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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-63.Parents/生みの親に思うこと
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63-(1) 半分家族

 西第四倉庫での争奪戦から数日後。睦月達アウター対策チームの面々は真弥を伴い、飛鳥

崎市内のとあるホテルの一室を訪ねていた。

 いわゆる、セレブ御用達の高級宿……といった佇まいではない。確かに大部屋で年季こそ

あるが、とにかく頑丈で地味なシルエットであることを先方は優先したように思われる。

「お父様!」

「真弥!」

 その理由は、程なくして明らかになった。一行をこの日この場所に指定してきた相手──

父・健臣の姿を認めた瞬間、真弥は駆け出すと、その広げた腕と胸の中へ飛び込んでゆく。

彼の後ろには、小松家の秘書・中谷や梅津、数名のSPといった最側近達も控えている。

「良かった……。本当に、無事で良かった……!」

 娘をぎゅっと抱きしめたまま、半ば泣きそうな表情かおになりつつ安堵の様子を浮かべる健臣。

梅津らは勿論、街の地下ルートをフル活用して彼女をここまで連れて来た睦月達も、暫し

ほっこりとこの二人の姿を見守る。

「……真弥。今回、どれだけ多くの人に迷惑を掛けたか、分かっているね?」

 ただ、それでも父親としてのけじめは、また別だと言わんばかりに。

 感動の再会に浸る暇もそこそこに、ややあって健臣は娘をそっと胸元から引き離した。じ

っと目を見ると、あくまでそう淡々と丁寧に問う。

「はい……。ごめんなさい……」

 叱ると呼ぶには、傍目からはまだ甘いと見えたかもしれない。だが当の本人、真弥自身は

神妙な面持ちで反省し、深々と頭を下げていた。ロータリーでの強襲時、自分を守る為に犠

牲となったエージェント達を直接見たことが大きかったのだろう。

『も、申し訳ございません。本来なら私がお止めすべきだった所を……』

 彼女の腰ポーチに入っていた、端末内のガネットもそう釈明するが、健臣は小さく首を横

に振るだけでそれ以上の追求はしなかった。

「物理的な干渉手段の無い君に、このを止めろというのは無茶な話さ。ちゃんと理解して、

反省しているならそれで良い。それに家の中とはいえ、父さんとの密談を聞かれてしまっ

た俺にも非がある」

 俺……? 暫しやり取りを傍観していた面々の内、仁がヒソヒソと隣の睦月に疑問符を投

げかける。メディアで見聞きする彼の人物像より、荒く見えたのだろう。「地でしょ? そ

りゃあ、オンオフぐらいあるわよ」ヒソヒソ。宙が代わりに応じていた。今そんな所を気に

している場合か? そんな戒めのようなニュアンスを含みつつ。

「──改めて礼を言わせてくれ。この度は娘を守ってくれて、本当にありがとう。今回一連

の任務は、本来君達の担うそれとは違ったものだった筈だが……」

「い、いえ……」

『問題ありません。協定の範囲内です』

「結果的に、蝕卓ファミリーの一人に致命傷を与えることも出来ましたからね。何も関係ないことはあ

りませんよ?」

「そうそう。大体、こんな可愛い子のピンチ、放っておけませんから♪」

「こちらも一度は彼女を奪われ、危険な目に遭わせてしまいましたので……。どうかお気に

なさらず」

「……そう言って貰えると助かる」

 健臣は数拍逡巡していたが、次の瞬間にはフッと苦笑みを漏らして言う。

「真弥。事前に相談してくれていたなら、ちゃんとした面会の旅も考えたんだぞ? まあ俺

が、言えたクチではないのかもしれないが……」

 実際に本人と相対し、この場に集まった面々のどれだけが、彼の横顔に睦月のそれを重ね

ていただろう? 先日までに二人の関係性、正体を知った──事前の知識が後押ししている

部分は少なくないとはいえ、やはりその顔立ち・雰囲気は似たものがあった。やはり……。

密かに納得し、互いに顔を見合わせる隊士達もちらほらといる。

「報道は──知っているね?」

「……。はい」

 当の健臣が向けた視線の先。そこには睦月が、かつての恋人との間に生まれたもう一人の

我が子が佇んでいた。

 俺が言えたクチではない。それは暗に香月ははと別れ、今まで自分を放置してきたことも指し

ているのだろう。睦月は思った。実の父と子だというのに、いざ相対した両者はぎこちなく、

返答もたっぷり沈黙を置いて重苦しい。

 先日何者かが──おそらくは“蝕卓ファミリー”側が手を回したと思われる、世間を騒がせたリーク

情報。睦月達も真弥経由で、これに対する政府・対策チーム両陣営の対応については聞かさ

れていた。迅速に事態の“雑音”を取り除く為、健臣と香月には申し合わせの上、敢えてメ

ディアにて「正式」な言及をして貰ったのだ。彼や梅津達が首都東京を発ってこちらに向か

ったのは、ちょうどその後の時系列になる。

「その……。何と言っていいか。真弥からも聞かされて驚いただろうが、すぐにどうこうし

ろとは言わない。今更名乗り出られても、困る……よな?」

 メディアで語った言葉は、少なくとも彼ら二人の本心だ。ただそれと当の父子おやこの距離感、

感情的なしこりは、また別問題である。健臣自身も、睦月に対して今更父親面をしていいも

のかどうか迷っているようだった。通信越しの司令室コンソールでも、同じく香月が黙したまま、内心

かなり複雑な筈の心境で現場の推移を見守っている。

『健臣ぃ。だからそう開幕うじうじしてたら、息子も息子で反応に困るだろうが。誠意と予

防線は別だぞ?』

 更に政府側、小松邸に繋がっている通信越しからも、健臣の父・雅臣がそう甚兵衛姿で活

を入れてきた。更にその隣には静江夫人、健臣の現在の妻・真由子や、小松邸の関係者らが

揃い踏みとなっている。厳格な夫人を除き、多くは真弥が無事だったことにホッと胸を撫で

下ろしているようだった。

『俺としちゃあ、もう一人孫がいたことは嬉しいんだがなあ……。時系列的にも初孫だろ?

