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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-62.Madien/続・亡者の行進曲
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62-(6) 奪還作戦(前編)

「──こんな時間に何処へ行くの?」

 すっかり日が沈み、街の灯が昼間の明るさと入れ替わって暫く経った頃。

 街の東部、藤城邸から、黒斗は独り密かに出掛けようとしていた。そんな彼の背後からス

ッと、淡雪が見計らったかのように声を掛けてくる。心配そうな声色を潜ませ、その歩みを

留めようとする。

「人と……会う約束がある」

 いつも通りの仏頂面。だが黒斗は内心、彼女から観測できる深刻さに気付いていた。

 表情は、普段よく見る柔和な微笑。しかし声色も高めの心拍数も、明らかに緊張しながら

のそれだと判る。

 ……今夜“山”があることを、勘付いているのか?

 前々からそういう節はあったが、こと今回は昼間に彼の──佐原睦月の出自が大々的に報

道されていた。何か思う所があって、此方の動向に警戒していたとしても不思議ではない。

「そう……」

 だというのに、この少女は。

 対して淡雪は、苦し紛れにぼかした彼の言葉を、誰それと深く訊かずに飲み込んでいた。

それ以上、このラインを越えてしまえば、自分達の“日常”が失われるであろうことに気付

いているのではないか? 黒斗は思った。世に言う電脳生命体と元繰り手ハンドラー。その関係性が既

に異常だと、聡明な彼女が解っていない筈は無い。解っていて続けようとして、それでも折

につけ周囲の事態は確実に移ろってゆく。佐原睦月の件然り、きっと今夜も何か大きな節目

が訪れようとしている……。

「大丈夫だ」

 黒斗は振り返っていた。そっと縋るように背後に立っていた彼女の身体を、数拍壊さない

ように抱き寄せ、短くそれだけを言う。「──っ」淡雪は何も言わなかった。いや、言えな

かったと表現した方が正確だっただろう。僅かな時間、だけども伝えたいこと。ややあって

彼女を離した黒斗は、再び踵を返してリビングのドアノブに手を掛けた。きゅっと唇を結ん

だ淡雪の気配を背中で感じつつも、再三振り向くことはしない。

「……行ってくる」


(まさか、こんな形でプライドさんと顔を合わせることになるなんて……)

 同じ日の夜、エンヴィーこと勇は“蝕卓ファミリー”からの召集を受け、暗闇に溶けるポートランド

に足を運んでいた。何でも“鬼の小松”の孫娘、真弥を人質に取ることに成功したため、

守護騎士ヴァンガード及び獅子騎士トリニティ達を一斉に無力化する作戦を実行するのだという。

 指定された場所、同人工島西区の第四倉庫には、既に残りの七席が集まっていた。他には

数合わせの量産型サーヴァント達と、やはり復活していた継ぎ接ぎ筋肉の個体──事前に聞いた話では、

海外組の一人だそうだが……。

(あ、プライドさん)

