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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-62.Madien/続・亡者の行進曲
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62-(5) 醜態

 守護騎士ヴァンガードこと佐原睦月は、小松文教相の隠し子である。

 その日の昼時、堰を切ったかのようにメディアが報じ始めた内容を、人々は衝撃と幾何か

の“歓喜”でもって迎えていた。

 要するに彼がイコール“鬼の小松”の孫──これまでクリーンなイメージが強かった健臣

と、彼を閣僚に留めている政府を攻撃するのに都合の良い口実が、向こうから降ってきたか

らだ。事実この第一報が出て一時間と経たない内に、主要なウェブサービスのコメント欄に

は、彼らへの“失望”や“義憤”を表明したがるユーザーらが列を作った。

 顔も見えない個々の感情が積み上がる度に、長く長く連なってゆくほどに、寧ろ周りの人

間達が読み取れる内容は狭まってゆく。概して、歪なものになる。

「佐原君が、小松大臣の……? あの子達、そんなの一言も言ってなかったけど……」

「少なくとも、彼らにはほぼメリットの無い情報だね。と、なると」

「リーク、か……。蝕卓ファミリーか、それともあの子達を良く思ってない他の連中の差し金か……」

 PCのディスプレイと睨めっこしていた恵は、そう傍らで推論を述べる耕士郎アイズの言葉を継

ぎながら呟く。その間も他人びとが熱く“議論”を交わす一部始終を観察はしていたが、正

直内容には興味がない。どうせ叩きたい、溜飲ありきの連中だ。

 それよりも……。二人が心配するのは睦月達、以前力を貸した有志連合もとい対策チーム

の面々だった。今頃は彼らも、この無遠慮な告発者による被害に頭を抱えているだろう。


『政府は黙っていたのか? 大臣も実の息子だと分かっていて、電脳生命体との戦いに?』

『これって大臣の不倫ってことでいいの? 確か普通に夫人とお子さんいたよね?』

『天下の小松家だぜ? その気になりゃあタコンでも何でもやってるだろ。寧ろ何で、今に

なってこんな騒がなきゃいけないのかが分からんが……』

『睦月君が十六でしょ? 確か、娘さんが今中学生だった筈だから……。あれ? 順番がお

かしくない?』

『佐原博士を捨てて、夫人を取ったのか。あんな顔しといて鬼畜だな! 許せねえ!』

 ネット越しを含めて、急速にざわめき始める世論。特に佐原母子おやこが、これまで彼の親族と

して扱われてこなかったこと──その一方で守護騎士ヴァンガードという、危険極まりない戦いの第一線

に投入されてきた事実との兼ね合いで、批判の声は余計に熱を帯びていったように見えた。

こと政治方面、日頃政権与党に否定的な勢力からすれば、これほど都合の良いスキャンダル

はなかっただろう。

『もし報道の内容が真実であれば、これは非常に問題だと言わざるを得ません。只でさえ、

一介の未成年に危険を強いているというのに、それが実の子だとは! 政府には、徹底した

説明を要求する!』

『言語道断だ。三巨頭と呼ばれてきた、その血筋が故の傲慢だと言わざるを得ない。これは

与党野党の枠で語るべき問題ではないのではないか? 一人の若者への、我々大人が遵守す

べき倫理の問題であると考える』

 そしてそうした批判は野党だけではなく、政権側──与党内からも公然と上がり始める。

事態を受けて次々に官邸入りする閣僚、国会に出席する議員らを取り囲む取材マイクに向け

て、桜田議員を始めとした重鎮クラスも政府中枢、ひいては健臣自身をピンポイントに攻撃

することに余念がない。彼がかねてより、党内でも“反三巨頭派”の筆頭として認知されて

いるにも拘らず。


「ったく……。一体、何やってんだ!?」

 そう、地下司令室コンソールに顔を出してきた筧は、酷く不機嫌で今にもこちらへ殴り掛かってきそ

うだった。傍には情報収集の為、市中に出ていた隊士達が数名。筧曰く、彼らとは同じく単

独で市中を警戒していた際、偶然出会ったのだという。

「ニュースで見たぞ。あいつの父親が小松大臣で、娘さんの方も飛鳥崎こっちに来てたんだって

な? で、お前らはまんまとその護送を“蝕卓ファミリー”に襲われて、攫われちまったと……」

 まさか、毛嫌いしていた彼の方から訪ねてくるとは思ってもみなかったため、皆人以下場

に居合わせた面々はどうしても警戒する。ぐうの音も出ずに唇を結ぶ。

 だが彼の話を聞くに、把握された状況から察するに、何も彼が単身嫌味を言う為だけに足

を運んできた訳ではないことは明らかだった。

「今はあいつの出自の方で大騒ぎだが、娘さんの件がバレるのも時間の問題だろう。それも

含めて、奴らの作戦なんだろうが……」

「ああ。それが一体──」

「し、司令。実は先刻、ちょうど自分達が筧刑事と遭遇していた際、蝕卓ファミリーからメッセンジャー

