60-(7) 熟慮と無垢
再三時を前後し、首都集積都市・東京。
その一等地の一角に建つ小松邸にて、健臣は三巨頭“鬼の小松”として知られる父・雅臣
と密談を交わしていた。閉め切った応接室に、飛鳥崎中央署での一件や同市文武祭、有志連
合こと対策チームによる記者会見の映像等をスクリーンに流し、ざっと目を通して貰った上
でとある重要な事実を伝える。
「──ほう? そうかそうか。あの若いのが、お前と佐原博士の子供……つまりは俺の孫に
なるって訳か。何でい。てっきり真弥が、初孫だとばかり思ってたのによう……」
呵々。
そう歯を見せて笑う姿は、見てくれこそやや色黒の強面だが、前情報なしの印象としては
気の良い好々爺といった様相であった。
かつての三巨頭のリーダー格であり、新時代になだれ込む世界の流れに、この国を同乗さ
せた立役者。“鬼の小松”こと、小松雅臣元総理である。
すまない……。健臣は、そう残念がる父の反応に、すぐさま俯き加減で謝罪をした。
飛鳥崎での学生時代、志を同じくする仲間でありライバルでもあった才媛・香月。やがて
その関係は徐々に男女のそれへとなってゆき、自身が父の政界引退後の後継として呼び戻さ
れるまで続いた。いわば事実上の隠し子。政治家としてはかなりの“隙”にもなり得る。
だが対する当の雅臣は、そんなこちら側の心配も余所に、変わらず気分良く笑って撥ね飛
ばしていた。息子の浮かない表情、改まって持ち掛けられた相談に、寧ろ何が問題だ? と
言わんばかりに片肘を突いている。
「何で謝るんだよ? 俺にしちゃあ、孫がもう一人いるって判ったんだぜ? 親のお前がそ
んな通夜状態でどうするんだ。大体その話だって、十六・十七年も前じゃねえか。今更どう
こう出来るでもなし……。それに結果論で言やあ、あの子が対電脳生命体の“救世主”に収
まってる。当時の事情だって、お互い合意の上ではあったんだろう?」
「……まあ。それは、そうなんだが……」
ぽりぽりと首筋を掻きながら問う父・雅臣。だが一方で健臣は、だからこそ心中複雑な気
持ちで今日まで過ごしてきた。
最初、玄武台の事件で飛鳥崎を訪れた際、偶然にも出会ってしまった当人。
あの時は流石に、こちらが実の父だと気付いてはいなかったようだが……その名を名乗ら
れ、聞いた瞬間には驚いた。香月から産んだ子の名前は聞いていたから、まさかと耳を疑っ
た。同時に、運命は何て底意地の悪いことをするんだと嘆いた。自業自得だろうと、反論さ
れればぐうの音も出ないが。
「はあ。何でお前はそう、うじうじ過ぎた事を悩むかねえ……? 好いてる女が居たなら、
どうしてあの時俺達に言わなかった? 流石に知ってたら俺も、縁談を持って来はしなかっ
たぞ? それか、一緒に娶ってやりゃあ済んだろうに」
「……本人がそれを望んだんだよ。さっきも言ったろう。自分は研究の虫で、政治家の妻は
務まらない。貴方は貴方で、この国の皆を幸せにしてくれって」
「で、妊娠してることを知ったのが、更にその後……。そりゃあ確実に、お前を気遣って身
を引いたんだろうがよ。かぁ~っ! 情けねえ! 俺達もいる、多婚制度だって使える。お
前の惚れた腫れたは、その程度だったってのか?」
「違う! 俺は香月を……愛していた。真由子も、真弥も……」
ぶつぶつ。長年燻っていた後悔と自責の念は、さりとて彼の本音までを曇らせてはいない
ようだった。雅臣に煽られていう面もあるが、それまで縮こまるようにして座っていた彼が
初めて、くわっと大きな声で反論する。反論して、またぶつくさと頭を抱える。
「……面倒臭ぇなあ。なら今からでも、認知してやりゃあ良いんじゃねえか? まあ真由子
さん達が同意するかどうかだが……。政治のあれこれは今考えるな。反対したい連中は、何
をだしにしたって難癖ぐらい幾らでもつける」
「自分はもう引退してるからって、呑気なことを……。大体そう言う父さんだって、結婚し
ているのは母さん一人じゃないか」
「ははは。一人も何も、あの制度は未来を担う世代の者達の為に作ったんだ。老兵がそこに
縋ってどうする?」
「……格好つけるなよ。どうせ実際は、母さんが恐かっただけだろ?」
呵々、呵。