 今まで何度も由香抹殺に失敗し、その間一旦脇に置いてきた守護騎士ヴァンガード達との決着も宙ぶら

りんになったまま。だからこそ勇は召集が掛けられた際、その時点で正直顔を出すのは気が

進まなかった。自尊感情ほこりと気まずさ。かと言って、命令をすっぽかす訳にもいかず……。

「──」

 人間態、白鳥のままのプライドが一瞬こちらに姿に気付いたが、その視線はすぐに何処と

も言えない上の空。だだっ広い倉庫内の空間を見上げ、その興味はとうに自分に向けられて

いないらしいと悟る。

「来ましたか。一応確認しておきますが、周囲に守護騎士ヴァンガード達は?」

「いや? 気配は基本ドラゴンが用心してくれてるが、反応が無いってことはそういうこと

だろ。そもそも場所は教えてるんだし、何処か遠い所からタイミングを窺ってるんじゃねえ

の?」

 或いは彼自身、もうそんな“余裕”すら無くなっているという証左だろうか。

 迎えたラースからの問い掛けに、勇は黒いカード──ドラゴン・アウターの待機形態を見

せつつ答えていた。懐には同じく黒いリアナイザ。状況次第では龍咆騎士ヴァハムートとしての力も振る

う必要があるだろう。

「そうですか……。まあ、どのみち警戒しないという選択肢はありませんがね。今から二手

に戦力を分割します。私とグリード、貴方とラスト、ネクロは此処に残り、取引に対応しま

す。プライドとスロース、グラトニーと雑兵サーヴァント達は外へ。周囲に不審な動きがあれば、順次摘

んで下さい」

 言ってラースは、そう揃った面子に向けて指示を飛ばした。彼とグリードは連れて来た真

弥を左右からキープする役。勇と黒斗、ネクロはいざ正面衝突となった際の白兵戦力として

の運用を想定する。加えて倉庫外には広範囲をカバー出来るプライドとスロース、及び肉弾

戦の補助としてグラトニーを配置。巡回させて警戒網を構築する手筈だ。「……了解」先の

ように全員で囲めば解決ではないかと思う者もいただろうが、名目上は彼が一行の指揮官。

何よりこちらにとっても、敵戦力を大幅に削ぎ落せる絶好の機会でもある。用心に用心を重

ねておくに越した事はない。

「どうせ守護騎士ヴァンガード達も、不意を突いた救出おなじことを考えているでしょうから」


「──どう? 連中の様子は」

『予想通り、大分警戒してるね~。あ、今中からぞろぞろ出て来た。プライドとスロース、

すんごい太っちょ。後は量産型サーヴァントだね』

「同じ幹部級のグラトニーだな。残りは倉庫内か……。欲を言えば、もう少し中の戦力を減

らして欲しかったが」

「そうもいかねえだろうよ。向こうもこっちも、素直に“取引”する気なんざ端っから無い

って分かってんだから」

 実際、ラースの読みは正解だった。ほぼ同時刻の西第四倉庫近郊、暗がりと遠巻きの物陰

から彼らの動向を窺っていた睦月達は、既に現地に到着して部隊を展開させていた。

 幹部級が一通り揃っているであろうことを前提に、その感知範囲から逃れる為、皆人らは

敢えて各々のコンシェルとは同期せず生身。海沙と宙は更に遠距離のビル屋上に陣取り、カ

ノンのスコープ越しから確認できる情報を随時こちらに伝えてくれる。

『大丈夫、かなあ? むー君と筧刑事だけで本当に……?』

 ぽつり。同じくインカム越しに海沙が心配する声が届く。だが当の睦月や筧、同行する皆

人らは努めて苦笑いを繕っていた。筧に関しては終始くすりともせず、じっと闇の向こうに

建つ倉庫群を見つめている。


『な、何で……? 二見さんと七波さんは?』


 最初現場で合流した際、睦月達は筧が一人で来たことに少なからず動揺した。向こうから

の要求では、守護騎士ヴァンガード及び獅子騎士トリニティが受け渡しの場に赴くことになっている。それは十中八

九、彼を含めた四人全員を亡き者にしようという腹積もりで突き付けてきた条件の筈だ。な

のに当の筧は、けろっと悪びれる様子もなく言った。

『あいつらは置いてきた。別に巻き込むこたあねえ。連中も目的は……こいつだろ?』

