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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-59.Execution/埋まらぬ溝、嵩む壁
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59-(2) 逃避

 飛鳥崎の市中に突如として現れ、かと言って何かが湧いてくるでもなくそびえたままの、

謎多き黒鉄色の構造物群。

 同市北部にあるその一つに、由香は筧と二見、三人で訪れていた。学園コクガクへは先日から自主

休校を続けており、今は制服ではなく私服姿だ。どんと、出現以降これと言って変化がなく

とも、間近で見上げたその重圧感はニュースで見た比ではない。

「……大きいッスね。予想してたよりもずっと」

「ああ」

 最初はSNSに投稿された画像。そこから一日二日と経たずに、既存メディアもこぞって

取り上げ始めた。間近でよく見てみるに、どうやら鉄骨やら廃材などを圧縮し、更にある程

度ブロック状に整形した上で積み上げられているようだ。

 十中八九、電脳生命体──アウターの仕業であろうことは明白だった。人々も、有志連合

こと対策チームの存在が明らかになったことで、次第に彼ら絡みの事件に対して“慣れ”が

生じ始めてきているように見える。事実、自分達以外にもちらほらと、この謎の構造物を見

物に来ている者達が少なくない。

「少なくとも、常人の仕業じゃあないな。重機が束になれば再現出来るかもしれんが、それ

ならとっくに情報として流れているだろう」

「はい。ですがそもそも、一体何の為に……?」

「……」

 そんな由香、及び筧のやり取りを、傍らの二見は終始それとなく横目で観察していた。何

処となくそわそわ、意識が目の前にあらず。もっと別の事が気になって、気を揉んで落ち着

かないといった面持ち。

「なあ、七波ちゃん」

「? 何ですか?」

「その……学校には行かなくていいのか? 例の“死神”の件は片付いたんだろ? 騒ぎも

一応落ち着いて、授業も再開しているそうじゃないか」

「そうですけど……。額賀さんだって行ってないじゃないですか」

「お、俺はいいんだよ。俺は。七波ちゃんと違って中退してるし、フリーターだし……」

 ただ、当の対する由香の方は、努めてドライな態度だった。意を決して話し掛け、それと

なく諭そうとしたにも拘らず、逆にそう反論される。二見自身、痛い所を突かれて再び口ご

もらざるを得なかった。自分でも説得力というか、弱いというのは重々承知していた。

「……おーぼーです」

「そっ、それでも! 基本の勉強が出来るんなら、しておいた方が良いってこったよ。先輩

からのアドバイスだ」

「それは、そうですけど……」

 一旦目の前の構造物、瓦礫の“壁”から視線を外し、由香は言葉の上では突き放しつつも

語気を弱める。年齢的な意味での先輩か、それとも同じくアウター絡みで喪失経験を味わっ

た同胞としてのそれか。少なくとも、彼の心配する気遣いまで解らないという訳ではなかっ

たからだ。だからこそ、お互いに踏み込むべきなのかどうか迷ってきたし、実際受け入れる

気もなかった。そんな気分にはなれなかった。

(だって、癪じゃない)

 そもそも現在の学園コクガク在籍は、対策チームの根回しによって玄武台ブダイから転入したためという

経緯がある。正直な所を言うと、彼らの都合の良いように踊らされて、素直に従いたくはな

かった。守る気があるのかないのかもはっきりとしない。尤もこちらが、途中でブリッツ──

戦力を手に入れたからということもあるのだろうけど。

 これまでのこと、父を含めたこれからのこと。

 全てを含め、精神的な余力がどうしても足りなかった。故にまだ、こうして事件に目を向

けて戦っている方がマシだという部分もあった。自分でも、歪だという自覚はあれど……。

「額賀。その辺にしておいてやれ。少なくとも、今する話じゃないだろう」

「う、うッス……」

 そう悶々としていると、今度はやり取りを見ていた筧が口を挟んできた。

 今は集中しろ。額面通りにはそう言っているようにも聞こえる。ただ彼の表情、すぐに視

線を構造物に戻した雰囲気からは、もっと別な感情も垣間見えるような気がした。

「まあ俺も、いち父親としては、学校を出るぐらいはしておけとは思うがよ」

『……』

 それよりも。際に小さく呟いて、筧は次の瞬間には二人に促していた。目の前の“壁”が

持つ得体の知れぬ異質さ、何か根本的な違和感。少なくともこの鉄塊自体には、何か仕込み

がある訳ではなさそうだった。寧ろ彼が気になっていたのは……周囲に集まり出している、

野次馬の数だった。

「七波君、額賀。一旦戻るぞ。外野が集まり過ぎて、このままじゃ騒ぎになる。見えるか?

後ろの人ごみの向こう、警官が何人か来てる。何処ぞの馬鹿が通報でもしたんだろうよ」

 ハッとなって、二人はようやく彼の言わんとしていることに気付いた。ずっと後方から駆

けて来ている、制服姿の警察官らの姿を認めた。

 十中八九、野次馬──物好きな暇人や通行人、或いは現場を撮影しようとする者達を追い

払う為だろう。このままでは自分達もその巻き添えを食う可能性が高い。特に筧──元刑事

である彼の場合は、顔見知りと出くわすパターンもあり得る。面倒事になる前に、さっさと

退散した方が吉ということか。

「そう、ですね。物はデカいですけど、犯人に繋がりそうな手掛かりはなさそうですし」

「他にも出没したでた場所はありますから、次は──」

 だがちょうど、そんな時だったのである。

 筧に促され、場から立ち去ろうとした二見と由香は直後、自身の相棒たる待機状態のトリ

ニティらが突如反応を見せたことに気付いた。筧も含め、懐に忍ばせていた赤と青と黄色の

カード。元は一体だったアウターが、ひょんなことから自分達三人と三分割される形で契約

を結んだ姿……。

「! あいつか!」

 同胞てきが近くにいる。

 筧達は反射的に振り返って辺りを見渡し、そして集まる野次馬の中に一人、唯一こちらの

視線に気付いて慌てた少年を見つけた。

 人間態か? 悠長に確かめている暇はない。向こうも向こうで弾かれたように、一目散に

逃げ出したのをそれ見たことかとかこつけ、筧を先頭に追って駆け出す。

「逃がすかッ!!」

「あ! ちょ、ちょっと待ってくださいよ~! ひょうさ~ん!」

「ぬ、額賀さん。今それを叫んだら逆効果……」

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