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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-59.Execution/埋まらぬ溝、嵩む壁
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59-(4) ニア・ケース

「待て! 止まれェ!」

「ひいっ! ひぃぃ……ッ!!」

 少年の姿をした、アウターと思しき個体を追って筧達は疾走する。

 やましい事が本人にあるのか、それとも只々単純に、鬼気迫って追ってくる筧に恐れをな

したのか。二見と由香も遅れて後を追い、走り続ける周囲の風景は、街の中ではなくどんど

ん郊外へと移り変わっていた。

 人気が減り、開発の波に後れた街並みの跡。

 そこから次第に、田畑や山々──人工物よりも、自然物が増えてゆく。

(奴の拠点は郊外か。それに、俺が走っても追い付けない脚力……やはり見た目通りの身体

能力じゃあないな)

 土地鑑も手伝っているのだろう。舗装が途切れてでこぼこ、草や砂利に取って代わった道

の上でも、この少年型のアウターは速度を落とさず駆け抜けていた。事実懐の中の、カード

状態のブレイズは、先程からずっとこの同胞に反応し続けている。

 このままでは埒が明かない、いずれ逃げ切られる……。

 筧はぎゅっと唇を噛み、もう一手打つことにした。懐からカード状態のブレイズを取り出

して解放、後方の二見と由香もそれを見てめいめいに倣う。赤・青・黄、三体のトリニティ

・アウターが、この少年型個体を押さえるべく先行し始めた。加えて筧がもう片方の手で、

トリニティ・リアナイザを取り出したのを目の当たりにし、悟ったのだろう。対する少年の方も肩越

しに大きく目を見開いた直後、そうはさせじと迎撃に出始める。

「──っ!」

 駆けながら、ダンッと手近な木や地面に手を。

 するとどうだろう。まるで彼の干渉がトリガーとなったかのように、木の根や枝々が猛烈

な勢いで成長。明らかな敵意をもって筧達に襲い掛かり始めた。三人も思わず目を見開く。

どうやらこれが、あのアウターの能力らしい。

 だが先行させていたトリニティ達──特にブレイズの炎を操る力のお陰で、それらはこと

ごとく本人らに届く前に焼き払われていた。足元や中空、消し炭になって消えてゆく樹木の

間を縫うようにして、追跡の手は抑えられることなく寧ろ強まる。

「!? そんな──」

「捕らえろ! ブレイズ!」

 筧は叫ぶ。正直、能力的に相性の良い相手でよかった。尤もブレイズが駄目でも、二見の

ブラストや由香のブリッツ、ぶつける力の選択肢は他にもあるにせよ。

 敗因は、筧達に勘付かれてしまったこと。

 迂闊だったのは、もう二人、二体の追撃を失念していたこと。

 正面から距離を詰められそうになり、焦った少年型のアウターだったが、時は既に遅かっ

た。慌てて迎撃の手を止め、逃げに徹しようとしたその直後、左右の側背からブラスト及び

ブリッツの攻撃を受けてしまう。地面を這う氷結波に足を取られ、次いで電撃を纏わせた拳

による強打──「かっは!?」氷ごと砕け、吹き飛ばされて、遂にこの少年は捉えられる。

地面を転がり、悶絶した次の瞬間には、トリニティ三体及び追い付いてきた筧達に取り囲ま

れていたのだった。

「大人しくしろ! もう逃げられないぞ!」

「ぜぇ、ぜぇ……。よ、ようやく止まった……」

「貴方……越境種アウターですよね? 間違いないですよね? 抵抗しないで下さい。一体どうして、

あんな所に?」

 ブレイズが仰向けの身体に圧し掛かり、ブラストが能力を警戒し、両手足の先を凍らせて

封じる。強い警戒心を示す筧や、激しく肩で息をしている二見に追い付いて、由香は一応こ

の少年に訊ねていた。あんな異能を使ってきた時点で間違いないだろうが、本当に“壁”を

建てて回っている犯人かは怪しかった。

「あ、あんたらこそ……何者なんだ? 同胞と契約しておいて、いきなり追って来るし、寄

って集ってボコボコにしてくるし……」

「色々とあってな。アウターは俺達が全部滅ぼす。七波君、こいつがあの建造物を作った個

体ではないにしても、放置は出来ないぞ?」

「ええ……」

 さあ、化けの皮を剥がしてやる。

 めいめいの私怨、大義。筧がブレイズに合図し、右手に炎の剣を生成し──。

「待ってくれ!!」

 だがちょうど、そんな時だったのである。炎剣を振り被り、下ろす直前、三人とこの少年

型アウターの間に突如として割って入って来た者がいた。白髪を短く刈った、やや浅黒い肌

の老人だった。すんでの所、思わず筧達は攻撃を止めさせ、ギョッとする。まさかの乱入者

の出現に驚きを隠せない。

「頼む! 草太に──孫に手を出さんでくれ!」

「じ、じいちゃん!」

『……』

 どういう事だ? 筧達三人は、互いに顔を見合わせて困惑していた。トリニティ達も攻撃

を再開せず、同じくこの老人の懇願を見ている様子から、少なくとも彼はアウターという訳

ではさそうだ。生粋の人間だ。

 どうして……? 予想外の邪魔者に戸惑う。

 特に今は亡きミラージュと二見、黒斗・淡雪といったケースを、間接的ながら睦月達経由

で聞き及んでいた由香は、内心激しく動揺する。

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