ただまあ、こいつから話を聞いた時、正直俺も思う所はあってな……』

 通称“鬼の小松”。三巨頭筆頭、その本人にして元総理。

 睦月からすれば、即ち実の祖父に当たることになるのだが、やはり睦月にとっては酷く他

人のように思えてならない。画面の向こうで呵々と健臣を叱り、されど一方で自身にも佐原

母子おやこに対する落ち度があったのだと、こちらに反省の弁を述べてくる。

『こいつを家に呼び戻した頃、俺はデカい病を患っちまってな……。正直、後継を焦ってい

たっていう事情はある。今でこそ峠は越えたが、もう昔みたいには走り回れねえ』

 現役時代は“鬼”の異名の通り、新時代へと突入する世界情勢に呑まれぬよう、しばしば

強権とも批判される辣腕を振るった雅臣。

 ただ現在のその姿は、当時を知る者からすれば随分と丸くなり──瘦せ衰えたと言えるだ

ろう。事実大物政治家としての身バレに加え、今や長旅に耐えられる身体ではなくなってし

まった。今回孫娘の引き受けや睦月との対面に同行することも、周囲の反対に遭って止めら

れたのだという。

「それは……仕方ありませんよ。引退済みとはいえ、お身体と政界、二重の意味で危険が多

過ぎます」

『中谷。あ~、もう……。分かってるよ……』

 歳月はかくも、一時代の立役者すらままならぬ枠に閉じ込めてしまうのか。対策チームの

仲間達や司令室コンソール側の皆人や皆継、香月、萬波らは沈黙していたが、唯一睦月の表情は変わら

ず淡々と色彩が見えない。義妹まやが心配そうに遣ってくる横目にさえも、反応は薄くて。

『……あなた。今はそういう話をする場ではありませんよ?』

『主人に、他の交際相手がいたと聞いた時は少し驚きましたが……それも今となっては心強

い味方な訳ですし』

 ぴたり。静江夫人は尚も厳格な佇まいを崩さず、夫のお喋りを諫めている。睦月にとって

は彼の語りも息子のそれも、同じように困惑させる材料にしかなっていないと嗅ぎ取ってい

るのだろう。何より、通信の画面越しから画面越しへ。彼女は終始、息子の嫁になるかもし

れなかった香月を、じっと品定めするように見つめ続けていた。対する香月も、知ってか知

らずかその視線の圧に耐えられず、早々に目を逸らしてやや俯き加減を維持している。

 一方で真由子は、娘の無事を確認出来て安堵した分があるのか、寧ろ香月ら対策チームの

面々にも友好的に見えた。『主人達を宜しくお願いしますね?』にっこりと上品に微笑み、

そう軽く頭を垂れて挨拶すらしている。

「……えっと。そろそろ良いか? 三条会長、次の話だ。俺達が飛鳥崎こっちに来たのは、何も真

弥を受け取りに来ただけじゃねえ」

 湿っぽかったり乾いたり。流石に延々この空気では埒が明かないと踏んだのだろう。暫く

して梅津が健臣からバトンを引き継ぎ、話題を切り替え始めた。詰まる所本題である。睦月

以下対策チームの面々、司令室コンソールの皆人達。或いは傍らの健臣サイドも気持ち顔を上げ直して、

次なる作戦会議うちあわせに臨む。

「あんたらに依頼したいことがある。敵の本丸と思われる、H&D社の再捜査だ」

「えっ? でも……」

「それって確か、リチャードCEOが出張ってきて、打ち切りになったんじゃなかったです

っけ?」

「ああ。実際あれ以降、中々手が出せなくてな……」

 雅臣に負けず劣らずの、白髪交じりの撫でつけ頭と浅黒く厳つい顔立ち。もう一人の三巨