と思われる個体が現れまして……」

 一瞬怪訝に眉根を寄せた皆人、通信越しの皆継や、萬波・香月。

 理由はすぐに判明した。おずおずっと、それまで筧の左右に立っていた件の隊士達が、市

中で起きたとある重大事案について報告してきたからである。

「“今夜二十一時に、ポートランド西第四倉庫にて待つ”」

「“守護騎士ヴァンガード及び、獅子騎士トリニティの三人のみで来い。さもなくば、小松真弥の命は無いと思え”」

『──!』

 量産型サーヴァントを介した、連中からの脅迫状だった。皆人・皆継父子おやこ司令室コンソールの面々、急遽通信を

繋いでこの一部始終を聞いていた外回り中の睦月達も、緊迫した表情でこの伝言内容に衝撃

を受けている。

 やはり、来てしまったか……。

 とはいえ、予想自体は出来ていた。一様に強張ったのは、思ったよりも早かったことと、

いざ真弥にくしんの命が天秤に掛けられて、揺れ動かない方がおかしかったから。

「……随分と奴らに、アドバンテージを取られやがって。しかもその火の粉を、俺達にまで

被せてくるとはな。大臣の娘の件だって、初めて知ったぞ」

 元公僕として、事態が事態だけに、煽り全振りという訳にもいかないということぐらいは

解っているのだろう。筧はそう、皆人達に例の如く憎まれ口こそ叩けど、その言外にはどう

する気だ? という確認の意思が読み取れる。皆人も、場や通信越しの仲間達の様子をざっ

と見渡して考え込んでいた。

 残された時間はもう、半日と無い。

 最も優先すべきは、真弥の命。だが量産型サーヴァントからのメッセージから察するに、奴らの目的

は……。

「……筧刑事。貴方にも協力を頼みたい。真弥嬢の、身柄確保に力を貸して欲しい」

「俺がホイホイと、お前らの言うことを聞くと思ってるのか? これまでの経緯、まさか忘

れた訳じゃないだろうに」

 選択肢などそもそも無い。皆人は筧、及びこの場には居ない二見・由香を含めた三人にも

協力を要請したが、当の筧本人は最初渋る様子を見せた。その言葉の通り、彼らがアウター

に準ずる力に手を出してでも、袂を分かったのには大きな理由みぞが在る。

『そんな──!』

『ちょっと筧さん、それでも元刑事な訳!? っていうか、目の前に妹ちゃんの肉親がいる

のよ!?』

『そ、ソラちゃん! さ、流石にちょっと言い過ぎ……』

「親族の情と、お前らのやらかしは別問題だろうが。最悪、奴らにリアナイザも娘さんも取

られたままって可能性もあり得る。そうなりゃあ、今度こそもう誰もあいつらを止められな

くなるんだぞ?」

 隊士達に海沙や宙、或いはじっと真顔でこちらを見つめている睦月の声、姿があった。筧

はあくまで、安易に要求に応じても、蝕卓ファミリー側が素直に真弥を渡すとは到底思えないと主張す

る。加えてその交渉──おそらくは各種リアナイザとの交換すら騙された場合、事態は更に

深刻さを増す筈だとも。

「……」

 それでも。たっぷりと間を置いてから、皆人は独り自身の席から立ち上がった。皆継や萬

波、香月、会談に集まっていた面々が一様に怪訝に眉を顰める。自分達の司令官は、何をし

ようというのか? まさか、力ずくでも彼にイエスを──。

「頼む。この通りだ」

『!?』

 一瞬、何人かの脳裏に浮かんだのは暴力的な手段。だが実際次の瞬間皆人が取ったのは、

その場で床にひれ伏す土下座だった。

 父・皆継も、睦月と香月の母子おやこも想定外だった、彼の行動。

 これに相対していた筧も、思わずぎょっと目を見張っているようだった。少なくとも彼に

とって皆人は、歳の割に落ち着き過ぎている不気味な奴、といった印象が強かったが故に。

『皆人』

「真弥嬢を救うには、守護騎士ヴァンガード獅子騎士トリニティ両方が必要だ。たとえそれが奴らの思う壺でも、

足元を見た前提条件でも、先ずそのスタートラインに立てなければ、彼女を救う手立てすら

打てはしない」

「……策は、あるんだろうな?」

「ああ。正直厳しい状況であることには変わらないだろうが」

 筧は暫くそんな皆人を見下ろしていたが、やがて短く確認するように問うた。土下座をし

たまま、されど馬鹿正直に返ってくる回答こたえ。彼は深く盛大に嘆息を吐く。

(こんなガキに、恥を捨てて頭を下げられちゃあ……悪いのはこっちになっちまう。やっぱ

気に入らねえ男だよ、てめえは)

 ふん。鼻で小さく哂いながら、されど内心筧は全く別の安堵すら抱いていた。ちょうど今

は二見・由香と別行動中。ネイチャーの件もあり、正直彼は二人を巻き込みたくはなかった

のである。

「勘違いするなよ? 要人の娘を、みすみす死なせる訳にはいかねえからな」

 ……恩に着ます。ややあってそっと立ち上がり直した皆人に、筧はちらりと視線を寄越し

た。皆継や萬波、香月に内外の仲間達といった面々がとりあえず安堵の表情を浮かべている

中で、二人は更なる詰めの協議に入る。

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