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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-61.Maiden/遠方より姫来たる
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61-(0) 懸案、多岐

 国立飛鳥崎学園はその名の通り、同集積都市における教育の要として設立された。即ちこ

の街、ひいては国の未来を担う人材を育成する為の、同市最初の一貫校である。

 しかし……そんな黎明期の理想は、今や“現実”と大きく乖離して久しい。

 そもそも競争を是とする新時代とは、より多くの「敗退」者を生み出す。たとえ切磋琢磨

により「勝者」という上澄みが濃縮されようとも、その度合いに比してそこまでついてゆけ

ない──輝けなかった者達の数は膨れ上がる。誰もが超人にはなれないからだ。何より集積

政策による人口の集中は、人材の母数こそ増やせど質の向上を担保するものではなかった。

少なくとも、自ら志願した者達でなければ当然の道理だろう。狭い水槽に入れられた魚のよ

うに、寧ろ互いを傷付け合う。蹴落とす者を定め、足の引っ張り合いにばかり執着する。

 尤もそんな現象、さがに、時代の新旧など関係ないのだろうが……。


「──そうですか。やはり、七波由香は現れませんか」

「ええ。他の生徒なら、我が身の安全の為という理屈で済むのだろうけど。あの子の場合は

特に、ね……」

 西日の差す学園コクガク、保健室。皆人は単身密かに忍と接触し、かねてより懸案の一つである由

香について報告を受けていた。

 デスの一件以来、教室にも顔を出さなくなった元玄武台高校ブダイの転校生。今や筧や二見と共

獅子騎士トリニティを名乗り、第三勢力と化した悩みの種。窓際のデスクに着いたままの忍も、同じ

く参ったといった様子で呟いている。

「文化祭の前、クラスに復帰する申し出があった時から、妙だなとは思ってたのよ。あの子

の母親が殺されてしまった時点で、ただ転入とケアでアプローチするんじゃなく、もっと物

理的に確保しておくべきだったのかも。まあ、結果論だけどさ」

 解っていて尚、駄目元で彼女はそう結ぶ。あの時逃げられ、こちらの把握していなかった

空白の時間さえなければ、獅子騎士トリニティの一人にはならなかった筈だ。尤もそれはそれで、筧と

二見のタッグに落ち着いていた可能性が高いが。

「……済んでしまったことを嘆いても仕方ありません。今から出来ることに、全力を注ぐだ

けです」

「分かってる。これからも、アウター達の攻勢は続くだろうしね」

「ええ」

 終始皆人は難しい表情かおで、眉間に皺を寄せていた。傍目から見れば何時も通りではあった

が、彼とて対策チーム司令官という立場の苦悩がある。多くの懸案が、ずっと頭の中でぐる

ぐると回っていた。

(先日の“壁”に関しては、まだ動機がはっきりとしていた。召喚主の板倉も、今は警察病

院。睦月の言っていた黒チップの副作用もあって、おそらくは再起不能と見ていい)

 だが……。

 不安要因はもう一つ前、デスの出所である。

 あくまで件のアウターが睦月一人を狙っていたこと、出現した時期も彼の身バレと重なる

ことから、犯人は守護騎士ヴァンガードが存在することで都合の悪い誰かだろう。真っ先に浮かぶのは

蝕卓ファミリー”の刺客だが、肝心の召喚主が未だ捕捉出来ずじまいとなっている以上、第二・第三の

襲撃が起こる可能性は十分にある。敵も最早、漫然と単発の攻勢で済ませるとは思えない。

「まあ、私も……出来る限りのことはやってみるよ。コンタクトが取れないと、ケアも何も

無いからねえ。出席日数や試験、登校してくるタイミングは必ずある」

 じっと、畳んだ間仕切りに背を預けて目を細めている皆人に、忍は言う。

「或いはいっそ、リモートでの参加に切り替えるか。ただ、今後の社会性諸々を考えると、

他人に敵意を持ったままの現状を“肯定”しかねないけど……」

「ん、ああ……。それなんですが」

「?」

「彼女の居場所については、既に探らせています。近い内にパイプを作れる予定なので、そ

の際には貴女にも共有して貰えると──」

 思考に沈み、ハッと顔を上げ。

 二人が互いにそうした重苦しい空気に浸っている、ちょうどそんな時だった。ふと曲です

らない単調な着信メロディが鳴り、皆人が言葉を止めて懐に手を伸ばした。「失礼」取り出

したデバイスの画面を一瞥して、その仏頂面が更に曇っている。忍も若干首を持ち上げ、こ

の電話の主が誰かを確認する。

「会長から? 珍しいわね」

「ええ……」

 掛けてきたのは、皆人の父・皆継だった。三条電機グループの総帥にして、アウター対策

チームの代表スポンサー。事実上のトップである。

 その名を画面上に認めて、怪訝に呟く忍。だがそれ以上に当の皆人は、更に頭痛の種が増

えたかのような苦々しい表情かおをしていた。

 普段対策チームに指令を出す際は、司令室コンソールを経由してくる父。

 そんな彼が、わざわざ司令官たる息子に、直接連絡を寄越してくるということは……。

「もしもし、俺だ。ああ。ああ──」

 かと言って、先延ばしや無視ができる筈もなく、皆人は次の瞬間には応答していた。忍が

息を呑むように見守る中、彼は暫し向こうからの連絡に耳を傾ける。

「……何だって?」

 驚愕の余り、ピクッと引き攣った下瞼。

 そして案の定、皆人はその内容に、険しい反応を見せるのだった。

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