頭、実物の“雷の梅津”にビクつきながらも、隊士や宙、仁が言う。尤も梅津は、既に面々

をきちんと仲間と認識しているようで、ポリポリと片頬を掻きながらも要点を搔い摘みなが

ら説明してくれる。

「以前、飛鳥崎こっちに送った内偵チームが、ガサの後に全滅した。いや、厳密には俺の所に帰っ

てくる前に、電脳生命体に成り代わられちまってた訳だが……」

『そこは私と、マスターが対処しました。刺客と思しき個体達を、現場で焼却済みです』

 ガネットも当時の状況を語り、健臣もコクリと頷く。真弥の胸元に抱かれたデバイスの画

面の中で、彼女は敬礼のポーズを取っていた。パンドラと似た背格好に、機械仕掛けの三対

羽、軍服と赤髪が映える。

『ええ。その件に関しましては、こちらも事後の報告を受けています。タイミング的にも、

リチャードCEOは“蝕卓ファミリー”と繋がっていると考えて良いでしょう。或いはH&D社全体が、

そもそも奴らの牙城という可能性も少なくはないですが』

「そこなんだよなあ……。グループとしては表向き協力的なポーズを取ってるし、改造リア

ナイザの禁制やら回収もやってる。だが実際は、今も電脳生命体の被害は出続けてる……。

見えなくなってはいお終い、という訳にはいかねえ」

『再度ガサは……意味無いだろうなあ。向こうも向こうで、こっちが警戒していることぐら

いとうに知ってる筈だぜ?』

「ああ。だからやり方を変える。ちまちま証拠を探すんじゃあなく、奴らがクロだって前提

で、その証拠をぶんどる」

「……と、言うと?」

 司令室コンソールの皆人、通信越しの雅臣も加わりながら、梅津は睦月達にとある提案をしてきた。

徐々に表面的には攻略が難しくなったH&D社を、根こそぎ失墜させる為の布石を。

「あんたらが、中央署の一件の時にやったことと同じだよ。奴らの中を掻い潜って、社の上

層部クラスが電脳生命体かどうかを調べて欲しい。何処まで侵食されてるかは正直分からん

が、少なくとも中枢に個体がいると明るみになりゃあ、連中の信用も地に墜ちる。こっちも

大手を振るってメスを入れられる」

 なるほど……。梅津からの提案に、睦月達は静かに膝を打った。少なくともH&D社に、

連中の重要拠点が隠されていることは間違いない。以前ポートランドの生産プラントにて、

幹部級達と接敵した件だ。リチャードCEOらによる、表向きの禁制・回収の動きがあって

も、社自体が完全なシロだとは思えない。

「ハイリスク・ハイリターン作戦、か。確かに今はガネット達の探知機能もあるし、お偉方

に近付けさえすれば、確かめること自体は可能なのか」

『後は、誰から取り掛かるかですけど……』

「問題ない。そっちも、俺達の方で大方の目星は付けてある。状況的に、何人も何度もって

のは厳しいだろうからな」

 口元に手を当て、ふむ? と思案を始める冴島。パンドラも、睦月の懐の中で呟いた。

 そこへ待ってましたと言わんばかりに、梅津は当座のターゲットとなる人物の名を挙げて

きた。その要人、及び周辺にアウターの成り代わりが確認されれば、いよいよH&D社の組

織的関与が決定的になるだろう。

「キャロライン・ドー。この飛鳥崎に拠点を張ってる、グループの東アジア支社長だ」

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