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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-63.Parents/生みの親に思うこと
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63-(0) 脱落

 その夜、ポートランドに潜む“蝕卓ファミリー”のアジトは、人知れず混乱と緊迫に包まれていた。

ラースにプライド、グリードとグラトニー、ラスト及びエンヴィー。勇を除き、人間態に偽装し直す

のも二の次なまま、彼らは急遽シンに装置で繋がれた同“七席”──重傷を負ったスロース

の姿を一様に見つめている。

 珍しく口数無く、暗がりの中に注ぐ照明に反射し、その眼鏡の奥の瞳も見えないシン。彼

とラース達が仰いでいる当の時計仕掛けの怪人スロースは、苦悶の表情のままビクビクと痙攣し続け

ていた。胸部から首、顔面へと貫き、引き裂かれた傷が、彼女を七割方両断しかけている。


 今夜決行された作戦は、守護騎士ヴァンガード獅子騎士トリニティ、双方の邪魔者らを無力化する絶好の機会と

なる筈だった。自分達“七席”と海外組のネクロ、更には守護騎士ヴァンガードの異母妹も人質に加え、

盤石の布陣で臨んだ……筈だった。

 だが蓋を開けてみれば、結果は正反対。作り出された一瞬の隙を突かれ、人質に逃げられ

てしまった。一度は没収に成功した二基のリアナイザ及びカード達も取り返され、ネクロも

攻略されて囚われの身となった。何より……そうした混乱の最中、倉庫の外側で応戦してい

たスロースが、敵の不意打ちを受けて重症。プライドとグラトニーが凍りの戒めを解いて救

出した時にはもう、今のような状態になってしまっていた。


「……拙いね。基幹コアプログラムが損傷している。おそらく相手も、そのつもりで襲い掛かっ

てはきたんだろうが」

 暫く、幾つものホログラム型操作画面を忙しなくタイプした後、シンことゲラルド・サー

シェスは深く絞り出すような溜め息と共にそう言った。ラース達がめいめいに驚愕している

さまが窺える。人の姿で目を見開く勇と、それ以外の異形。お互い成り立ちは違えども、こ

の同胞が陥ったダメージの意味することぐらいは解る。

「な、何とか治せないのォ?」

「今急ピッチでやってはみているよ。ただ、ここまで損傷が大きいと、仮に復旧させても後

遺症が残る──元々あった能力が十全に発揮できない可能性は高いだろうね」

 そんな……。特に純朴と言えば純朴なグラトニーは、シンからのその宣告に激しく動揺し

ていた。ラースやグラトニーは歯噛みし、プライドは忌々しげに銀仮面の単眼を暗く明滅さ

せていた。唖然とする勇。怪人態のままの黒斗は、じっと何処か遠くを見るかのように空を

仰ぎ続けている。

「……」

 ただ、そのような状況の中で一方、当のスロースは内心全く別のことを考えていた。

 全身を蝕む激痛。酷くノイズが掛かって薄れゆく意識と、辛うじて反響するように聞こえ

てくるシン達のやり取り。自分はもう、助からない? いや、これは寧ろ……チャンスなの

ではないか?

 分かり切っていたことだ。中央署の一件から始まり、七席じぶんたちは既に見限られつつある。彼に

とって自分達とは、所詮“あの目的”を果たす為の駒に過ぎないのだから。何よりもう、

原典オリジナルから受け継いだ生への執着、苦しみに苛まれ続けるのは厭だった。疲れてしまった。

「……どう、やら、ここまで……ね」

「!」「スロース!?」

 故に彼女は言う。自身の本心を隠しつつ、文字通り息も絶え絶えとなった声で装置に繋が

れたまま、シンや残りの“七席”達に告げる。

「話は……聞こえていた、わ。お願い、シン。私の駆動を、切って。これ以上……役に、立

てない、足を引っ張るだけに……なるのなら、いっそ──」

 即ちそれは、ヒトで言う所の安楽死。勿論その口振りは方便でしかない。まともに動揺し

ているのはグラトニーと、或いは先日までの自分と重ね、思う所がある勇ぐらいだろうか。

「そ、そんなァ! スロースぅ!」

「馬鹿言え! 勝手に決めんじゃねえよ! このままやられっ放しで良いのか!?」

『……』

 悲嘆や怒声。そんな中、形式上司令官であるラースは内心、彼女の本音が何処に在るのか

を既に見抜いていた。気難しい様子のまま押し黙っているプライドと、もしくはラストも勘

付いてはいるのだろう。

 なるほど、逃げか。卑怯者め。

 確かに“怠惰スロース”の名に、相応しい最期ではあるがな……。

「……分かった」

 はたして、対する創造主シンの思いは如何だったのだろう? 少なくとも彼はこの時多くを語

らなかった。たっぷりと沈黙した上で、苦渋の決断を下したように見えた。眼鏡の奥の瞳は

相変わらず照明の反射で窺えず、ただ一言、彼女の最期の頼みを受け容れたようにも取れる。

 ラース達が見守る中、彼はスロースの自我を留めていた各種ケーブルや機器などを一つ一

つ抜いていった。電源を落とし、機能を停止させていった。最早誰も語らない。口を衝いて

出そうになっても、他の誰かの圧がこれを制する。

 “七席”の一人・スロースことクロック・アウターは、こうして静かに息を引き取った。

時計仕掛けの肉体部分から体内、コアとなる球状のデータ塊の順に。残り六席とシンが看取る

中、サラサラと、無数の電子の塵となって消えていったのだった。

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