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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-59.Execution/埋まらぬ溝、嵩む壁
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59-(0) 変わる日々でも

 嬉しい時だろうと悲しい時だろうと、そんなこちらの事情なんて“明日”は一切お構いな

しにやって来る。

 だったらなるべく前向きを選ぼう。解釈をしよう──ともは何時からかそう考えるようにな

っていた。尤もそんなことをわざわざ意識するでもなく、暇すらなく、日々は矢継ぎ早に過

ぎ去ってゆくものだが。

「──智~、携帯鳴ってるわよ~!」

 朝の大江家。身支度に慌しい時間の最中、台所の方から母の呼ぶ声が聞こえた。洗面所の

鏡の前で、髪を弄っていたスーツ姿の智は、ふいっと顔を上げて振り返る。

「は~い! というか、デバイスね」

 廊下をぱたぱたと戻り、テーブルの上に置いてあった自身のそれを回収しつつ、軽いツッ

コミを。当の母は「同じでしょ?」と哂いながら洗い物を続けていたが。

 何時もの風景。

 定年前から厳格だった父は、今日も朝早くから出掛けているようだ。仕事の虫、再任用の

話が無ければ家中が緊張していただろうと思うと、束の間ではあっても有り難い。

 学園コクガクに在籍中の弟は……どうやらまだ寝ているらしい。そこまで怠惰な子ではないし、い

い加減に起きてくるとは思うが……。気が付けばもう長らく、差し向かいで話をした記憶が

無い。

(……? 笹ちゃん?)

 デバイスの画面を確認すると、着信相手は勤め先の同僚であった。こんな時間に珍しいな

と思いつつ、彼女は通話アイコンをタップして応じる。電話の向こうから、人懐っこい聞き

慣れた声がする。

「もしもし?」

『あ、智? あたしあたし。朝バタバタしてる時に悪いんだけどさ~、こっちの電車が停ま

っちゃってて、始業に間に合いそうにないんだよねえ……。代わりに係長に伝えといて~。

あ、もしかして、そっちも停まってる?』

「? いや、そんな通知は入ってきてないけど……。それぐらい自分で電話しなさいよ」

『いいじゃん、いいじゃ~ん! あたし、あの人苦手なのよ~。不愛想だし、ずけずけ理詰

めで叱る系だしさあ~』

「……まあ、いいけど。それにしても停まってるって何? 事故でもあった?」

『ううん。事故というか、物理的に通れないっぽいよ。例の“壁”がルート上に出ちゃった

らしくってさ~』

「ああ……」

 用件を掻い摘めば、遅刻のフォローだった。最初何の事かと眉を顰めた智だったが、次の

瞬間に彼女から返ってきた理由に、すぐさま記憶の引き出しが反応してくれる。

 何日か前、市内に突然現れた謎の瓦礫タワー。一体誰が、何の目的で積み上げたのかは知

らないが、その件数は日を追う毎に増えているとニュースで取り上げられていた。今回それ

が、身近な人間の通勤あしにも影響したという格好だ。

「それは仕方ないわね。伝えとく。でもちゃんと、あんたも直接報告しなさいよ?」

『分かってる、分かってる~。助かるよ~』

 あははは。この同僚・笹川は電話の向こうで苦笑わらっていた。だがそれも束の間、話の腰を

繋ぐように、彼女は少し声のトーンを変えて言った。ヒソヒソと、やや控えめに。周りに、

必要以上に聞かれないように。

『……やっぱさあ。あれなのかな? 電脳生命体? とかいう、怪人の仕業。早く何とかし

て貰わないと困るよ~。仕事はともかく、遊びに行く足も塞がれちゃうし』

「そうねえ。っていうか、あれって奴らで確定なんだっけ?」

『さあ? でもそうなんじゃない? ニュースで見たけど、普通あんなこと出来ないって。

正直意味分かんないけど』

「うん……」

 政府といわゆる有志連合──守護騎士ヴァンガード達との協定締結が公になり、最近は不可解な事件が

起きても、ある程度人々の間に耐性がついたような気はする。ああ、また電脳生命体か。何

でも厳密には、元々“越境種アウター”と呼ばれていたそうだけど。

 デバイスを耳に当てたまま、智は暫し考え込んでいた。彼女は、世間は随分と呑気だが、

放っておけば状況は更に悪化するだろう。彼女のように、有志連合が「何とかしてくれる」

と丸投げしたままというのも、如何なものか……。

『あ。ごめんね? そう言えば弟クンは、有志連合のメンバーだったんだっけ?』

「あ~、うん。気にしないで。多分こっちが直接訊いても、守秘義務とかがあって答えられ

ないかもしれないし……」

 だからこそ、向こうが不躾に事件解決を催促してしまったと詫びるような物言いをしてき

ても、智は軽く苦笑わらって応じていた。事実プライベートでも、メンバーだとネット情報越し

に知った後でも、おとうととはあまり会話の場が作れていない。というよりも、何時からか自分達

家族と距離を置かれているようにすら思う。

「私は──あの子が元気なら、それで良いから」

『……。そっか』

 にっこり。電話の向こうの彼女もフッと綻んだように聞こえた。智も一旦深呼吸する。

 そりゃあ勿論、最初は驚かされはしたものの、一方で内心ホッとした。

 あの子はあの子で、気付けば自分なりに新しい“仲間”を作っている。大丈夫。無茶さえ

しなければ、本人の意思を尊重してやりたいと思うから……。

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