60-(4) 揺らぐ三獅子
『頼む! 草太に──孫に手を出さんでくれ!』
時は遡ること数日前。“壁”の現地調査中に不審なアウターを見つけた筧達は、されどそ
の追跡劇を一人の老人によって止められてしまっていた。流石にただの一般人を攻撃はでき
ず、筧と二見、由香と三色のトリニティ達は一旦臨戦態勢を解かざるを得なかった。カード
状に戻した三体を手に、筧達はこの老人・浅田茂雄から事の経緯を聞かされる。
『た、確かにこの子は……草太は、人間じゃあない。で、デンノーセイメイタイ? じゃっ
たか。昔死んだ孫に、もう一度会いたかったんじゃ……』
曰く、契約内容は事故死した孫との再会。
彼は思いの外あっさりと、改造リアナイザに手を出したことを認めた。その上で、これま
で自分達が他人に危害を加えたことがないのだと、だから見逃して欲しいと訴えてきたので
ある。
『……ついさっきまで、俺達を攻撃していたが?』
『うっ。そ、それは、あんたらが突然襲い掛かってきたからだろ? 正当防衛だよ、正当防
衛! ノーカン、ノーカン!』
草太こと、この人間態のアウターが半ば自棄糞に反論してくる。少なくとも彼ら二人に、
明確な敵対の意思は無いようだった。二見や由香が、こちらの方を見ている。予想に反して
“人間味”があり過ぎて、戦意が揺らいでいるのだろう。リーダーとしての筧に、その判断
を求めている。
『と、とりあえず……家に来んかの? こんな道端では、隠れるも何も出来んわい』
かくして一行は、浅田の提案で彼の自宅へと案内されることになった。飛鳥崎の中心部、
都市圏内から大きく離れた郊外の田園地帯。その一角にぽつんと建つ、倉庫併設の古民家。
『ふえ~……すっげえな。これ、全部爺さんの土地?』
『土と、草? え? こんなので家って成り立つものなんだ……』
特に生まれも育ちも飛鳥崎市内──集積都市が基準となっている二見と由香にとって、こ
うした旧時代の家屋はとても珍しく映ったらしい。茅葺き屋根や、内装に一部土壁もあるの
を見て、上に下にと視線を忙しくしながら暫し辺りを見回っている。一方で筧の方は、刑事
時代に何度も捜査などで市内外を往復しているため、そういった感慨には縁遠い。慣れっこ
である。
『そうじゃな……。街の者にとっては、最早珍しい部類になるんじゃのう……。田舎暮らし
と言えば聞こえは良いが、要するに辺鄙なだけじゃからな。あれだけ広がっておる田畑も、
今となってはとてもじゃないが全てを面倒は見切れん。集落の他の者らも、大半が街の業者
に売り払って管理を投げてしまっておる』
まあ、年波の所為も大きいがのう……。
三人に茶を出してくれつつ、浅田はそう縁側から見える田園風景に目を細めてごちた。卓
袱台や箪笥、磨り減った畳。年季とこじんまりが混ざり合った空間の中で、その語り口はや
はり物寂しい。筧達は気の利いた慰みを掛けてやれるでもなく、只々なりゆきで訪れること
になったこの古民家を、時代の移ろいなるものと共に想う。
浅田は語る。故に近年は、庭弄りなどをしながら、独り余生を過ごしていたと。
しかしある時、売人らしき男からもたらされたリアナイザにより、ネイチャーこと生き写
しの孫・草太との再会を果たした。彼のお陰で滞っていた農作業、力仕事も可能になり、以
来一緒に暮らすようになった。ネイチャーも浅田のことを“じいちゃん”と呼び、慕ってく
れている。本当の祖父と孫のように、これまで細々と生きてきた……。
『で、でもよう。そいつは──』
二見は言いかけて、しかし自ら途中でハッとなって止める。少なくとも草太の方は言わん
とする所に気付いたようだ。未だぼうっと外の風景を、過去の追憶に片足を突っ込んでしま
っている浅田の横顔を視界に、両者は黙り込む。解り切っていることを、今更口に出して問
い詰めても何になるのか。
“本物のお孫さんじゃあない”──それはかつて、二見自身も、ミラージュことカガミン
という例でもって味わった喪失。既に来た道。
『えっと……? ではお二人は、あの“壁”とは無関係……?』
『ええ』
『というか僕も、他の皆みたいに見に来ていただけだから。もし街との行き来が完全に出来
なくなったら、作物を納入出来なくなっちまうからな。収入源が絶たれちまう』
ああ……。
由香の問いに、草太ことネイチャーが答え、三人は一応合点がいった。辻褄は合う。つま
りそこへ偶然にも自分達が居合わせ、トリニティ達が“同胞”として感知した、と。
『……だがお前が、越境種であることには変わらん。俺達は、お前らを根絶やしにする為に
戦っている。すんなりと信用する訳にはいかないな』
しかし対する筧は、あくまで浅田及びネイチャーへの警戒心を解かなかった。二見がかつ
ての自分と重ねているらしいことも含め、目的を明確にする為だろう。そうして情のままに
越境種を受け入れ、めいめいに辛い結末に関わった同士だからこそ、再び譲ってはいけない
一線というものがある。
『兵さん……』
『少なくとも、今回の一件に関わりが無いと言うのなら……証明してみせろ。お前達以外に
