62-(2) 大敗北
「至急、犠牲者の数を!」
「待て! 先ずは奴らが立ち去ったかどうかの確認だろう?」
「怪我人は!? 治療に必要な物資は、要員は!?」
「お嬢様の行方は!? あれが“蝕卓”なら、一旦奴らの根城に連れ去られたと考えるのが
妥当なのだろうが……」
これも使命感というべきか。或いは自らの不始末で、只々生きた心地がしなかったからと
いうだけか。
敗走後、遠く路地裏の一角まで逃れた睦月達及び政府側のエージェント達は、各々の怪我
もそこそこに事態の巻き返しに努めていた。未だ動ける者は報告と予備戦力の要請に動き、
そうでない者は自らの負傷に酷く魘されている。
「──随分と、手酷くやられましたね」
「面目ない。今回ばかりは……俺達の完敗です」
ボロボロになりながら。辛うじてあの場での全滅は回避しながら。
しかし通信越しの司令室を含めて、一同の間に横たわる空気は重苦しかった。事態を聞き、
駆けつけて来た赤桐以下当局対策課の刑事達も、治療系コンシェルの処置を受けながら座
り込んでいる皆人にあまり多くの言葉を掛けられない。
「すみません、僕達が付いていながら……。真弥が、蝕卓に……」
「……謝る相手が、違うのではないですか? そもそも我々とて、同じ場に居て何か出来た
かと問われれば怪しいものです」
「そうですよ~。特に佐原君に関しては、身内でもあるんだし。そんなに自分を責めないで
よ。ねっ?」
既に一通り治療を終え、腕や頭に包帯を巻いた睦月も深く頭を。
ただ同じく対策課の主要メンバー、青柳や金松も、そうめいめいに正論や苦笑交じりの励
ましで応じる他なかった。「……はい」身内。その言葉に一瞬当の睦月が複雑な表情を見せ
たようにも思えたが、状況が状況だけに誰も突っ込んではいられない。どうあれ、結果は最
悪の事態──真弥が攫われたという現実に変わりはないのだから。
「だがよう。実際問題、これからどうする? 奴らの行き先は、現在進行形で捜してくれて
るにしてもさ?」
「あの筋肉ダルマもだけど、連中がわざわざ徒党を組んで来たってことは、妹ちゃんの正体
を知ってるってことだもんねえ」
「……そう考えなければ、辻褄が合いませんから」
「うん。私達には滅茶苦茶に攻撃してきたのに、あの子にだけはピンポイントに手を出さず
に連れ去ったことを考えると……」
「間違いなく、人質として利用する心算だろうね。少々楽観的かもしれないけど、それまで
は無事でいると思いたい」
『可能ならば、奴らとの“交渉”が始まる前に一手打っておきたい所ではありますね……。
志郎の言う通り、始まるまでは奴らも生かしておく公算が大きいですが、それ以降の安全は
保証されていませんので』
「そう、だね……」
まだ身体には、ダメージの余韻が残っている。だがそれ以上に睦月達が受けたのは、少な
からぬ隊士や政府側エージェントらの犠牲だ。
路地の壁に背中を預け、大きく嘆息しつつ仁が問うてくる。それを皮切りに宙や國子、海
沙に冴島、パンドラと、めいめいが現状を見た上での見解を投げて寄越す。睦月も基本的に
同じような認識だった。
皆人や冴島の咄嗟の判断だったとはいえ、事実として自分は真弥を見捨てて逃げてしまっ
た。急がなければ。彼女に残された時間は、そう多くはない。
「……」
「? どうしたの、皆人?」
「うん? ああ。少し考え事をな……。今回の件、やはり敵の動きが的確過ぎる。真弥嬢が
お忍びで飛鳥崎に来たという情報もそうだが、その目的がお前や香月博士だと何故分かる?
