61-(3) 異母妹(いもうと)
「えへへ……すみません。ご迷惑をお掛けしまして……」
ドタバタの確保劇の後、睦月達は一先ずこの少女・真弥を佐原家に上げることとなった。
海沙や宙、居合わせた隊士達は勿論、輝と翔子も交じる。店の中から一部始終を見られてい
たため、下手に隠そうとするのは無理だと判断したからだ。
「本当にびっくりしたよ。皆さんが取り囲んでたから、てっきりアウターかと……。あ、お
茶で良かったかな?」
「あ、はい。ありがとうございます。お構いなく」
とりあえずリビングに通し、一旦落ち着かせてから話を聞く。コトンと、睦月が出してく
れたパックのお茶を、真弥は少し遠慮しつつも受け取っていた。年齢の割に一つ一つの所作
が丁寧で、やはり育ちの良さを窺わせる。その傍らにはデバイスが──パンドラと何処とな
く似た、軍服姿の少女型コンシェルが画面内に映っている。
『突然の訪問、驚かせて申し訳ありません。お姉様。実は私も、今朝突然お嬢様に持ち出さ
れた身でありまして……』
『お、お姉様!?』
以前香月が作り、健臣ら政府との共闘を進める際の“発見器”として量産、送り込んだコ
ンシェルであるガネット。その一号機──オリジナルな彼女は言う。真弥の兄に会いたいと
いう願いを聞き、自身もパンドラとのそれと重ね合わせたのだと。
「ああ、そっか……。時系列的に姉妹機になるんだっけ」
「話には聞いてたけどな。というか、自由意志のあり過ぎるコンシェルも困ったモンだな」
「それで、その……。貴女がむー君の妹さんだという話なんだけど……」
「はい」
だが何よりも、肝心な話は自称・妹だった。本人以上に気が気でないのか、海沙が先んじ
ておずおずと問う。睦月もパンドラも、宙も隊士も輝らも、先刻の自己紹介ではにわかに信
じられなかったその情報について確認を取る。
曰く先日の夜中、父・健臣と祖父・雅臣がこっそり話しているのを聞いてしまったこと。
その名が連日メディアを賑わせている守護騎士の正体だとも知り、居ても立ってもいられな
くなったということ。一応、自室に書き置きは残してきたので、週明けまでには帰る予定だ
ということ……。
「──そっか」
皆が驚愕の表情のまま固まっている中にあって、一人睦月の第一声はそんな酷く淡々とし
たものだった。良くも悪くも平坦で、努めて感情を押し殺しているようにも見える。咀嚼を
幾度となく繰り返し、一周回ってある種の悟りに至ったかのような。
この子が嘘を吐いているようには見えない。先程、付属中の生徒手帳も見せて貰ったし、
小松大臣の娘であることは間違いない。そして何より……彼こそが今まで姿も名前も知らな
かった自分の父親で、即ち目の前の彼女とは異母兄妹であるということも。
(道理で母さんも、自発的に語りたがらなかった訳だ)
睦月はゆっくりと、心の中で大きな嘆息を吐く。だとすれば、これまでの経験・経緯も全
て繋がる。色々なことが腑に落ちる。
巻き込みたくなかったのだろう。“弱み”になると解って身を引いたのだろう。何となく
予想はしていたが、母が一人で自分を育てると決めた理由は、やはり自己犠牲だったのだろ
うなと悟る。
ガンズの折、玄武台視察に訪れて自分と鉢合わせした際、妙な反応だったことの説明もこ
れで付く。まさかあの人が、自分の実の父とは思いもしなかったが……。
「あ、あれ……? 皆さん、もしかしてご存じなかったのですか?」
「わ、私、ひょっとしなくても、とんでもないことを……!?」
だからこそ、一通りの話を聞いた睦月達の反応を見て、真弥はサァーッと表情から血の気
を引かせていた。ガネットもガネットで、そんな仮の主と彼らを繰り返し見比べ、どうしよ
うかと迷っている。人の心の機微、情愛の全てまで、最新AIとはいえ解りはしないのだ。
「てっきり皆さんご存じだからこそ、お父様達と共闘しているのだとばかり……」
「あ~……。まぁそうよねえ。睦月とおばさんのあれこれを知らない外野からすれば、先ず
そう考えるのが自然か……」
宙が重苦しく呟き、頭を抱える。輝も翔子も、まさか香月の夫が現職大臣だとは予想だに
していなかっただろう。何と睦月に、娘達に声を掛けたらいいかすら決めあぐねている。
全体的に気まずい空気が流れていた。真弥の思い込みと、そもそも件の夜に部分的にしか
話を聞けていなかったことが要因として大きい。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 私、お父様とお爺様の話を聞いて舞い上がっちゃ
