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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-62.Madien/続・亡者の行進曲
472/526

62-(0) 東アジア支社長

 飛鳥崎ポートランドの一等地に建ち、同集積都市広域を眼下・北方に見渡すことの出来る

ロケーション。新時代黎明期に設立され、今や世界有数のIT企業となったH&D社、その

東アジアにおける拠点が此処には在る。

「先月、先々月に続き、利益の減少傾向が続いています。今回が七・三パーセント、前回比

で0・二ポイント減。やはりTAテイムアタック関連の損失が響いているようです」

「現状、他商品の売り上げで相殺させているため、減少幅はそこまで大きなものとはなって

おりませんが……。今後も中長期で生産停止による損失、流通済みリアナイザの回収作業に

係る費用計上が嵩むものと考えます」

「本国とは違い、日本このくには大人もサブカルチャー市場を形成しています。だからこそ、TAテイムアタック

展開する先としては絶好の物件だった筈なのですが……」

 オフィスビルの上層階ほぼ一フロア、その半分近くをぶち抜いた会議用スペースに、社内

の各チームの責任者や代表が集められていた。次々と、定例の業績報告が行われている。楕

円状のテーブル中央から投影されるホログラムの図表達には、そんな彼らの並々ならぬ頭脳

と、現状への焦りが込められていた。やや照明は落とされ、面々の纏う雰囲気と同様に若干

の重暗さを感じさせる。

「──仕方ないわ。主力として打ち出す、商品の比重を変えればいいだけの話よ」 

 だがそんな場にあって、一人動じずにこれをサッと制した人物がいた。楕円のテーブルの

上座、窓際の特等席に着き、じっと報告に耳を傾けていたスーツ姿の外国人女性。長めの金

髪をポニーテールにし、如何にもキャリアウーマン然とした長身の美女である。報告に集ま

った面々、社内でも各プロジェクトの要となっている部下達を見据えて、彼女は続ける。

本社CEOリチャードの決定が出た以上、私達はそれに従うだけ。今あるカードで、或いは新しく創

り出すことで、経営ゲームに勝ち続けることが私達のミッションよ。今ステフが言ったように、我

が社には他にも魅力的な商品が沢山ある」

「ええ……」

「ですが、問題はもっと根深いものと考えます。未だ市中では、正規品オフィシャルではなくなったリア

ナイザが裏ルートで取引されていると聞きます。例の怪人騒ぎが収まる気配もありませんし、

やはり技術自体は盗まれてしまったものと……」

 それでも、部下達の間に降りた沈黙。ただ月毎の損益という数字以上に、こと開発部門に

属する面子にとって心苦しかったのは、自分達が携わった技術が悪用──よりによって人々

に実害が頻発する“兵器”とされてしまった現状であった。

 他の部下達も、上座の彼女も数拍応えることはしなかった。それもまた、事実は事実。社

が開発した技術・製品による災いが今後も長引けば、いずれH&D社というブランド全体へ

の信用にもダメージが必至だということを解っていたからだ。

「……だからこそ、早期にリチャードが手を回してくれたとも言えるのだけどね。その辺り

の勘と素早さは、流石といった所かしら。多少強引でも、違法改造のアレと“対決”する姿

勢を示したことで、社全体へのダメージは一先ず最小限に抑えられた……」

 彼女は言う。加えてこの国の政府も、先日件の怪人に対抗すべく、その力の一端を手に入

れたばかり。今後はその機能による“身体検査”が、市中の闇を狭めてゆくことになるだろ

うと。

「貴方達は、胸を張って働きなさい。挫けていては、それこそ例の怪人や奴らをばら撒いて

いるっていう組織の思う壺よ? 私達はHappiness and Development──人々の幸せと発展

に寄与する存在なのだから」

 社長……。そして締めのように彼女が掛けた言葉に、部下達は思わずぐっと込み上げる感

情を抑えつつ呟いた。或いはそんな様子すらおくびにも出さず、只々気持ち俯き加減で佇ん

でいる。静かに瞳を閉じている。

「──」

 数値の上だけでは計れない激励、新たにさせる決意。若しくはそれらも含めた人心掌握術

なのだろうか。

 彼女の名前は、キャロライン・ドー。H&D東アジア支社を束ねる敏腕社長である。

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