59-(1) 壁と案件
デス・アウターの撃破と睦月の復学から数日後。皆人は睦月以下対策チームの面々に召集
を掛けていた。地下司令室に集まった彼らと、既に通信越しにスタンバイしていた皆継らス
ポンサー陣も揃い、早々に話は本題へと入る。
「──今回集まって貰ったのは他でもない。先日から散発している、市内の“壁”のことは
知っているな?」
「うん。今朝もそれで、大分電車が停まっちゃったみたいだね」
「ネットでも色んな憶測記事が出てるな。まあどれも、出しにしたいだけの好き勝手なモン
ばかりだったが」
「ねえ、皆っち。やっぱりあれって……アウターの仕業?」
「だと考えている。物理的にあんな芸当が、人間に出来るとは思えん」
ついっと肩越しに指示を出し、制御卓に着いている職員らに幾つか、実際の現場画像を表
示させる。睦月や仁、宙などの確認するような質問に、皆人は終始険しい表情だった。
中央のモニター群を合わせて映し出されたのは、高く高く積み上げられた巨大な鉄塊。周
囲の家屋などが霞むぐらいその規模は大きく、金属の黒色もあって画像からでも重い威圧感
を受ける。拡大された部分に目を凝らしてみると、どうやら無数の資材や瓦礫を“圧縮”し
て、ある程度ブロック状に加工してあるらしい。
「……今の所、人的被害はゼロ。だが見ての通り、物的損害は広がるばかりだ」
『実際、今朝みたいに、交通機関に支障が出るレベルにまでなりましたからねえ。罪状とし
ては不法投棄や、威力業務妨害辺りになるんでしょうか?』
「何より窃盗だな。各現場の“壁”を調査した結果、これらを構成している物は全て、近隣
の資材置き場や放置された廃ビルなどから破壊──持ち出されている。だがこれだけの規模
の犯行が続いているにも拘らず、目撃者はほぼ無し。夜間、人気の無い時間帯や環境を厳選
していると思われる」
「はあ。何つーか、無駄に拘ってるっつーか。ガキの積み木遊びじゃねえんだぞ……」
少なくともこの数日、対策チーム中枢が何もしていなかった訳ではないらしい。睦月らは
眉間に皺を寄せてめいめいにディスプレイ群を見上げ、胸ポケットのデバイス内から顔を覗
かせるパンドラに萬波も付け加えている。
事態は、世間・外野が思うほど、楽観的にはいられないようだった。
「何より……犯人の目的が分からないよね。今まで私達が戦ってきた相手は、復讐だったり
自分の身内を守る為だったり、明確に“害意”があるパターンが殆どだったけど……」
「そうだな。だが動機部分に関しては、召喚主を確保した後でも十分調べられる。それより
も今急ぐべきは、これ以上“壁”の増築をさせないこと。撤去する環境を整えることだ」
そこで、だ。
海沙の疑問に応えるようにして、皆人は一旦そこで言葉を切った。話を次へと繋ぎ、面々
に自身を注目させる。その一言を合図にして、職員らが再度制御卓を操作し始めた。
「今回の事件は、チームを捜査部門と実働部門に分けて当たることにする。青野が言った通
り、動機の解明は“本職”に任せよう。折角正式に、協定が結ばれた訳だからな」
視線の誘導。次の瞬間通信越しの画面に増えたのは、何処かの会議室と思われる場所から
こちらに敬礼する、三人の刑事達を中心とする一団だった。やや茶髪の熱血漢っぽい見た目
の男性と、ガタイの良い寡黙な長身男性。癖毛気味のボブカットと人懐っこい雰囲気を漂わ
す、若く小柄な女性。皆人や皆継が彼らを紹介する。
再編が進む飛鳥崎中央署で、新しく設立された“電脳生命体対策課”の面々である。
『初めまして! 電脳生命体対策課・課長代行、赤桐伸二です! この度、皆さんと共同で
捜査に当たることとなりました。宜しくお願いします!』
『……右に同じく、青柳恭平。階級は巡査長』
『金松華です。主に技術方面の連携を担当します。宜しくぅ』
一瞬目を見開いて、睦月達は誰からともなく皆人を──國子や冴島、萬波・香月を始めと
した研究部門及び、同じく通信越しの皆継らを見遣った。
どうやら今日の召集は、彼らとの顔合わせも兼ねていたらしい。皆人が付け加えた通り、
先日政府と締結した協定のお陰で、公権力との連携もこれからは増えてゆくのだろう。大手
を振るって行える。
相変わらず、その秘密主義的な根回しには振り回されそうだが。
「よ、宜しくお願いします! 佐原睦月です! ヴぁ、守護騎士を担当しています!」
『マスター。それはもう、とっくにバレてるかと……』
