58-(6) 死を狩る戦士
『──奴ともう一度戦う前に、どうしても確かめておきたい事があったんだ』
そもそもの発端は、海沙と睦月を経由し、中央官僚でもある海之が帰省もとい出張しに来
たという情報が入った時点まで遡る。実妹である彼女から、仲間達と共にその報告を受けた
際、皆人はそれまで練りあぐねていた対デス用の作戦を閃いたのだった。
司令室で同じく亜里沙から連絡を受けた睦月・香月とも示し合わせ、先ず皆人以下対策
チームの面々は海之からのコンタクトに直接応じた。その上で、現在自分達が抱えている状況
を説明し、彼にも“一芝居”打って貰うよう依頼したのである。
「……?」
『お前の、その透過能力さ。そんな便利な能力がありながら、どうして“睦月だけを直接攻
撃した”のか? 目的が睦月の──守護騎士の殺害なら、透過状態のまま身体にめり込み、
その上で能力を解除すればいい。あっという間に内側から、睦月の身体を貫いて任務完了だ。
なのにお前はそうはしなかった。地面の下から忍び寄ることだって出来ていたのに、敢え
て奇襲の確実性を落とすような真似をする……。それがどうにも不可解だったんでな』
だからこそ。皆人は言った。二度目の強襲が完全に待ち伏せられていたことに、当のデス
は焦りと屈辱を覚えているらしい。透過能力を活かせなければ、ただ死神のコスプレをした
だけの怪人である。
『敢えてこの場所を──雑木林にお前を誘い出させて貰った。周囲は枯木、足元は散って積
もった枯葉の山。仮説を実証するにはもってこいの環境だとは思わないか?』
曰く、最初遭った時には、足元のコンクリートをすり抜けて自分達に襲い掛かってきた。
透過能力は発揮されていた訳だ。しかしいざ交戦段階になると、ターゲットである睦月には
これを使わずインファイト。なのに加えて、慌てて援護に入った自分達のコンシェルが放っ
た攻撃は、全て透過能力で軽くあしらわれていた……。
『それを見て、気付いたんだよ。お前がすり抜けられるのは“無生物”限定なんじゃないか
ってな』
「──ッ?!」
『実際、今さっきお前は木々を“すり抜ける”のではなく、敢えてドクロのエネルギー弾を
使っての“間接攻撃”を仕掛けてきた。最短距離で障害物をすり抜け、睦月を攻撃するでも
なく、地面の下から奇襲するでもなく……』
この雑木林一帯に林立する木々は言わずもがな、足元に積もる無数の枯葉は植物の葉。分
類するならば生き物の一部だ。即ちこの場所は“生物”に溢れた、デスにとってはその透過
能力を封殺されてしまう環境なのである。
(……)
おそらくはこのアウターを介し、まだ見ぬ召喚主も、こちらの開陳した作戦を視ているだ
ろう。大なり小なり歯噛みをさせられているだろうか?
皆人はそっと、司令室から現場の様子をモニタリングしながら密かに目を細める。確かに
透過能力の封殺を狙って雑木林というフィールドを選びはしたが、今回このような立ち回り
を採ったのには、もう一つ理由がある。睦月の復学──本来自分達の中でも一部にしか伝え
ていなかった筈の情報を元に、この敵が奇襲を仕掛けてきた謎の正体。内通者の可能性。
はたしてそれは、対策チーム側なのか? 政府側なのか?