って……! 自分にお兄様がいるって知って、居ても立ってもいられなくて……!」
ぺこぺこ。真弥は弾かれたように立ち上がり、皆に何度も何度も頭を下げる。寧ろこんな
小さな子にそこまでさせる方が、悪いようにさえ感じた。「あ、いや……」隊士らも、最初
は怪しんで捕えようとしていた手前、正直引いている。
「……話を聞いた時、これはいい機会だと思ったんです。いつもお父様達が人を遣って、今
まで自由に出掛けるなんて出来なかったから。それにもしこのタイミングを逃せば、また文
武祭の時みたいな事件が起きれば、お兄様と会えるチャンスが遠退いちゃうって」
「真弥ちゃん……」
ぐすっと若干涙目になり、彼女は付け加えるように吐露した。
出自の良さに起因する不自由さと、まだ見ぬ兄に一目会いたいという思い。だがそれも、
アウターとの戦いが一段もう一段激しくなるにつれ、叶わなくなる。解っていた。面々が思
わず言葉を失い、或いは海沙が同情を深める。年齢こそまだまだ幼いが、周囲を取り巻く不
穏については、人一倍に敏感であるようだった。
「だがよう──」
「理由は分かったわ。でも、この旅が凄く危険なことだったというのは解るわよね? 今回
は偶々、何もなしに辿り着いたけど、途中電脳生命体に襲われる可能性だってあった。貴女
が小松大臣の娘だってバレたら、そうじゃなくても悪い奴が良くないことを考えるかもしれ
ないのに。……ううん。自分の娘を心配しない親なんていない。大臣も夫人も、今どれだけ
心配していることか……」
とはいえ、今頃小松家が大騒ぎになっていることは想像に難くない。輝が、そして翔子が
大人代表として、たっぷり間を置いてから彼女へと諭した。それはきっと、少なからず自分
達の娘に対する感情ともリンクしていたのだろう。
「ごめん、なさい……っ」
「まあまあ。こうして無事なんですし。ちゃんと反省しているなら、僕達がこれ以上何か言
うことはないですよ。後は任せて? 皆人に連絡して、ご家族の下に帰してあげるから」
平謝りするこの腹違いの妹に、睦月は敢えて間に入るように振る舞っていた。“お説教”
する輝・翔子を何とか宥め、仲間達にも目配せをして了解を取る。要人の娘という肩書きも
含めて、帰宅までを守ろうと約束した。こと睦月の言い方には、あくまで小松家の問題とい
うニュアンスも感じられはしたが。
「──お? 噂をすれば何とやら」
ちょうどそんな時だった。デバイスから着信が掛かり、見てみれば司令室に居たらしい皆
人のもの。隊士の一人が、真弥を確保した後に先行して報せてくれていたらしい。面々の方
をもう一度ざっと見渡して、睦月は通話に出る。
「もしもし?」
『睦月か? 俺だ』
電話の向こうの皆人は、既に真弥が佐原家──睦月と出会ってしまっていることを悔やん
でいるようにも思えた。それでも感情を押し殺し、話はすぐに彼女を如何安全に小松家へと
引き渡すかに移る。出奔の報せは、小松大臣・政府側から既に対策チームにももたらされて
いた。皆人達も司令室で、確保の為に市中の捜索をしていたようだが、結局は本人が逸早く、
目的地にまで到達していたというオチらしい。
『──余計な手間を掛けさせたな。彼女はこちらで保護しよう。民家に居るよりは、まだ地
下に匿っていた方が安全だろうからな』
「うん。分かった。じゃあ、これから僕達はどうすれば良い?」
睦月は電話越しに指示を仰ぎ、仲間達と共に動き出す。
皆人曰く、一旦真弥は地下司令室で保護し、向こうからの迎えなり送りの準備が出来次第
出発する予定だという。
『それと……移動時はなるべく少人数で、迂回しつつ来てくれ。大人数の塊で動いた場合、
何某かの敵性勢力に勘付かれる危険性がある』
「了解。ルート取りはよろしく」
そうして一しきりの休息と支度を整えた後、睦月達は皆人から示されたルートの一つを通
り、真弥を司令室へと避難させるべく出発した。睦月と海沙、宙、若干名の隊士達。応援も
含めて隊士達の側は、周囲を警戒する為にこっそり隠れつつの同行だ。
『! マスター!』
『お嬢様!』
だが──そう敵も、都合良く気付かぬままでは居てくれないようだった。
敢えて遠回りをして地下通路へ続くポイント目指す睦月達の前に、ふとダメージジーンズ
を履いたダウナー系の女性が現れたのだ。路地の曲がり角からぞろぞろと、彼女及び生気に
乏しい黒スーツ姿の男達が、行く手を遮るように並び立つ。
「ねえ、これって……」
「うん……。もしかしなくても」
『気を付けて下さい、マスター』
『こいつら全員、越境種です!』




