6-(7) 守護騎士(ヴァンガード)
「ニュース、ニュース、大ニュ~スっ!!」
翌朝。ホームルーム前のクラス教室での事だった。
戦いを経てまだ残る眠気と共に、うとうとと早速船を漕ぎ始めていた睦月の下へ、そう宙
がデバイスを片手に大音量で叫びながら教室に戻って来る。
何だろうと思った。ふわっ? と半ば寝惚け眼で叩き起こされ、クラスメート達と雑談し
ていた海沙も何事だろうと一斉にこちらを見遣ってくる。
「……何? 朝からそんな興奮して。ちょっと、眠いんだけど……」
「興奮もするよお。知ってるでしょ? 昨日の本町の爆破テロ。あれでとんでもない写真が
出てきたのよ!」
最初はまたいつもの噂好きかと思っていた睦月だったが、彼女がそう切り出した内容に思
わず全身に緊張が走った。
昨日の、本町の爆破事件。
それは他でもない、自分が井道やボマー・アウターと戦った時のことだ。
「白昼堂々テロ犯が現れて爆弾をばら撒いたって話はもうマスコミも出てるけどさ? それ
でも被害が最小限に抑えられたのは運が良かったからでも、警察が頑張ったからでもないん
だよ。ヒーロー! 飛鳥崎に、正義の味方が現れたんだよっ!」
じゃーん! 言って、宙はネットから見つけてきたと思われる、一枚の投稿写真を自身の
デバイスに映して見せてきた。海沙が、居合わせた他のクラスメート達もぞろぞろと集まっ
て来てはこれを囲んで画面を覗き込む。
(──なっ?!)
それは濃く立ち上る黒煙の中、一人背を向けて立っている何者かの姿だった。
写真全体を覆う煙と、撮影者とは距離があるからかはっきりとは見えない、だが黒煙の隙
間から幸か不幸か覗いたその姿は明らかに普通の服を着た人物ではない。まるでSF小説に
出てくる防護服のような──白いパワードスーツに身を包んだ何者かの姿だったのだ。
「……そ、宙。これ、何処で……?」
「ボヤッキーだよ。昨日の現場に偶然居合わせた人が、逃げる途中で撮ったんだって」
しくった……。宙が妙に嬉しそうに答えるのを聞きながら、睦月は内心、思わず天を仰ぎ
たくなるほどの後悔を覚えていた。
何逃げてる最中に短文投稿してるの……? その発言主・投稿主を呪ったが、こうして宙
に捕捉されているという事は、大よそ似た嗜好のネットユーザーには既にこの画像は出回っ
てしまっているのだろう。場所が場所だけに仕方なかったとはいえ、これは拙い。
「何これ? ……防護服?」
「随分と金属っぽいけど……」
「ちっが~う! パワードスーツよ、パワードスーツ! もうこの写真を見た皆はこの人の
話題で持ちきりよ。飛鳥崎を襲うピンチに彗星の如く現れたヒーロー、飛鳥崎を守る正義の
味方──“守護騎士”ってね!」
ううん? 小首を傾げる海沙らを遮り、宙は更にそんな事を口走った。
守護騎士……? 睦月を含め、場に集まった面々が口々にそのフレーズを呟いている。
「え、え~っと……。それってまさか、宙の命名?」
「ははは。流石に違うよぉ。スレに出てた名前。皆面白おかしく乗っかって、このヒーロー
さんをそう呼ぼうぜって話になってるんだよねぇ」
「ヒーロー……。ご当地のアレでも、ないんだよね……?」
「だと思うよ? 現状特に市やら警察がこの件について発表してる様子はないし。そもそも
知らなかったんじゃない? 近い内にマスコミも取り上げ始めるだろうけどさぁ」
「……」
正直、小っ恥ずかしくて何も言えなかった。必死に耐えるので精一杯だった。
幼馴染達とクラスメートらがやいのやいのと話を広げている。だがまさか「あ、それ僕の
だよ」などと言える筈もなく……。
「いやぁ、これは大スクープだよ。あたしもこれまで色んな都市伝説を調べてきたけど、ま
さかその誕生の瞬間に立ち会えるなんてねぇ……」
大層な名前じゃないか。というか、どうにも尾ひれはひれが付いているじゃないか。
(大丈夫、なのかなぁ……?)
もう苦笑うしかない。それだけあの場の皆が命に別状がなかったという意味で安堵する
よう、考えた方がいいのかもしれない。
「睦月」
そうしていると、こっそり何時の間にか皆の中に交じっていた皆人が、國子を傍に控えさ
せてそう囁くように呟いてきた。睦月もハッと気付き、皆の注意が宙に逸れている事を確認
し、ひそひそと相談しようとする。
「何というか……拙い事になったね」
「そうだな。だがまぁ、場所が場所だったにも拘わらずこの程度で済んだのは運が良かった
のかもしれん」
それに。皆人は一旦言葉を区切り、一度宙たちを見ていた。フッと、すると何処かいつも
よりも解けた表情で以って、言う。
「いいんじゃないか? 元々あれに通称なんて考えていなかった。呼び易くはなるな」
「み、皆人?!」
ふふ。珍しく親友は笑っていた。いや、その実苦笑の類だったのだろうか。
言って彼は、ポンと睦月の肩を叩いてくる。未だわいわいと騒いでいる皆の輪から離れ、
そっと一人自分の席へと歩いていく。
「……これで益々、身バレする訳にはいかなくなったな」
暫く宙たちはこの正体不明のヒーローを話題にあれやこれやと話し込んでいたが、担任の
豊川先生が入って来たことでそれも止む。ぱたぱたと皆がそれぞれ席に着き、彼女のほんわ
かとした声色と共に朝のホームルームが始まる。
「──」
だがその一方で、真面目な表情に戻った皆人は密かに机の陰で自身のデバイスを操作して
いた。そこには淡々と、文字だけで書かれ列挙されたニュース速報が並んでいる。
『飛鳥崎本町二丁目 男性の遺体発見 爆破テロ犯か』
-Episode END-