犯人がいて、且つ仲間ではないと証明するものが要る』
『う……。わ、分かった。犯人を見つければいいんだな?』
かくして筧達は、ネイチャーに条件を突き付け、市中の犯人を捜させるよう仕向けた。こ
れが日没後、睦月達と檻兜のアウター、及び勇・黒斗との交戦発見へと繋がることになる。
「──よい、しょっと……」
時は現在。飛鳥崎市中での遭遇戦から数日。
筧達はこの日も未だ、浅田の古民家に滞在していた。朝から二見は近くの井戸で桶一杯に
水を汲み、由香は台所に立って皆の朝食の準備をしている。
「爺さ~ん! 水汲めたぞ~!」
「おお、ありがとう。そこの甕に溜めておいてくれい」
「……悪いな、七波ちゃん。俺達の飯まで作って貰って」
「いえいえ。勝手にお邪魔しているのは私達ですから。……お父さん以外の人に作るの、久
しぶり」
浅田から身の上話を聞かされたというのも大きいのだろう。この数日の間に、二人はすっ
かり郊外のスローライフを満喫しつつあった。街生まれの街育ちの彼らにとっては、その全
てが新鮮な経験であった。或いはかつてのような心穏やかな暮らしを、ずっと何処かで望ん
でいたのかもしれない。
「額賀さん。お料理並べるの手伝ってくれますか?」
「おう。へへ……今日も七波ちゃんの手料理……」
「ほっほっほっ。そうじゃのう、いいモンじゃのう。若い娘さんのってのが、また割り増し
で美味く感じるのかもしれん」
「お爺さんは、誰か作ってくれる方はいらっしゃらないのですか? 話にあった娘さんや、
息子さんのお嫁さんとか」
「どちらも、そう頻繁に帰ってくる訳じゃないからのう……。こと草太が死んでからは、娘
夫婦の方はとんと寄り付かんようになってしもうた。妻が逝った時も、そうじゃったな」
『……』
卓袱台の上に、出来たての料理──浅田達の意向で和食メインのメニューが並ぶ。
本人は何の気なしに答えてくれたが、二見と由香は思わず押し黙ってしまった。この数日
で大分打ち解けたとはいえ、やはり触れるべきではない話題・キーワードは在る……。
「そ、それよりも! 兵さん遅いなあ。何時になったら帰ってくるんだろう?」
「そうですね……。何日かしたら戻る、とは言ってましたけど……」
ただ噂をすれば何とやら。急いで話を切り替えたその矢先、浅田邸へと近付いて来る人影
があった。真っ直ぐに田園風景を貫きつつ延びている畦道、その中を筧が草葉を踏みながら
現れる。
「戻ったぞ。結果を言えば……そいつらは嘘を吐いてない。伝手を使って、この前話してた
個体やら事件を確認したんだが、間違いなくあの夜に飛鳥崎で起きていたみたいだ。“壁”
の一件も、当局と対策──有志連合が、共同で対処に当たっている最中のようだ」
若干の不機嫌、真剣と渋面の間。筧は市内から戻って来て早々、二人にそう照会結果を報
せると言った。
「俺達も戻るぞ」
「倒すべき敵は、街の外にも中にもまだまだいる」
外……。
それまで和気藹々としていた雰囲気が、にわかに怪しく険しいものへと変わっていった。
二見と由香が、彼からの命令口調に、敏感に反応する。
つまりは言外にそれとなく、目の前のネイチャーも倒すということだろうか? “壁”の
事件に関わる召喚主は別にいて、彼と浅田は無関係であるとも判った。それでも尚、機会さ
え回ってくれば、彼らも自分達は斃すのだと。彼らの“日常”を破壊するのだと。
『……』
当のネイチャー及び浅田も、そんな三人のやり取りは眼前で見つめていた。配膳や笑って
いた手、表情は止まり、警戒している。迷っている。何も情とは一方通行ではない。たとえ
筧の側が多くを語ろうとせずとも、彼らもまた複雑な事情を抱えているであろうことは、こ
の数日の付き合いで何となく察してはいた。
かつて二見も由香も、アウターに関わったが故に苦しめられた。だからこそ深入りして欲
しくはない。偶然とはいえ、手に入れた力で、災いと悲しみの根源を断つ。
喉元過ぎれば何とやら。筧の言わんとしていること、方針は解ってはいても、事実目の前
のアウターとその召喚主は“無害”であると思えてならなかった。叶うのなら、今度こそ誰
かには幸せであって欲しい……。
三人の間でも、内心意見は割れていた。団結は揺らいでいた。
「──ビンゴだぜ。お前の勘も、捨てたモンじゃねえな?」
だがちょうど、そんな時である。
筧達、浅田邸の方へ、新たに現れ近付いて来る人影があった。逸早く察知したのは草太こ
とネイチャーで、ハッとその気配を感じ取って顔を上げて飛び出す。先程筧が戻って来た方
向とは、また別の舗装道から入って来ている。
「!? あいつら……!」
二見や由香、筧もその姿を見て、思わず弾かれたように前に出た。懐のカードに手を伸ば
して、殆ど反射的に臨戦態勢に入った。
「……」
「よう。久しぶりだな? 見つけたぜ? 覚悟しな!」
勇と黒斗だった。“蝕卓”幹部こと七席、エンヴィーとラストである。
およそ殺伐とは似つかわしくない古民家を背景に、三色のカードとリアナイザ、人間態の
怪人達が、各々の思惑と共に対峙する。




