとして彼の者を敵──人間に成り代わった個体だ
と記録できる。
かなり奥へと広い構造の会場内。聴衆らの密度に何度も押し返されながらも、睦月達は目
星を付けたキャロラインとの距離を詰めてゆく。司令室の、或いはホテルからの通信越しか
らじっと見守る皆人や香月達、健臣や梅津、真弥。あちこちで目を光らせている、同社の警
備要員らしき面子の様子をも窺いながら、ゆっくりゆっくりと……。
『──』
しかし状況は次の瞬間、一転することとなった。睦月達がそろそろと、気持ち身を縮こま
らせつつ進んでいた行く手を遮るように、二人の人物がスッと立ち塞がってきたのである。
一人はカールした金髪の、もう一人はサングラスを着けた、茶髪のスーツ男。
『!? マスター! 皆さん! こいつら……!』
パンドラがその正体に気付いて呼び掛けてきたのと、ほぼ同時だった。二人はこちらの姿
を認めるや否や、デジタル記号の光に包まれると、怪人態へと変化した。
いわゆるカートゥンデザインの絵が立体化したような、手袋とベレー帽を被った個体。
鏡面のように磨き抜かれたターンテーブルや、ミキサーなど。音響装置を思わせるパーツ
群で構成された身体を持つ、DJ風の個体。
「っ、こいつら……!?」
『アウターです! それに、このエネルギー出力の大きさとパターン……。合成型です!』




