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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-62.Madien/続・亡者の行進曲
480/526

62-(8) 愛と勇気の物語

 奪還成功の夜から数日。ポートランド西の第四倉庫崩壊は、表向き事故──施設の老朽化

と搬入物の重量過多による合わせ技という形で処理された。

 しかしそうした隠蔽工作も、おそらく長くはもたないのだろう。何より今回、事件と共に

蝕卓ファミリー”がぶちまけていった情報は、睦月達と人々の間に不可逆の変質を約束してしまった。

忘れることあともどりは、許されない。

「──佐原博士、佐原博士ですね!?」

「お待ち下さい!」

「貴女のご子息、睦月さんの父親が、小松文教相であるという報道について! 一言!」

「──大臣! 大臣!」

「ご質問します! 守護騎士ヴァンガードこと佐原睦月さんが、大臣のご子息であるという情報は事実な

のですか!?」

「そうなると、現在のご夫人とご息女は?」

「不倫……なのですか?」

 その日、三条電機系列の施設から出て来た香月及び数名の同僚達を、待ち構えていたマス

コミ各社の取材クルーが取り囲んでいた。時を同じくして首都集積都市・東京、首相官邸の

エントランスにも、竹市総理との面会を終えた健臣を狙って記者らが殺到する。デリケート

な話題であろうとも、矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

『……』

 暫くの間、二人は黙っていた。それぞれの場所で、待ち伏せされていた各々の街でカメラ

を向けられ、足を止めざるを得ない。じっと、唇を結んだまま沈黙が流れる。やや俯きがち

な視線が何処か遠くを見つめ、持ち上がる。

「結論から申しますと……事実です」

 それはあたかも、予め示し合わせていたかのような。こんなタイミングが来る時を待って

いたかのような。

 意を決したように、香月は口を開いた。健臣もキッと神妙な面持ちで前を見据え、おそら

く好奇や悪意に衝き動かされているであろう誰か達に打ち明ける。

 曰く、二人は学生時代に飛鳥崎で出会い、専門分野は違いながらも同じ志を──この国の

人々を幸せにするという夢を持った学友として切磋琢磨するようになった。同胞、ないしは

ライバル。そんな彼らの友情がやがて愛情に変わり、恋仲へと発展するのには、そこまで長

い時間は掛からなかった。

「少なくともあの頃は、私と彼女は真剣に交際していました」

「でも結果的に……。振ってしまったのは私の方なのですけど」

 神妙に、真摯に。懐かしむように、そして優しく苦笑して。

 しかし健臣の実父──“鬼の小松”こと小松雅臣が大病に罹り、その将来を憂いて彼に縁

談を持ち掛けたことで、二人の関係には終止符が打たれた。健臣は急ぎ香月にプロポーズを

しようとしたが、当の香月自身に機先を制され、別れを告げられたのだと。断ったのは自分

からなのだと、彼女は取材陣の唖然とする様子を眺めながら、苦笑わらう。

「だって……。私に政治家の妻なんて務められないし」

「それに、彼も周りの人達も知っていることなんですけど、私って研究以外はかなりズボラ

なので……」

 別れと別離わかれ。そもそも二人は籍を入れたことすらない。

 香月が彼との息子、即ち睦月を妊娠していることに気付いたのは、それから暫くしての事

だった。間違いなく彼の血を引いていると確信し、彼女は我が子を一人で育てる決意を固め

たのだという。健臣が父・雅臣の秘書となって経験を積み、その後継者として議員選に出馬

したのは、それから数年後の出来事である。

「正直びっくりしました。でも彼の志は、あの頃と同じままだったから……」

「私に……心配を掛けさせたくなかったのでしょうね。ギリギリまで隠していたようです。

初めて知った時、膝から崩れ落ちたような思いでした。知っていたなら、すぐにでも迎えに

行きたかった……」

 それでも、既に互いの身分は次期総理候補の一人と一介の研究者。何よりスキャンダルに

なるのを恐れて、周囲にも打ち明けられずに歳月は過ぎてゆく。連絡こそ、細く長く繋がり

は残っていたとはいえ、香月は彼の迎えを拒み続けた。“今更”だと。貴方は貴方の進む道

を往ってくれ、と。

 記者達の、非難を含んだ質問攻めにも、健臣は一つ一つゆっくり整理しながら答えていっ

た。睦月の身バレの後、家族にも香月との交際歴かこは正直に打ち明けたという。今日は多婚タコン

度もある。現在の妻、真由子と娘の真弥のことも同じく愛している──そこに嘘は無いと明

言までして。

「私も若かったのでしょう」

「もう少し正直になれていたら、また違った未来があったのかもしれませんが……」

 それでも、今の自分達はお互いに話し合い、納得した上で決めた結果。そこに当の息子、

睦月を加えられなかったのは、当時彼がまだ幼過ぎたからだが……。

「ええ。あの子が、睦月が守護騎士ヴァンガード──対電脳生命体換装システムの装着者となったのは、

全くの偶然です。確かに実の息子が、電脳生命体達との戦いに身を投じるのは心苦しいです

けど──」

「きっと私以上に、苦しんでいるのは彼女の側です。母親として、開発者として。両方の立

場に挟まれ、誰よりも苦悩してきたことは想像に難くない。本音は戦わせたくなくても、他

に使いこなせる人間がいない。辛くない筈が、無いんです」

『……』

 施設前と官邸のエントランス。記者達は、当の本人から赤裸々に語られる経緯に思わず絶

句していた。もしかしたら、これぞ特大のネタだと思考していたのかもしれない。どちらに

しても、彼らの望むようなどす黒い裏事情と呼ぶには切実過ぎた。名うての研究者と、生け

る伝説を父に持つ政治家。彼らはどう贔屓目を差っ引いても、己がスキャンダルを前に保身

に全力を挙げる人物ではなかった。撮ろうとしていた……“画”ではなかった。

「どうか彼女を、責めないでやって欲しい」

「どうか彼を、責めないであげて下さい」

 同時。二人は自身を囲む記者達に、及びこれを観ているであろう国内外の人々に向けて頭

を下げていた。ほぼ同じ内容を、互いの為に懇願し合っていた。

『あの子をどうか、見守ってあげて下さい。支えてあげて下さい』

 ピタリと重なった言葉。続いたのは、息子への願い。

 もし以前の、飛鳥崎文武祭におけるパンデミック・アウター襲撃を現場で目の当たりにし

た者であったなら、思い出していただろう。あの時も、濁流の如く押し寄せる怪人達の群れ

に、たった一人で立ち向かったのは睦月だった。直前、セントラルヤード全域に鳴り響いた

少女の怒りこえが、記憶の中から木霊する。


『“自己犠牲をやらせているっていう自覚”は、せめて負うべきなんじゃないの? 負って

やるのが筋なんじゃないの?』

『その行為を“英雄”と呼ぶのなら……冗談じゃない。そんなもの、糞食らえよ!』


 不甲斐ない“強者”を叱責していた筈が、“被害者じゃくしゃ”だった。正義だと、倫理的にも悪だ

と思って憎んでいた自分達の方が、あたかも悪者のようではないか。

 そんなものは──求めていたようなものは、一体何処に在るというのか。

                                  -Episode END-

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