60-(0) 藪蛇
「──っ!?」
黒斗ことユートピア・アウターの視線がこちらに向けられた瞬間、少年は殆ど反射的・本
能的に能力を解除した。
目の前には直前まで触れていた植木と、小振りながらも手入れの行き届いた庭が広がって
いる。時は日没から数刻。辺りにはやたらと背伸びをするビル群も、夜の静けさに水を差す
ネオンの明かりも無く、庭木や生垣を含めた一帯が暗闇に呑まれたまま佇んでいる。
(まさか、あの距離から……? 僕の存在に気付いたっていうのか?)
あまりの驚きに全身が震え、片手で軽く顔面を覆った少年。
連中のやり取りから、あの二人が“蝕卓”の七席──上位個体であることは間違いない。
又聞きでしか詳細は知らなかったとはいえ、これほどの力とは。
何よりも拙いのは、自分達の存在がバレてしまったかもしれない。その可能性が出てきた
ということ。正直、そうではないと信じたい。それに物理的に距離は十分にキープしていた
し、すぐに退いたので、あちらに痕跡は残らない筈だが……。
「大丈夫か? 草太?」
すると、そんな彼の背後から、おずおずと心配そうに声を掛けてくる人影があった。ちょ
うどこの庭先に繋がる縁側、一軒の古民家の中から、一人の老人が出て来ていた。白髪を短
く切った、やや浅黒い肌。長年の年波と日焼けによるものと思われる。
明かりの向こう、家の中から顔を覗かせた“祖父”に、少年は振り返る。努めて動揺して
いた表情・身体を抑え込み、せめて彼の前では無邪気な笑みで在ろうと繕う。
「う、うん。大丈夫。ちょっと、向こう側の奴らが勘付きかけたものだから……」
苦笑い。つい、ぼかして伝える本当の事。
だが解ってしまったのだろう。それだけこの老人と少年の付き合いは長く、そして濃いも
のだった。フッとその表情に陰りが見え、気遣うように押し黙る。望まぬ類の未来が脳裏を
過ぎっていた。やはり街の側に関わるのは、危険過ぎたのだと。
『……』
努めて苦笑う少年と、これにそっと近付き、寄り添って支えようとする老人。
更に家の中、純和風の畳敷きと卓袱台の置かれた室内には、彼らとは別に目撃者がいた。
同席している者達がいた。
夕食時、卓袱台に並べられた野菜中心のメニューを囲い座っていた少年少女。或いは襖横
の柱に背を預けて両腕を組み、この一部始終を見つめていた男性……。
筧達だった。
二見と由香、及び筧。獅子騎士として独自に“壁”の事件を追っていた三人が、彼らの背
後・室内から顔を覗かせていたのである。