 見せてきたのは、彼の分を含めた赤・青・黄三枚のカードと、トリニティ・リアナイザ。曰く肝心

の物さえ寄越せば、実質要求分には変わらないだろうと。

『それは……そうかも、しれませんが……』

 鈍い睦月にも筧の目的は解っていた。二見と由香を庇おうとしたのだろう。こと今回の誘

拐事件、異母妹ようじんのむすめの命が懸かっているとしても、彼にとって身近な人物はあの二人だ。ギリギ

リの、敵と味方の両方を納得させる為の苦渋の決断だったのだろう。どちらにせよ、時間的

にもう間に合わない。出来れば巻き込みたくないというのは、自分達とて同じではあるのだ

から。

「……行こう。とにかく手筈通りに。例の再調整チューンも、タイミングを見逃すな」

「うん」

 そして睦月と筧は、場に残った皆人や冴島、仁といった仲間達に見送られ、緊張した足取

りで倉庫の方へと近付いて行く。彼らは二人とは別働で、大きく迂回しながら陽動──外の

敵を惹き付ける役割を担う。

「お? 来た来た……」

「時間ぴったりですね。どうやら、二人足りないようですが……?」

「問題ない。お前らの目的はこれだろ?」

 中には真弥の左右に立ち、彼女の後ろ手を掴んでいるラースとグリードが居た。他にはそ

の前衛に人間態の黒斗、ネクロに勇。やはり正面から取り返しに掛かるのは難しそうだ。

 眼鏡の奥で瞳を光らせ、ラースが早速問い詰める姿勢を。だが筧は既に想定済みといった

様子で、改めて懐から三枚のカードとトリニティ・リアナイザを取り出してみせた。睦月も同じく、

右手に提げたEXリアナイザの挿入口からデバイス──パンドラを一旦スライドさせて目視

させ、再び収納する。引き金もひく隙を警戒されないよう、全体を横向きにして持ち替えて

両手に。しんと両陣営の代表が、たっぷりと間合いを置いて対峙する。

「真弥を……返して貰うぞ!」

「ならば、貴方達のその装備一式と交換です。こちらに渡して下さい」

「彼女の引き渡しが先だ。俺はそこまで、お人好しじゃあねえぜ?」

 形式上、今回相対したのは真弥ひとじちと変身ツールの交換。だが睦月・筧側もラース達も、相手

がそう馬鹿正直に手札カードを明け渡すなどとは思っていなかった。大方同じく控えているグリー

ドの能力で、直後に操って引き戻す心算だろう。或いはそもそも、合図で放り投げるという

ポーズすらやらない可能性も高い。

「チッ」

「ふむ。物は間違いなく本物のようですが……」

「ではこうしよう。僕達がリアナイザとカードを、お互いの中間に置いて一旦下がる。そう

したらお前達が真弥を連れてこっちに来て、回収と同時に渡すんだ。触れなきゃ、僕も筧刑

事も変身は出来ないだろう?」

 大元は同じコンシェル。真贋の程は気配の類で判るらしい。

 だからこそ、膠着する状況を見て睦月は提案した。条件的には向こうの後出しになる分、

こちらが不利だ。それを自分達の側から言い出すのだから、形の上では譲歩してみせた格好

になる。ラースやグリード、勇は怪訝な眼差しを向けていたが、有利であるなら構わない。

大方その“同時”を、如何破ろうかという思案をしているのだろう。

「……良いでしょう。では先ず、そちらから」

 グリードやネクロに目配せをして、ラースがそう睦月達へと行動を促した。それを許可と

受け取った二人は、そっと互いの中間地点まで歩を進め、EXリアナイザと三色のカード、

トリニティ・リアナイザを一纏めにして置く。再びゆっくりと後退りするように下がり、今度は相手

側が動く番だった。グリードがギュッと、真弥を掴んだまま中間地点の方へと歩き出そうと

する。

「待って下さい、グリード。近付いた瞬間、獅子カード達が襲い掛かってくる可能性があります。

他にも罠が仕込んであるかもしれません。ラスト、貴方の能力で抑えた上で、回収して下さ

い」

「むっ!?」

「……分かった」

 だが、やはりと言うべきか、ラースが尚も用心深かった。歩を進めようとするグリードを

も押し留め、更に黒斗に向けて能力の行使──近付かずに回収するよう命じたのだ。

『ふえっ!?』

