63-(3) 最恐と戦え
睦月達対策チームが地下経由で戻るのを見送った後、健臣や梅津らはすぐにホテルを出発
しようとはしなかった。同じ部屋、警戒網を敷く内側に籠もり、慎重に慎重を重ねている。
『梅津さん、今宜しいですか?』
「おう。入れ」
一行が借りていたフロアの内の、梅津の仮作業室。通信機材や飛鳥崎周辺の地図、資料と
睨めっこしていた彼の耳に、健臣からのノックの音が聞こえた。一旦作業の手を止め、梅津
は応じる。澄ました──少し疲労の色が見える健臣が、一人中へと入ってくる。
「香月から連絡がありました。こちらに来ていた面々が無事、拠点に帰って来たそうです」
「そうか。……で? お前はどうだった? 実際に息子と顔を合わせた感想は。初めてじゃ
あないって話だが、こうしてお互い正体を明かした上でってのは無かったんだろ?」
「ええ。玄武台高校の一件で、視察に訪れた時に一度。……多分あの子も、今の俺と似たよ
うな感覚だと思いますよ。父親だ、息子だと情報では判っていても、すぐに距離感は埋めら
れないというか……。向こうからすれば、今更何だ? と憤っていたかもしれません」
「……そういう話じゃないんだがなあ」
ふう、と深い嘆息を吐き出した後、梅津はたっぷり数十拍頭上の明かり取りの方を眺めて
いた。素直じゃないというか何というか。訊いてみたのはお前自身の思いであって、経緯か
ら類推した一般論じゃない。尤も、政治家としての対外的なポーズとしては、まずまずの点
数ではあろうが。
「真弥は?」
「SPの皆や、残ってくれた対策チームの隊士さん達がついてくれています。あの子自身に
もガネットがいますし、とりあえずは」
「そっか」
見せた困惑の雰囲気、返答の端からも今深入りすべき話題じゃないと即断し、梅津は次の
瞬間には話題を切り替えていた。
目下、自分達が取り組むべきは娘の方。真弥を東京の小松家まで無事に連れ帰ることだ。
市内は有志連合こと越境種対策チームの地下ルートがあるものの、街を出てしまった後は頼
れない。
「問題は、飛鳥崎を出た後ですね。護送中にまた襲われたら……」
「ああ。その為にも、蝕卓に大ダメージを与えておいて、道中の危険を除いておく必要があ
る。要するに時間稼ぎだな。連中が痛手から態勢を立て直すまでの間に、東京に着いちまえ
ばいい」
「ええ……」
ざっくり言えば、このホテルに今も滞在している理由はそこだ。報告によれば、真弥を奪
還する際に幹部級を一体屠りかけたそうだが、実際に今回目論んでいたそれに化けたかどう
かは不透明だ。確かめる為に深追いするリソースがあるなら、保険としても別途予定通りに
動いた方が賢明だろう。
都内の部下達とは、通信で随時連絡を取り合っている。対策チーム側からも協力を受け、
量産型ガネットを装備した部下達が各所を警戒・巡回中だ。今の所下準備は万端である。
「ですが……。梅津さんまでこっち来てしまって、本当に良かったんでしょうか? 内偵班
に化けていた個体達のこともあります。今は探知機能があるとはいえ、指揮官不在だと判れ
ば、連中にとっては絶好の機会と捉えられかねませんよ?」
「だからこそ、だ。向こうに戦力を割かせる余力も含めて、こっちで奴らを叩きゃあいい。
それに、電脳生命体よりも恐ろしいのは……人間の方だと俺は思う」」
あくまで娘の身勝手という側面で、こちらに遠慮しているのだろう。健臣は気持ち眉間に
皺を寄せつつ言ったが、寧ろ梅津は呵々と答え返した。健臣も健臣で、彼の言いたいことは
見当がついているらしく、その言葉の瞬間にはゆっくりと目を見開いている。
「敵は必ずしも、電脳生命体だけとは限らない。ですか」
「ああ。いつぞやの“死神型”然り、内通者が潜んでいることはほぼ確実だ。ならまた身体
検査をやろうとしても、スケジュール諸々が漏れて無意味になる」
「だからこそ──釣り出す。ある程度情報統制をやっても、俺達が動いたと知る政敵はいる
だろう。好機と見て動き出してくれりゃあ、摘み取る大義名分ができる。動かなきゃ動かな
きゃで、真弥を安全に届けるのに支障は出ない。とりあえず今回はな」
「なるほど……」
そこはやはり、歴戦の捜査の鬼。既に、自分以上の幾つものルート取りを描いていた梅津
に、健臣は改めて感服していた。中長期的に見れば、前者の方がより憂いを断てる結果を引
き寄せられるだろうが、娘の安全には代えられない。当面は梅津の部下らを中心に東京側を
任せ、こちらはH&D社の動向を探るという体制になるそうだ。香月や萬波、皆継。引き続
き対策チームとも、緊密に連携を取りながら。
「そういや、この前睦月君が倒したっていう継ぎ接ぎの個体はどうしたんだ? 報告だと、
奪還作戦の時に凍り漬けにしたんだろ?」
「ああ……。こっちのロータリーで、真弥を襲った奴ですね。香月の話では、対策チームの
傘下、浅霧化成の研究施設に保管されているそうです。司令室内には、常時極低温で保存で
きる設備が無いとのことで」
加えてふと思い出したように、梅津が問う。
香月や対策チーム経由の話では、冷凍保存が緩めばまた件の個体・ネクロが復活して暴れ
かねないため、万が一に備えて隔離状態にあるとのこと。その不死身の特性、現在の上級個
体のデータを分析出来ればもっと良いが、解凍が必要であることから当面封印を優先してい
るらしい。
「まあ、無難な判断だな……」
只でさえアウター達は、それぞれが厄介な能力を持ち合わせている。一体でも確実にその
活動を停止させられるのであれば、それに越した事は無い。
「っと、それよりもだ。健臣、お前は聞いたか? 少し前、H&D社で新しい動きがあった
ようでな。何でも新型デバイスの発表会が、ポートランドで行われるらしい」
「ええ。自分もさっき自端末で。ざっと出ている仕様を読む限り、反カスタマイズ性を重視。
非正規のコンシェルを検知する機能もあるとか……。アウターに、なりかねないと考えて
のことでしょうか」
「だろうな。随分と掌返しっつーか、百八十度転換だな」
スーツの胸元からちらっと自身のデバイスを見せつつ、健臣は言う。梅津も発表を聞いて
抱いた感想は概ね同じだった。とかく人間側の制御に特化。コンシェルに人間臭さ──個性
を求めることを止め、安全をアピールする狙いだろう。TAもいよいよ切り捨てか。
「……怪しいですね」
「だろう?」
数拍の沈黙の後に、二人は互いにそんな一言を。
H&D社が限りなくクロだと踏んでいるのは、自分達関係者だけとはいえ、タイミングも
場所もあまりに狙い撃ち過ぎている。社会のニーズ、電脳生命体への不安に即応した格好と
も言えるが……流石にフットワークが軽過ぎるというのが二人の感触だった。同社への信用
が剥がれているからこそ。寧ろ何かしらの仕込みありきと考えるのが自然だろう。
特に梅津にとって彼らは、手塩に掛けて育てた部下達を葬った仇でもある。