それまで余裕ぶって説教垂れていた雅臣だったが、直後息子がぽつりと漏らした一言に、
静かに表情を硬直させて沈黙する。
「──はあっ、はあっ、はあッ!」
空には雲が広がり始めていた。獅子騎士に変身したままの筧と二見、由香は、浅田に肩を
貸しながら必死に逃げ続けていた。延々と田園風景の中、畦道が山の麓まで続いている。息
を切らしても尚、足を止める訳にはいかなかった。ネイチャーの時間稼ぎ以前に、逃げ切れ
るとすら、正直確信は持てていなかった。
「ッ!? あ……。あァァ……ッ!!」
しかし、そんな最中である。突然浅田が何かを感じ取ったかのように、ハッと弾かれて顔
を上げ、そのまま遥か後方を振り返って震え始めた。泣き出し、その場で崩れ、尋常ではな
い慟哭が響き渡る。
「じ、じいさん?」
「浅田さん、一体何が──」
「……死んだのか。ネイチャーが、あの少年が」
返答は無い。だが理由は明白だった。慌てて寄り添っていた二見と由香が、たっぷりと間
を置いて訊ねた筧の言葉にハッとし、思わず言葉を失う。あの“孫”は既に進化済みで召喚
される必要すらなかった筈だが、どうやら彼らの間には絆とでも言うべき、ある種の繋がり
が形成されていたらしい。
「──解っただろう? それが貴方と“私達”の末路だ」
怪人態のままの黒斗が姿を見せたのは、ちょうど次の瞬間の事だった。彼はおそらく力場
を展開しての転移能力で四人の前に現れ、そう絶望に打ちひしがれる浅田に向かって呼び掛
ける。
「悲劇しか待ってはいないんだ。貴方はすぐに、彼を手放すべきだった」
二見ことブラストが、ギリッと冷気の長杖を握り締めていた。由香ことブリッツも得物の
弩を構え、筧ことブレイズも臨戦態勢を取っている。
追い付かれた──そんな端的な状況判断よりも、めいめいの怒りの方が、この時彼らの心
中を支配していた。
(私、達?)
「何を偉そうに……。それもこれも全部、てめぇらが殺ったからそうなってるんだろうが!!」
果たして……それからどれだけ時間が経ったのだろう?
同じ場所、畦道の只中で、怪人態のままの黒斗は“ゆっくり”の凍結を受けて独り停止し
ていた。辺りにはもう、筧達及び浅田の姿は見えない。とうに逃げ去った後だろう。そんな
彼の無残な姿を、遅れてやって来た勇のトリケラ・モジュールの一突きが融かす。
ぐらりとふらつきながらも、黒斗ことユートピア・アウターは元の姿を取り戻した。ふる
ふると小さく首を振る彼に、龍咆騎士姿のままの勇は、強く怪訝な声色をして問い質す。
「おい、ラスト。てめえ……わざと食らったろ?」
「……何の話だ」
しかし当の黒斗は、頑として答えない。不愛想に突き放すようにして惚け、そのまま変身
を解除して人間態に戻る。黒い執事服を軽く指先で摘まみながら整え直し、尚も剣呑な視線
を向けてきている勇に対し、訊ね返した。
「しらばっくれるな。……いいのかよ? 大事な大事な繰り手が、危ないんじゃねえのか?」
「お前こそ……彼女達を始末してどうする?」
「あ?」
「大体の事情なら聞き及んでいる。始末し終わったとして、プライドの下に戻って、それか
らお前はどうするというんだ?」
何を……。勇は半分以上、苛立ちと共に言い返そうとしていた。されどそれよりも前に黒
斗が素早く二の句を継ぎ、その足取りのまま、こちらを見ることもせず立ち去ってゆく。
「知らない訳ではないんだろう?」
「あいつも含めて、私達は、もう──」
(──私に、兄妹? お母様とは別に、お父様にもう一人のお母様が、いる……?)
波乱の予感は、既にこの時芽生えを迎えつつあった。健臣達は気付かなかったが、応接室
の外から他でもない彼の娘・真弥が、こっそり二人の会話に耳を澄ませていたのである。
(もう一人のお母様……私の、異母兄……?)
パアッと、にわかに華やぐその幼い笑顔。コソコソと廊下の物陰から、聞き耳を立て続け
て整理をした思考。
それは大事に大事に育てられた、箱入り娘である彼女にとっては、実に魅惑的で抗い難い
事実であった。居ても立ってもいられぬ、初耳の繋がりであった。
(私には──異母兄がいる。“お兄様”がいる!)
-Episode END-