本人が名乗り出てくるまで、当のお前自身も彼女と異母兄妹だとは知らなかったんだ。勿論
俺達も、徒に言い触らしたことはない」
「それって……」
『内通者がいる、ということですか』
「おそらくは」
故に、ふと押し黙っていた皆人に気付いた時、一同の間に緊張が走った。この状況、互い
に被害が甚大な中でそんな発言を投げることが、どれだけリスキーなことか。
パンドラが端的に形容した言葉に、皆人は頷く。司令室や政府側の担当高官、通信越しを
含めた、今回の護送作戦に関わった面々がにわかに火花を散らし始める。
「ええっ!? ちょっと待ってよ!」
『そうだ、我々も“身体検査”は済ませたんだぞ!? 他でもないそちらが言い出した条件
ではないか!』
「ええ。分かっていますよ。ただあの継ぎ接ぎのアウターも、幹部級達も、明らかにこちら
の動きを知った上で睦月達に襲い掛かって来ました。今日の護送でも、どの車両に真弥嬢が
乗っているか、予め知っていなければあり得ない動きだった」
『それは……』
『だが、もし未認知のアウターが紛れていれば、そちらでもこちらでも、コンシェル達が反
応しない筈は無いだろう?』
「ええ。ですが死神の件を踏まえれば、それも幾つか突ける穴はあります。一つは敢えて個
体を進化──実体化させないで運用すること。これならば召喚する直前まで、その反応は検
知されない。もう一つは“身体検査”が終わった後に、改造リアナイザに手を出した者がそ
の内通者だった場合。個人的には、こちらの線の方が現実的だと考えます」
「なるほど……」
指折り一つ、二つ。高官らの不快感に、皆人はあくまで冷静だった。それは自身の述べる
仮説が、何も政府側だけにあり得るとは限らないとの思いが念頭にあったのだろう。おそら
く襲撃犯の召喚主と内通者は、別個の人物だと思われる。
『そんな後出しの理論……。ではどうすれば良かった? もっと日常的に身体検査を行うべ
きだったとでも言うつもりか?』
『大体、その内通者とやらも、そちら側に潜んでいる可能性だってあるんだ。事実お前達は
お嬢様を見捨てて逃げただろう!?』
「はあ!? 回収出来りゃあしてたよ! あんたら、さっきの戦いちゃんと見てたのか!?
幹部五人をいっぺんに相手出来る訳ねえだろ!?」
「落ち着け! ……真弥嬢を奪われたのは、こちらの不手際だ。その点は、重ね重ね申し訳
ない。当然我々としても、彼女の救出が最優先です。先程冴島隊長が話していた通り、敵も
彼女を人質として最大限活用しようとしてくるでしょう。奪い返すチャンスは……その時を
除いて他にないのです。お分かり、いただけますね?」
噴き上がった不満の声と、これへ真っ先に反論した仁の怒声。
睦月を含め、他の仲間達も思わずビクッと身を硬くする中で、他ならぬ皆人がこれを更に
上回る音量で制した。だがトーンは直後すぐに落ち、詫びつつもその実大の大人達を窘める
台詞。通信の向こう、高官達からすれば画面越しに見ているだけの少年一人の気迫に、不本
意ながら気圧される格好となる。眉間に皺を寄せたまま、仁もばつの悪い表情で視線を逸ら
している。
『……我々が揉めてた所で、真弥嬢が戻ってくる訳でもありますまい。一度、皆を帰還させ
ましょう。どちらにせよ、態勢を立て直さなければ』
う、うむ──。
そして皆継がそう、息子の言葉を引き受けるように言い、高官達もようやく大人しくなっ
た。彼が指摘する通り、このまま漫然と敵の“要求”が投げ付けられてくるのを待つのは悪
手も悪手だ。真弥救出の為、すぐにでも多方面に展開できるよう、可能な限りの治療や人員
の再配置が急務だろう。政府中枢にも、現状報告が必要だ。
『では司令。皆さんを連れて、一旦司令室へ』
『現場の仲間達は……こちらが別途人員を向かわせます』
「ああ」
まだまだダメージの残る、しかし動けるぐらいには何とか回復した身体に鞭打って、路地
裏から引き上げる一行。インカムの通信越しから聞こえる指示に、皆人や睦月達の表情は決
して明るくはなかった。失策と纏めるには、あまりに被害が大き過ぎる……。
「唯一の収穫は、あの筋肉ダルマの能力が判ったってことぐらい、かなあ?」
「でも不死身だろ? どうやって倒すんだよ……。ガネットの火で燃やされても、元通りに
なってたじゃんか」
「う~ん。何かカラクリがあるとは思うんだけど……」
宙や仁、海沙らがめいめいに唸って悩んでいた。積極的に見出した今回の意義も、さりと
てすぐに壁にぶち当たる。何より事態はネクロ一体だけに留まらず、下手をすれば残り二人
も含めた幹部級全員という可能性もあり得る。
「色々試そうにも、蘇る度に強くなっちゃうとね……。皆人、何か対策はありそう?」
「そうだな……。一応、無い訳ではないが……」
横を歩きながら、睦月もそうこの親友に水を向けてみた。彼のことだ。次も全く無策でぶ
つかろうとは微塵も思っていない筈。
「香月博士。司令室に戻り次第、幾つか頼みたいことがあるのですが」