『はは。そうだね。まあそんなに緊張しなくてもいいよ。君達は今まで通り、電脳生命体と
の戦いに集中してくれればいいさ。我々は基本、そのサポート側になるだろうからね』
「ええ。私達リアナイザ隊は個体との直接的な交戦、対策課の皆さんには主に情報収集や裏
取りを担う形になるかと」
「なるほど……。その分こちらは、こちらの任務に集中出来る訳ですね?」
「今までは、何から何まで全部自分達で回してたッスからね。単純に頭数が増えるだけでも
採れる選択肢は多くなる訳だ」
にわかに緊張でガチガチになる睦月と、冷静にツッコミを入れているパンドラ。冴島が補
足する通り、割けるリソースが増えればその分、自分達にやれることは増えるだろう。こと
張り込みや第三者の保護など、これまで結果的に“失敗”の多かった課題は大きく──。
(……ねえ、皆っち。この人達、本当に信用して良い訳? 中央署って聞くと、あたしはど
うも嫌な予感しかしないんだけど……)
(問題無い。彼らの“身体検査”は済ませてある。気持ちは分からんでもないがな。あそこ
も、何時までも敵の巣窟ではないさ)
ヒソヒソと、宙が努めてバレぬようそう皆人に不安を訴え、訊ねていた。対する皆人の方
も声を抑えつつ、当然出るであろうその可能性に言及する。必要ならば、何度でも抜き打ち
で調べる用意は出来ていると。或いは彼らが途中でアウターに取って代わられたとしても、
捜査現場で合流すればすぐに判る──それぞれのコンシェルらが異変を察知する筈だと。
(こと赤桐刑事は、筧刑事の元後輩だ。調べでは彼を今でも慕っているそうだ。組織の建て
直しにも燃えている。信用には足る人物だろう)
(ふぅん? ならいいけど……。それはそれで、逆にやり難いけどなあ……)
詳細は知らない。ただ皆人や対策チーム上層部が、慎重に慎重を重ねて実現した政府当局
との共闘だ。向こうにもコンシェルらが送られ、環境は整っている。宙も、いち隊員として
は信じてみるしかない。
「でもさ、皆人? 今までも“被害”は出ていたのに、表立って動きが無かったのはこの調
整の為?」
「……それもある。だがそれ以上に、最初の出現情報だけではまだ決め手に欠けていたとい
うのも大きい」
「決め手……?」
そうして一しきり互いの自己紹介が済んだ頃合いを見て、会議は再び本題へと戻る。睦月
がふいっと苦笑の作り笑いから戻り、こちらに話を向けてきたのを切欠に、皆人は一同に共
有する意図も込めて話し始めた。「うむ」と短く首肯。職員らに合図をして、室内に飛鳥崎
市内のホログラム地図を映し出させる。
「見てくれ。ここが最初の“壁”が確認された地点。最初はこの一ヶ所だった。先程述べた
ように、人的被害も当事者の届けも出ていなかった・関連がはっきりとしていなかったこと
もあって、俺達も動きようがなかった。何より敵の目的、そもそも本当にアウター絡みかす
ら判らない。だからこそ、一旦泳がせてみることにした。どちらにしても、当局との連絡に
時間が必要だったからな」
「泳がせる……」
「なるほど? 要は人がどうこうなった訳じゃねえから、天秤に掛けたってことかい」
睦月はぽつりと復唱。仁は明け透けに皮肉。
当の皆人や皆継以下上層部は、否定も肯定もしなかった。数拍言葉を切ってホログラム地
図内の時間を進めさせながら、やがて次々に現れる新しい“壁”が作る様子、現状を皆に説
明する。
「……これが、今朝時点の“壁”の状況。設置された数が増えたことで、幾つか判ったこと
がある。どうやら犯人は、これらの“壁”を街の外周──郊外との境界線をなぞるように、
点々と建てている」
「あ、ホントだ。よ~く見ると、全部円で結べる感じに……」
「偶然、ではなさそうだね」
「ああ。明らかに現場を、日毎に変えているように見える。一気に円軌道を作らないのは、
気付いた者達に対策されることを警戒しての行為だと考えられる」
「用意周到だな……。“壁”への執念を感じるぜ……」
皆人が睦月らを含めて、チーム全員に召集を掛けた理由は二つ。一つは当局との調整が済
んだこと、もう一つは召喚主が重ねてきた軌跡が、少しずつその思惑を露わにしてきたから
だ。故に満を持して、皆人は告げる。
「今夜、市内全域で確保作戦を展開する。手分けしてこの軌道上を張り、犯行の現場と犯人
を押さえる。最初の出現から日も経った。今朝のような、交通網への影響も出始めている。
必ずや、犯人の正体を掴み──この異変を終わらせる!」
『了解!』