「おい、話が違うぞ!?」

「……信用出来ないのは、お互い様でしょう? それとも私達が素直に、彼女を無事に返す

とでも?」

「おい、ラース。ちょっと慎重過ぎやしないか? 俺も、この継ぎ接ぎもいる。下手な動き

をすりゃあ、人質ごとぶち殺せば良いだろう?」

「それが出来るのなら、貴方はとうにプライドからの指令を果たしている筈ですが?」

「──っ!」

 当の人質な真弥と、デバイスの中のパンドラが思わず素っ頓狂な声を上げた。筧が眉間に

深く皺を寄せて睨み付け、睦月が抗議の声で叫ぶ。しかし対するラースは、とうとう露骨に

言い切って撥ね付けてみせた。勇も勇で、ぐうの音も出ずに押し黙る。

 ヴゥゥン……! 黒斗の力場テリトリが展開され、範囲内にEXリアナイザや三枚のカード、トリニティ

リアナイザが捉えられた。ゆっくりと片手を持ち上げた彼が、薄く細めた瞳でその制御を開

始し──。

「……!」

「のべっ!?」「きゃっ!?」

 ちょうど、次の瞬間だったのである。直前黒斗は何かを察知したのか、サッともう片方の

掌を水平に切り、力場テリトリ内に全く別の物体を手繰り寄せる。

 二見と由香だった。まるで強制的に瞬間移動させられたように、寸前まで何も無かった中

空から、二人がどうっと前のめりに抗えないまま転がり込んで来た。睦月や筧、更には勇や

ラースまでもが酷く驚いた表情かおをする。

「……どうやら、まだ要らぬ鼠が紛れ込んでいたようだ」

「額賀さん、七波さん!?」

「何でお前ら……!? どうして此処が……?」

「痛づづ……。何でって。ひょうさん、あんたがそれを言いますかね……?」

 盛大にすっ転んだ顔を起こし、されど弾かれたように問うた筧へと、努めて飄々とした口

調で応える二見。隣では由香も、同じく軽く髪を手櫛で整えながら嘆息を吐いていた。ごそ

ごそと二人はデバイスを取り出し、言う。

「あんた達、有名人なのを自覚しないと」

「酷いですよ。寝ている間にブリッツ達まで持って行っちゃうなんて……」

 どうやら二人は筧や睦月、双方の目撃情報をネットで辿り、ここまで追って来たらしい。

特に睦月に至っては、リアルタイムでスキャンダルの渦中にいる人物なのだ。街の人々が注

目してない筈がない。

「水臭いッスよ。俺達、そんな頼りないですかね?」

「こいつらが──“蝕卓ファミリー”が極悪人だってことは、今日の様子も見てはっきり分かりました。

私達も、一緒に戦います! 戦わせて下さい!」

「お前ら……」

 ネイチャーの件以降、すっかり萎んでしまったものだと思い込んでいたのだろう。だが彼

らはいつの間にか立ち直り、自分を追って来てくれた。追って来た現場で、再び義憤を搔き

立てる敵の悪行を目の当たりにしたといった所か。筧は思わず呟き、戸惑っている。いや、

感動よりもそれ以上に、事態は寧ろ悪化してしまったと言えるのではないか?

(……拙いな。只でさえ大臣の娘っていう人質を取られてるのに、これ以上守らなきゃなら

ん相手が増えてもどうにもならねえぞ)

 チッと小さく舌打ち。筧は睦月と共に再び相対する敵側を見る。苦渋の末に中間地点に置

いたリアナイザとカード達は、直後黒斗が同じくテリトリの能力で手元に回収──転移させ

てしまった。そんな横目の彼と視線が合う。ラースやグリード、唖然としている真弥や殺気

立つ勇、ネクロ達も、それぞれこの招かれざる侵入者に視線を注いでいる。

『──』

 だからこそ、そこに僅かな隙が生まれていたのだ。結果的には多少強引だったが、事実と

してラース達の注意が束の間でも二見と由香に逸れたからこそ、反撃の狼煙は睦月達の下で

盛大にぶち上がったのである。

「? なん──」

 次の瞬間だった。轟。ラース達が小さな違和感に気付いた時には既に遅し、直後“足元”

が突如として猛烈な勢いで吹き飛んだ。大量の土煙、両陣営を巻き込む衝撃と共に、西第四

倉庫は地中からの渾身の一撃に見舞われる。

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