7-(2) 筧の憂鬱
井道渡の死により、飛鳥崎を襲った連続爆破テロ事件の捜査は打ち切りとなった。
だがそんな上層部の判断に、またも反発した刑事がいた。
飛鳥崎中央署捜査一課・筧兵悟その人である。
『納得できません! 事件は何も解決しちゃいない!』
打ち切りが宣言された会議室で、筧はそう強く机を叩いて立ち上がりながら抗議した。
確かに井道は死んだ。最大の容疑者の死亡、以降の再発の気配がみられない事からの判断
だったが、筧はそれはあくまで表面的な現象に過ぎないと考えていた。
『自分は井道の住んでいた集落まで行って、確かめて来ました。報告にも上げたでしょう?
今回の動機はテロリズムじゃない、個人の復讐だ。あいつは文字通り命を張って集積都市の
外の不満を伝えたんです!』
『だから彼の言い分を聞けと? 馬鹿かね君は。破壊活動に手を染めた者の意見をまともに
取り合っていれば、秩序などあって無いようなものだ。悪しき先例を作るだけだ。手段を履
き違えた者には、相応の罰で報いないとな』
『……そりゃあそうですがね。でもあんた達のやっている事は、結局火の手に蓋をしている
だけに見えるんですよ。それで本当に、自分達の言う悪ってのは無くせるものですかね?』
むすっ。筧のあくまで反抗的な態度に、さしもの上層部面々は不快感を隠さなかった。
手垢のついた批判だ。だがそんな筧の理想論は、彼らにとっては只々気に食わない、温い
主張にしか聞こえない。
『筧君。立場を弁え──』
『そもそも! あれだけの事件、爆破行為を一介の農夫が思い立っただけで出来るものなん
でしょうか。爆弾の入手経路もまだ特定できてなかったんでしょう? ネットじゃあ連れが
いたとか何とか書かれてますが、少なくとも彼一人じゃ無理だ。第三者が、井道に手を貸し
た何者かがいる筈なんです。市庁舎での一件の後、彼が殺されたのも、その黒幕が半端な爆
破になったのを見て、自分達に尻尾を掴まれたのに気付いて、口封じをしたからじゃないん
ですか?』
幹部が口を挟もうとする。だがそれを筧は分かっていて遮りながら訴え続けた。
席の隣で由良がまたもやといった様子でハラハラしている。他の同席する刑事達も、筧が
叫ぶ真っ当に、真正面から食ってかかれるほどの胆力を持てない。
『捕まえるべき悪は……まだいる筈だ!』
だがそんな中で、唯一筧を尚も突き放す者がいた。会議室上座、上層部の席の左端に陣取
る白鳥である。フッと彼は哂った。そんな事、重要ではないと言わんばかりに。
『筧警部補。ではその第三者とやらの目星はあるのかな? 捜査の終了は決定事項だ。せめ
てその有力な候補ぐらいなければ決定は覆せないよ』
『……ねぇよ。でも後ろに誰かいるのは間違いない。てめぇだってそれくらいは頭回ってる
筈だろう?』
『貴様! 警視に何という口を!』
『構わん。こいつは昔からこうなんだから』
取り巻きの警部が数人、ガタッと立ち上がろうとした。だが当の白鳥はお互いに憎まれ口
を叩き合うなど慣れたもので、サッと彼らを片手で制すと、言う。
『……いいかな、筧? 私達は警察という組織だ。君がどれだけこれまで幾つもの実績を上
げてきた刑事でも、組織の決定には従って貰う。一先ず事件は収まったんだ。私達は井道渡
以外にも多くの悪と対峙しなければならない。可及的速やかな案件から外れた以上、今すぐ
限りある人員を割くなどできんよ。私達は組織だ。嫌なら──出て行って貰う』
『……。てめぇ』
火花を散らすが、それでも権力は圧倒的に白鳥に分があった。
階級も、味方につけている組織も。筧もまたその組織の一員である以上、その一員である
からこそ罪を暴き、悪を捕らえることを許されている以上、白鳥が最後に付け加えた一言は
彼にとっていわば伝家の宝刀に近い。
ギリギリッと歯を食い縛り、筧はゆっくりと席に着き直った。由良が心配そうに、他の大
よその刑事達が冷たい視線を送っている。
『……筧。君は些か勘違いをしている。私達の仕事は悪を駆逐することだ。善良な人々を奴
らから守る為だ。真実を解き明かすことはあくまで十分条件であって、必要条件ではないの
だよ。よーく街の、人々の声を聞いてみるがいい。彼らは悪の一個一個を詳らかにすること
を望んでいるのか? それを排し、滅することの方だろう?』
「──」
あの最後の爆破事件から、一週間近くが経とうとしている。
昼下がり。筧は一人、今はすっかり平静を取り戻した飛鳥崎の市庁舎前広場にいた。
一時は行き交っていた人々を黒煙と飛び散った瓦礫に巻き込み、大混乱に陥った現場だっ
たが、今はもうあちこちでブルーシートが被せられたり、仕事が入ったと言わんばかりに機
材を投入して地均しをし直している業者らの姿を見ると正直悶々とする。
同じだ。千家谷駅前の時と同じく、悲惨な記憶はかくも迅速に覆い隠されてしまう。
それだけこの集積都市が効率的で機能的で、多くの人々がその維持に縁の下で汗を掻いて
いる証なのだろうが、果たしてそんな見知らぬ者達の苦労を、この街の人間はどれだけ知っ
ているのだろうか。尚且つ感謝しているのだろうか。
テロリストが──実際は復讐鬼がここで散った。傷付ける側、傷ついた側。どちらにせよ
生命が一つここで失われたのだ。間違いなくこの街で一人、また一人と生命が失われている
というのに、上はまるで事件そのものに蓋をしてやり過ごそうとしているように思える。下
だって──街の住民達だってそうだ。自分も由良からちらっと見せて貰っただけで詳しくは
知らないが、あれだけ街を恐怖と不安に陥れた事件があったというのに、早くも巷では謎の
ヒーロー・守護騎士とやらの噂で持ちきりらしい。
(……何がどうなってやがるんだ)
甲斐が無い。いけない事だと自戒はするのだが、はたして自分は誰の為にこの仕事を続け
ているのだろうとしばしば思う。
新しい、というか聞き慣れないものが浮かび過ぎる。大体守護騎士って何だ。一部には警
察の秘密兵器でないかという声もあるそうだが、少なくともそんなもの、自分は知らない。
ただでさえ最近はVRだのTAだの覚えなければならない言葉が増えているというのに。
(TA……。リアナイザ……)
そういえば、と思う。確か千家谷で聞き込みをしていた時、目撃者の入院先という事で西
区の市民病院でもそういう話を聞いたっけ。
リアナイザを持ったおっさん──。確かにあの青年はそう話した。
考える。もしその人物が仮に井道だったとしたら、そのリアナイザは何処にいった?
少なくとも彼が遺体で発見された時、そんな所持品は無かったという。犯人が持ち去った
のだろうか? 何の為に? にわかには信じ難いが、それは逆説的にリアナイザが、TAが
今回の事件に何らかの形で関わっているという証左ではないのか?
「……調べてみるか」
ただの偶然? 或いはもっと別の第三者が盗んだから?
どちらにせよ、もうそれらしい取っ掛かりの無い筧には、手を伸ばす以外の選択肢はなか
った。踵を返してコートを翻す。喰らい付いてみよう。あっち方面はどうにも疎いが、それ
はそれでこの街ならではなのかもしれない。




