60-(3) 黒斗の干渉
水面下、蝕卓側に変化が起きたのは、遭遇戦のあった夜から二日後の事だった。
飛鳥崎の南部、ポートランドの一角。同組織の隠されたアジトに、人間態の黒斗は独り突
如としてやって来た。専用のカードキーを使い、開錠された金属製の丸い大扉。内部のサー
バールーム兼中二階の広間に居合わせたラースとスロース、グリード及びグラトニーは、こ
の同じ“七席”の来訪にめいめいの驚きを見せる。
「あら? 珍しいわね。あんたが自発的にこっちへ顔を出してくるなんて。一体どういう風
の吹き回し?」
「どうした、手勢でも欲しくなったか? 悪ぃがもう、真造リアナイザを撒く権限は、大半
が奴らに渡っちまったぞ?」
「……」
しかし当の黒斗ことラストは、そんな二人──スロースとグリードからの問い掛けにはま
るで応えず、そのまま円卓の外周をぐるり歩いてゆくと、上座のラースの前に立った。途中
完全に無視された格好のグリードが、小さな舌打ちを鳴らす。同じく隣席のグラトニーも、
ちらりと一瞥こそ向けど、呑気に袋ごと抱いたポテチを食べ続けていた。汚い咀嚼音が薄暗
い室内に響いている。
「ラース。ある個体の居場所を調べたい。お前なら、彼らの所在を確かめられるだろう?」
「……それは貴方の、今与えられている任務に関係あることだと?」
「ああ」
用件だけを端的に。告げられたラースは、特に立ち上がるでもなく、席からじっと黒斗の
方を見上げていた。眼鏡越しに剣呑を包んだ視線と問いを投げ、淡々とあくまで要求してく
る彼を、数拍怪訝をもって見つめる。
「……いいでしょう。その個体の名は? それとも、面識はありませんか」
「名前は知らない。というより、姿も見ていない。おそらくは樹などの植物に干渉できる能
力、或いは感覚のみを飛ばす類の能力だろう。拠点は、西部郊外との境界付近──少なくと
も私が遭遇したのは、その辺りだ」
ふむ……?
存外、ラースは特に突っ込んで事情を訊いて気はしなかった。或いは既に、先日の交戦自
体を把握していたか。あまり寄り付かない此処へひょっこり顔を出してきたかと思えば、つ
っけんどんに用件だけを振ってくる。スロースやグリードも、その意図する所に不快や警戒
感を隠さなかったが、どうせ正直に答えてくれる筈もなかろう。ラース自身も、そう踏んで
泳がせることにしたと見える。
円卓の引き出しからタブレット端末を取り出し、ざっと画面内で検索を掛けるラース。指
先で何度かスワイプしてゆく中で、怪人態・人間態の写真付き一覧が次々に流れていった。
中には暗転させられた上で、赤い射線が引かれた者──既に何らかの理由で消滅してしまっ
たらしい個体達もそこには載せられている。
「……この者、ですかね。現存する中で、一番今貴方が言った条件に合致している」
「個体名はネイチャー。植物を操り、また触れた植物同士を経由して、遠くの様子を視るこ
とも可能なようです。繰り手は浅田茂雄。郊外在住の老人。職業農家。息子や娘は家を出て
行き、時折孫の草太と共に遊びに来ていたようですが……二年前に事故死。契約内容も、そ
の“孫にもう一度会いたい”といったもののようですね」
つらつらと、人一人の人生・物語があるにも拘らず、そうラースは全く興味が無いといっ
た様子で端末に表示された情報を読み上げていた。くだらないと、さもそう言いたげに嘆く
ようにして、ちらっと一旦黒斗の方を見る。彼当人も、やや眉間に皺を寄せた不愛想な面で
は負けていない。
「実際、その孫の姿を取って実体化も果たしたようですが……そのまま彼を始末するでもな
く、現在も一緒に暮らしているようです。典型的な“怠慢”個体ですね」
「……」
十中八九、最後のワンフレーズに関しては、他ならぬ目の前の黒斗に対する当てつけであ
ろう。向けていた視線に数拍の間、されど特段何も返って来ない当人の反応。寧ろ知るべき
内容は知れたと、最後にもう一つ訊ねる。
「それだけ判れば十分だ。その者達の住所は?」
「おいおいおい。何だよお? 今更そんな奴にちょっかいでも出すのか? ぶっちゃけ望み
薄だろ。今ラースもそう言ったじゃねえか」
「ねぇあんた、また変なことを考えてるんじゃないでしょうね?」
やっかみ或いは、ダウナーな猜疑心。しかし黒斗はやはり、そんな彼女らの言葉には一切
応えなかった。渋々と、ラースが件の個体・ネイチャー及び浅田の居場所を伝えると、黒斗
は軽く形だけの礼を口にして踵を返す。
「ちょ、ちょっと! あんた他人の話──」
次の瞬間にはもう、彼はさっさと歩き出していた。
行きと同様、専用のカードキーを差し込んで、再び開いた大扉から差し込む光の方へと、
吸い込まれるように消えてゆく。




