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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-60.Execution/君の自由は我等が敵也
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60-(1) 劣勢の一陣

「? どうした?」

「……いや」

 エンヴィーこと黒いパワードスーツ姿の勇に横目を遣られ、怪人態の黒斗はスッと視線を

正面に戻した。夜も更けゆく飛鳥崎市中。眼前には睦月以下対策チームの面々と、当局の捜

査関係者と思しき面子──赤桐達が庇われている。更に正反対、勇と黒斗の背後には、今回

の騒動の元凶である檻兜のアウターとその召喚主が居る。

「止せ、睦月! 今の手負いの状態で、幹部二人を同時に相手するのは無理だ!」

 クルーエル・ブルーを傍らに召喚したまま、皆人は叫んでいた。パンドラと同様、今この

状況で敵の加勢を相手をするのは拙過ぎると解り切っていたからだ。

「でも!」

 されど当の睦月は叫ぶ。鉄杭が掠めた右肩をぐらつかせながら、正面に対峙する勇達から

目を離せない。

「逃がさねえよ。まあ、どうせヤるんなら、万全の状態で潰したかったが……」

 赤桐達を、そして生身の皆人を。

 睦月ら対策チームサイドが不利を察し、退却に移ろうとするのを、勇や黒斗が見逃す筈は

なかった。龍咆騎士ヴァハムート、黒いパワードスーツ姿の錆鉄色の双眸が光り、ダスターモードの得物

を振り被って駆け出す。同じく怪人態、ユートピア・アウターとしての黒斗も、杖を片手に

数拍遅れて攻撃これに続く。

 それからは実質、睦月はほぼ彼らからの一方的な攻撃に晒されることとなった。皆人も見

てはいられないと加勢にこそ入ったが、元よりクルーエル・ブルーの得意技は伸縮刃。中か

ら遠距離が得意の間合いであり、こと目下の乱戦状態では迂闊に撃ち込むことも難しい。

 半ば狂気のままに殴り、或いは跳んで睦月らを翻弄する勇と、その隙間へ捻じ込むように

杖術の駄目押しを入れてくる黒斗。守護騎士ヴァンガードのパワードスーツから次々と火花が散り、幾度

となく大きくふらつく。クルーエル・ブルーも同様で、その度に操作している皆人も反動を

受けて顔を顰める。

「……」

 ただその一方で、場の主導権を奪われる格好となった檻兜のアウターとその召喚主の男性

は、事態の推移を半ば呆気に取られて眺めていた。立ち尽くし、次に自分達がどうすれば良

いかを決めあぐねていたのだった。


『おい、そこの檻頭と繰り手ハンドラー。何をぼさっとしてる? さっさと行け。目的を果たすんだろ

う?』


 割って入られた直後、勇にそうは促された。少なくとも、彼らが一応は味方──バリーと

同じ電脳生命体なのだろうとは理解したが、だからと言ってこちらを庇ってくれる理由が分

からなかった。認識、感情としては“いいとこ取り”をされた感触だったからだ。

(っ……)

 目深に被ったフードの下で、ギュッと彼は密かに唇を噛む。何より、睦月らに自分達の犯

行が目撃されてしまった以上、身バレの可能性は残されていたからだ。彼ら二人に始末を任

せ、その不確定に便乗して離脱することに、彼は躊躇いを見せてしまっていたのだった。

 寧ろあの個体達に加勢した上で、一挙に倒してしまうべきでは?

 万が一、守護騎士ヴァンガードや後ろの当局の連中を逃してしまっては拙い。相棒たる檻兜のアウター

も、ちらっとこの彼を見遣り、判断を待っている。

『──おおぉぉぉぉぉぉッ!!』

 しかし……結果的にその迷いが、彼らにとって致命的となった。

 この間、攻守交代と躊躇いの内に生まれた時間に、睦月ら対策チーム側の仲間達が相次い

で合流を果たしてきたのだ。

 状況は、通信越しで聞き及んでいる。先ず反撃に突っ込んできたのは、仁以下旧電脳研の

メンバーを中心とする隊士達だった。彼らは生身の本体ではなく、同期したそれぞれのコン

シェル達で睦月・皆人、勇・黒斗の間に割って入り、強襲を加える。「どけぇぇーッ!!」

何より仁自身も、鉄白馬チャリオット形態に変えたグレートデュークを突撃させ、勇を二人から無理矢理

に引き離した。「……ちっ」だが対する勇も、その突進をパワードスーツ越しに一旦受け止

めつつ、リアナイザの銃底を二回転。エレトリックの放電で反撃し、これを他の隊士ごと吹

き飛ばす。

『あぎゃーッ?!』

「大江君、皆!」

 辛うじて幹部級二人とのタイマンは回避された。睦月は大きく距離を取り直し、されど後

方へ痺れながら転がってゆく仲間達を心配する。振り向いてまたすぐ正面を見据える。

「……」

 まだもう一人、黒斗がいた。ゆらりと杖を片手に、くわっと皆人がクルーエル・ブルーの

刃を伸ばしてきても、酷く落ち着いて受け流して進む。勇のことは特に心配してやるでもな

く、彼は彼でその“目的”を果たそうとする。

「──」

 そこへ、ステルス状態の朧丸が、背後から奇襲を掛けるべく突きの太刀を放っていた。彼

女らの部隊もまた、大江隊と時を前後して追い付いて来ていたのだ。

 だが当の黒斗ことユートピア自身は、これを振り返りすらせずに防いでみせる。既に力場

は十二分に展開してあるのだろう。たとえ姿が視認出来なくても、何かが居る。この状況と

仁らが飛び込んて来たことを勘案すれば、警戒は必然だった。

『!?』

「いい筋だ。しかしまだ殺意が乗り切っていないな。私は敵だぞ?」

「……そうでしょうね。その心算ではなかったですから」

 背中へ担ぐように持ち替えた杖の腹で、朧丸もとい國子の刃を受け止めた黒斗。

 しかし当の彼女は、ステルス状態をスッと解除しながら、それでも落ち着き払っていたの

である。「何……?」両者の攻撃と防御がぶつかる。そのことで生じた、彼と睦月らの間合

いの広がりが為せればそれで充分だった。

「司令! 皆をこっちへ!」

 そう、陽動。

 次の瞬間、中空から皆人や睦月らに呼び掛けてくる声があった。ジークフリートと同期し

た冴島だった。彼は既に風の流動化でコンシェルを包み、大江隊と國子隊、両者が勇と黒斗

を引き離すタイミングを待っていた。

 仲間達が空を見上げる。両隊も突撃・襲撃から切り返して戻ってくる。

 直後ジークフリートから、特大の竜巻が眼下の睦月達に向かって投げ付けられ──思わず

その場で手で庇を作った勇と黒斗の前から、気付けば面々の姿は消えていた。竜巻も、夜の

ビル風に混じってゆき、やがて跡形もなく見えなくなる。

「……くそっ! また逃げられた!」

「ああ。数がいると連携これがな……。お前も、一々矛先を変え過ぎだ」

 再三の逃亡。勇は龍咆騎士ヴァハムートの姿のまま、あからさまに苛立って叫んだ。一方で黒斗は黒斗

で、怪人態のままヒュッと杖を右手小脇に握り直した。もう戦闘態勢は不要だと言わんばか

りに。

「──」

 場に残った消化不良感。急速に霧散してゆく殺気。

 だがそんな、音も無い風圧の残滓に、召喚主のフードは確かに脱がされていて……。

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