状況がどう転ぶにせよ、これで探りを入れることが出来た。勿論相手に悟られぬよう、こ
ちらの理由に関しては、わざわざ口に出してやる心算は無いが……。
『睦月、ユグドラシルフォームだ! 相手のネタも割れた。一気に叩き潰せ!』
「了解! いくよ、パンドラ!」
『はいです! マスター!』
通信越しに皆人が叫ぶ。現場の睦月が応じる。
各コンシェルと同期した仲間達が、海之を守りながら後退を始めるのを視界の端で確認し
ながら、睦月は懐からEXリアナイザを取り出した。起動したホログラム画面から、グリー
ンカテゴリのサポート・コンシェル達を選択。じりっ、じりっと迷うデス・アウターを逃が
さぬように捉えながら、すぐさま緑の強化換装へと変身する。
『ACTIVATED』
「変身!」
『YGGDRASIL』
直後銃口から射出され、彼に向かって降り注いだ七分割の光球は、その身を緑色をベース
としたパワードスーツ姿へと変えていた。同時に駆け出し、両腿から抜き放ったエネルギー
鞭をしならせて迫る。対するデスも、ここまで仕込まれた時点で退却は難しいと判断したら
しい。グッ……! と己を鼓舞して大鎌を握り締め、木々の間を縫いながら応じる。
戦闘は、やはり最初の遭遇戦とは百八十度勝手の違う状況で行われた。睦月からの鞭は変
幻自在に木々を間を縫い、デスに迫るが、対するデス自身はこれを透過能力で全て真っ直ぐ
切り抜けることも叶わない。代わりに大鎌で直接、邪魔な木々を斬り倒して睦月へ迫る作戦
を採るが──それも想定の範囲内だった。逆に幾つもの丸太になったその陰に隠れながら、
大小様々な光弾を仕込み、その突進の勢いを削ぐ。反撃の隙を許さない。
「グッ!? オァァァッ……!!」
拡散弾、誘爆弾、連射弾。グリーンカテゴリのサポート・コンシェル達の能力だ。
確かにデスの透過能力をもってすれば、純粋なエネルギー体であるこれらが与える攻撃力
は皆無となる。しかしそれでも、炸裂した瞬間の眩しさは、この敵の目を眩ませるには十分
な威力だった。足が、浮遊する速度が止まるのを睦月は見逃さず、鞭から伸縮する自身の両
腕に主装を変更。死角も使ってこれを滅多打ちにする。
「オガッ、ガアッ!? アァァァーッ!!」
激しくその身から飛び散る火花。デスは苦悶の表情を浮かべていた。一方的な攻勢を受け
て為す術がなかった。
鬱憤、爆発。ならばと全身のエネルギーを滾らせ、ドクロ型のエネルギー弾達を睦月目掛
けて発射しようとする。遠距離攻撃であり、且つ追尾能力も持っている。反撃の一手とする
ならば、そこまで悪手ではなかったものの──。
「ガッ?!」
刹那、瞬く間に撃ち落とされた。Mr.カノンとビブリオ、宙と海沙のコンビが的確な援
護射撃を叩き込んだのだ。
大きくよろめくデス。ニッとこちらに向けてサムズアップしてくる二人に、睦月もちらっ
とパワードスーツの下で微笑む。ぐんっと、伸ばした腕をデスの背後から木を支点に反転さ
せ、駄目押しの一発をぶち当てて更なる隙を。両腕を元に引き戻してEXリアナイザに、必
殺の一撃を宣言する。
「チャージ!」
『PUT ON THE ARMS』
「よし! 皆、下がるよ!」
「お兄さんはこのまま俺達と。一旦離脱しますよ!」
「近接しかない面子は、今回やり辛いッスからねえ……」
「海之兄さんを守るのも、大事な役目だろ?」
「……。お前達に、兄呼ばわりされる覚えはないんだが……」
やっちゃえ、睦月!
決めるんだ! 睦月君!
宙や冴島、或いは油断なく控える國子。仁を始めとした大江隊の面々が、海之をずずいと
後方に下げつつ当人にツッコミを貰う中、睦月は腰のホルダーに戻したEXリアナイザに限
界までエネルギーを溜め込むと大きく跳び上がった。大鎌を杖代わりに立ち上がろうとした
デスが、ハッと我に返ってその姿を仰ぐ。
「どぁぁぁぁーッ!!」
直後四肢を縛る蔦や草が絡み付き、地面を突き破って現れた巨大な怪花が、渾身の蹴りを
放つ睦月の背を押す形で、膨大な黄緑色エネルギーを吐き出した。為す術もなく、デスはこ
れを正面からまともに食らいながら、断末魔の叫び声を──膨大な光の中で全身を蹴り抜か
れ、焼き千切られてゆく。
爆発四散。その、少なからずが吹き飛んだ雑木林。
かくして睦月を執拗に狙った“死神”は、当の本人の手によって斃されたのである。




